主演とプロデューサーを兼任した真田広之(c)Courtesy of FX Networks

日本を舞台にした全10話のミニシリーズ『SHOGUN 将軍』が、27日、全世界で配信開始となった。

主演とプロデューサーを兼任するのは、真田広之。ほかに、浅野忠信、西岡徳馬、二階堂ふみ、平岳大、ニュージーランド出身のアンナ・サワイなどの日本人俳優が出演する。

真田が演じる吉井虎永は、徳川家康をモデルにしたフィクションのキャラクターだ。彼の領地に漂着した船に乗っていたジョン・ブラックソンという名の航海士は、思いもかけず、武将たちの権力争いに巻き込まれていくことになる。ブラックソンを演じるのは、今作でブレイクを果たすコスモ・ジャーヴィス。

製作は、ディズニー傘下のFXプロダクションズ。具体的な金額は明かされていないものの、FXにとっては、創業以来、最高の予算を投じた大規模プロジェクトだ。アメリカでは、ケーブルチャンネルFXネットワークでの放映と同時に、やはりディズニー傘下であるHuluが配信。日本ではディズニープラスが配信する。


(c)Courtesy of FX Networks

製作と広告に巨額の予算

製作費だけでなく、マーケティングにかける予算も惜しんでいない。ロサンゼルスのあちこちでこのドラマの大きな看板広告を見かけるし(しかも、違う登場人物が出るものが数種類作られている)、街を走るバスの車体にも宣伝を見かける。

スーパーボウルの試合中継の間にも、予告編スポットが流れた。スーパーボウルのスポット料金は700万ドル(およそ10億円)。毎年、メジャースタジオは夏の超大作の予告編をここでデビューさせるが、今年、ワーナー・ブラザースやソニー・ピクチャーズはひとつも広告を出さなかった。

そんな中、ディズニーは、日本人キャスト中心の侍ドラマの広告のために、その高額なスポット料を払ったのである。スーパーボウル以外のスポーツ中継でもスポットを打っているし、映画館で上映開始前にかかる広告の中でも予告編を流している。


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若い世代向けへのアプローチにも抜かりがない。配信開始の3週間ほど前には、インフルエンサーを招待した特別ディナーイベントを開催(本人たちは、インフルエンサーやYouTuberよりも、コンテンツクリエイターという肩書を好むようだが)。

ロサンゼルスのミシュランふたつ星懐石料理店「N/Naka」を完全に貸し切り、『SHOGUN 将軍』をテーマにした全13品の特別コースと日本酒を振る舞って、日本の文化について知ってもらいつつ気分を盛り上げるという趣旨だ。レストランの外にはポスターが、店内には衣装が飾られ、食事開始前には真田広之による短い挨拶もあった。

一般大衆に最もリーチできるテレビ、とりわけスポーツ中継と、若い層に効果的なソーシャルメディア、どちらにも惜しみなく投資するのは、これらの幅広い層にウケるはずだという自信があるからだろう。


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せりふの約7割は日本語

その根拠は、何よりもまず作品の出来。出演者の大多数は日本人で、日本人の視聴者以外は彼らのせりふ(全体のおよそ7割)を字幕で読まなければならないものの、アクションはふんだんにあり、かなりショッキングなバイオレンスもあって、娯楽性たっぷりなのである。

人も死ぬし、政治的かけひきもあり、緊張感の張り詰めた中でどんどん話が進むことから、批評家の間では『ゲーム・オブ・スローンズ』のようだという声も聞かれる。

実際、それはなかなか言い得ている。すなわち、『ゲーム・オブ・スローンズ』のファンだった人はこれも好きになるはずで、もしそうならそれらの人の数は膨大ということになる。ちなみに、批評家受けはすばらしく、この記事を執筆している段階で、Rottentomatoes.comの点数はなんと100%だ。


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タイミングも絶好。Netflixの『イカゲーム』や『BEEF/ビーフ〜逆上〜』の大ヒットは、欧米の若い人たちは出演者がアジア系であることを気にしないのだということを証明した。Netflixが昨年末に公表したアクセスデータにも、上位に韓国の作品が複数入っている。

1980年に一度ドラマ化された小説をリメイクする企画は長いことあったもので、完成が今になったのはあくまで偶然。2019年には、撮影開始を目の前にしながら振り出しに戻り、新たな脚本家のもとに再スタートさせているのだ。

そこでもまたお金がかかったわけだが、そのおかげで良いものができただけでなく、遅れもまた結果的に功を奏し、受け入れられる体勢ができているところへ満を持して現れることになったわけである。


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日本をリアルに描写

だが、日本人としてこのドラマをすばらしいと感じさせるもうひとつのことは、そういった潜在的な幅広い視聴者の多くがおそらくまるで気にしないであろう、細かい日本の描写にもしっかりとお金を使ってくれていることだ。

過去にハリウッドは、日本人が見ればすぐ日本で撮影していないとわかる日本を、何度となく映画やテレビに出してきた。『SHOGUN 将軍』は、それを一切やらない。撮影場所であるカナダのブリティッシュ・コロンビアに作られたセットは、引きのショットでも、クローズアップでも、まるで日本人によって日本で作られたもののように感じ、違和感がまるでないのである。

登場人物たちが話の中で歌を詠むシーンも、何度も出てくる。日本以外の視聴者はそれらの短歌も英語の字幕で読むので(字幕では単純にpoemと訳されている)、リズムもわからないし、それらが優れたものなのかどうかもわからないだろう。

それを知っていながら、それが本物であるから、そして日本人にはわかるから、やっているのだ。シリーズの後半に出てくる茶道のマナーも、日本以外の人はほとんど気にしないだろうが、きちんとしている。


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これらはすべて、プロデューサーも兼任する真田の徹底したこだわりのおかげだ。ハリウッドデビュー作『ラスト サムライ』でも日本の描かれ方についていろいろ意見をし、エドワード・ズウィック監督から「もし良かったら」と誘われて撮影後も自腹でロサンゼルスに半年宿泊してポストプロダクションにアドバイスをした真田は、このドラマのために、かつらや衣装、小道具のプロ、所作指導の先生など、あらゆる専門家を日本から連れてきた。

最初に気になったのは、出演者やエキストラの衣装の帯の巻き方だったとのこと。日本から専門家を呼びたいというと、最初、スタジオは「余計な経費だ」と反対したが、数日後にはプロが飛行機に乗ってやってきたという。

プロデューサーとして現場には毎朝いつも誰よりも先に入り、いろいろチェックをして、ほかの役者のリハーサルに立ち会い、それから主演俳優としてメイクをして演技をした。

鎧の衣装を着たままモニターを見て映像を確認する毎日だったが、真田によれば「まさに望むところ」。大変さやプレッシャーよりも「喜びのほうが大きかった」と語る。撮影が終わってからも、1年半をかけて、屋根の形や色、エキストラの動き、街並みの感じなど、細かいところまで目を皿のようにして確認した。


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日本を題材にした作品がもっと生まれるように

そんな真田の願いは、この作品の成功が作品にかかわった俳優やクルーの次のステップにつながること。才能ある日本人がハリウッドでもっと活躍できるようになることだ。

さらに、「これがきっかけで、日本を題材にした作品を作りやすい状況になってくれて、世界に日本をアピールしていけるようになれば」とも思っている。真田とディズニーが『SHOGUN 将軍』にかける意気込みは、どんなことをもたらすのだろうか。


(c)Courtesy of FX Networks

(猿渡 由紀 : L.A.在住映画ジャーナリスト)