2024年2月25日、ウクライナのキーウで行われたフォーラムに登壇したゼレンスキー大統領(写真・ 2024 Bloomberg Finance LP)

ロシアによるウクライナへの違法な一方的侵攻が始まってから2024年2月24日で丸2年が経過した。ウクライナ軍は侵攻当初、ロシア軍のキーウ占領作戦を跳ね返し、次第に戦争の主導権を握った。

しかし、2023年6月に開始した反攻作戦が不発に終わったのを契機にロシア軍が盛り返し、ウクライナ軍は守勢を余儀なくされている。なぜそうなったのか。今後の戦争の行方はどうなるのか。さらにこの戦争が持つ日本にとっての意味も含めて考えてみた。

要衝アブデーフカからの撤退

ウクライナ軍の現在の苦境を象徴したのが2024年2月半ば、それまで死守していた東部ドネツク州の要衝アブデーフカからの撤退だ。

キーウの軍事筋によると、ウクライナ軍は撤退発表直前にザルジニー軍総司令官の解任とシルスキー氏の起用を発表したが、実はその際に撤退も併せて決めていた。シルスキー氏は、ほぼ完全包囲されていたアブデーフカをこれ以上、死守するのは無駄と判断したという。

同時にシルスキー氏としては、前任者に比べ、兵士の命を軽視しているとの声を意識し、人命尊重の姿勢をアピールし、軍内での求心力向上を狙ったものだ。一方でこの撤退ではウクライナ軍で深刻化している弾薬不足というという大きな要因もあった。

反攻作戦が失敗に終わった根本的要因は何かと言えば、ウクライナ軍をして、戦場でロシア軍に勝たせるという明確な「政治的意思」を、最大の軍事的後ろ盾であるバイデン政権が欠いていたことだ。

筆者は2023年12月13日付の「膠着状態のウクライナ戦争・2024年はどうなるか」で、ロシアとの軍事的エスカレーションを恐れる余り、ウクライナが求めていた武器供与に対し、小出しにしか応じてこなかったアメリカの姿勢を指摘した。

この中で、2023年5月、アメリカ政権が他のG7諸国に対し、反攻作戦開始に当たってはプーチン氏に恥をかかせるべきでないとの意向を伝えた事も紹介した。これは言い換えれば、バイデン氏が、反攻でウクライナが必要以上にロシアに対し「勝ち過ぎる」ことを懸念していたことを意味する。

この「勝ちすぎ」について、バイデン氏は具体的にどういう状況を懸念していたのか。軍事的に追い込まれたプーチン政権が核兵器の使用に踏み切る、あるいはプーチン政権が倒れ、ロシア国内の政治状況が大混乱に陥る状況を念頭に置いていたのではないか。

いずれにしても、アメリカ政権は「勝ち過ぎ」を恐れるあまり、戦況のゲームチェンジャーとなりそうな強力な兵器供与には慎重姿勢を貫いてきた。

この結果、ゼレンスキー政権が反攻作戦成功の決め手として求めたF16戦闘機や「コンクリート・クラッシャー」との異名を持つ射程300キロメートルの単弾頭型地対地ミサイル「ATACMS(エイタクムス)」の供与は本稿執筆時点でまだ実現していない。

必要なすべての武器を供給していれば…

では、現在の戦況に照らしてアメリカ政権の戦略をどう評価すべきなのか。結果的には、戦場では「勝ち過ぎ」どころか、ウクライナ敗北の可能性まで議論される状況が生じている。明らかに、バイデン政権のこの「勝ち過ぎ回避戦略」は裏目に出たと判断する。

ウクライナ問題に深く関与しているアナス・フォー・ラスムセンNATO(北大西洋条約機構)前事務総長も、基本的に同じ意見だ。

アメリカのシンクタンクとの最近のインタビューで、こう語った。「仮にアメリカが、ウクライナが必要とする武器をすべて供与していれば、反攻は大きく進展していたはずだ。これは西側の責任だ。武器供与でウクライナの必要性を満たすのに、あまりに躊躇し過ぎた。この間、プーチンはこれに付け込んだ。ロシア軍は防御態勢を強化した」と。

このため、アメリカの今後の動きの注目点は、バイデン政権がこれまで「勝ち過ぎ回避」の方向に振り過ぎていた支援戦略の振り子を、ウクライナ軍へのテコ入れ強化の方向に切り替えるか否か、だ。

2024年秋に再選をかけた大統領選を控え、バイデン氏にしてみれば、ウクライナ軍がロシア軍に押しまくられる事態は避けたいからだ。

その意味で、注目されるのが、先進7カ国(G7)首脳が侵攻開始から丸2年となる2024年2月24日に開いたテレビ会議後に発表した首脳声明だ。この中で声明は「われわれは、ウクライナ国民が将来に向けた戦いで勝利(prevail)できるよう保証できると確信している」と「勝利」に言及したのだ。

2023年の広島でのG7首脳会議の際に出されたウクライナ関係の声明には、この「勝利」の言葉は入っていなかった。

これに関連して最近、興味深い報道があった。アメリカ下院で宙ぶらりん状態になっている、ウクライナ支援(約600億ドル=約9兆円))を含む緊急予算案が今後承認された場合、アメリカ政府がただちにATACMSを供与する方針を決めたとアメリカ・NBC放送が報じた。F16も早ければ6月にも欧州から第1陣が供与されるとみられている。

ウクライナは全領土奪還を堅持

一方で、ゼレンスキー政権は東部戦線で受け身を余儀なくされつつも、ロシアへの勝利に向けた強い意思を保っている。最近発表された世論調査でも、国民の70%以上が戦争継続を支持しており、2014年のクリミア侵攻以来、ロシアに奪われた全領土奪還方針を堅持するゼレンスキー政権には十分な政治的正当性があると言える。

ロシア軍に比べ圧倒的に少ない砲弾の保有数回復や、攻撃用ドローンの一層の拡充など軍事態勢面の整備を急ぎながら、2024年を2025年以降の勝利に向けた準備の1年にする構えだ。

まずは東部・南部における前線をしっかり守る「戦略的防衛」戦略を実行する。そのうえで、何らかの反攻作戦を行う構えだ。ゼレンスキー氏もアメリカのテレビとの会見で、驚くような攻撃をするとの趣旨の発言をした。ミハイル・ポドリャク大統領府長官顧問も最近のインタビューの中で「地上戦で、より効率の良い作戦が必要だ。守っているだけではだめだ」と述べている。

その場合、どのような攻撃をするのか。執拗な水上ドローンによる攻撃で、黒海艦隊の作戦実行能力を事実上奪ったのを受け、艦隊司令部があるクリミア半島とロシア本土を結ぶクリミア大橋を破壊するのか。あるいはロシア領内で大規模なインフラ攻撃を行うシナリオなどが指摘されている。守りと攻めの両立を本当にできるのか。シルスキー氏の手腕が問われる。

一方、2024年3月半ばに大統領選を控えるプーチン氏は、アブデーフカ制圧を受け軍事的にも外交的にも自らが状況を動かせる主導権を握ったと判断しているだろう。東部に加え、今後南部でも攻勢を仕掛けるとみられる。

そして、自らに対し融和的とみられるトランプ氏が大統領選で返り咲きを果たすのを待つ戦略だろう。トランプ氏がロシアに有利な、何らかの「解決案」をキーウに押し付けることも期待しているのだろう。

停戦協議をちらつかせるロシア

その意味で注目されるのは、最近ロシアがウクライナとの停戦協議に応じる可能性をほのめかすプロパガンダ(政治宣伝)戦略を世界規模で展開し始めた兆候があることだ。

最近、各国では増え続ける兵士・市民の犠牲を目の当たりにして、「戦争疲れ」の傾向も次第に目立ち始めている。これを利用して、クレムリンとしてはウクライナに対し、停戦に応じてロシアへの大幅譲歩を迫る機運を各国で盛り上げる戦略だろう。

しかし、停戦と言っても、独立国家としてのウクライナの存在を認めていないプーチン氏に、ウクライナ全土の制圧作戦を行うための再編期間を与えるだけだ。

ウクライナへの「支援疲れ」も一部で出ていた欧州もこのところ、ロシアに対する防衛問題を、アメリカ依存ではなく、より「自分事」として動き始めている。NATO加盟国への攻撃の可能性を現実問題として捉えているからだ。

欧州連合(EU)は2024年2月の臨時首脳会議で、2024〜2027年の4年間にウクライナ支援へ計500億ユーロ(約7兆9500億円)を充てることでスピード合意した。さらに軍事産業強化にも乗り出した。とくに砲弾の供給体制を強化しようとしている。

EUは2024年3月までにウクライナに100万発の砲弾を送る目標を掲げていたが、生産能力の不足から、結局期限内に供与できるのはその約半分にとどまる見通しだ。この反省から、生産能力の拡充に努めており、2024年末までに年産140万発水準まで引き上げる計画だ。

こうした欧州の懸命な動きを見て、筆者が思うことがある。日本政府は憲法上の制約があり、殺傷能力がある兵器のウクライナへの直接的供与が難しい。しかし、砲弾不足にあえぐウクライナに対し、特例として砲弾そのもの、あるいは砲弾用火薬の供与に踏み切る方向へ知恵を絞る時期にきているのではないか、と。

日本政府は先にウクライナの復興支援策を話し合う「日ウクライナ経済復興推進会議」を東京で開催し、紛争終了後の復興を主導する姿勢を明確にした。これはウクライナにも高く評価され、感謝された。しかし、ゼレンスキー政権として、今そこにある「砲弾危機」への対応として、日本からも支援を受けたいというのが偽らざる本音だ。

(吉田 成之 : 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長)