銀座駅入り口に光る東京メトロのマーク。株式上場がいよいよ具体化に向け動き出す(撮影:尾形文繁)

東京都が1月26日に公表した2024年度予算案。都市整備局29項目の中に新たな項目がいくつか追加されていた。その1つが「東京地下鉄株式会社の株式に係る売却関連経費」。金額は35億7000万円とある。都議会で予算案が可決されればという前提だが、東京地下鉄、つまり東京メトロの株式上場がいよいよ具体化に向けて動き出す。

東京メトロの株主は国(財務大臣)と東京都。国が53.42%、都が46.58%の株式を保有する。国の持ち分を売却して得た収入は東日本大震災の復旧・復興のために発行した復興債の償還費用財源とすることが特別措置法で定められている。当初は2022年度までに株式を売却する予定だったが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響などもあり、売却期限は2027年度に延期された。

国と都が株式を同時に売却

2021年7月、国土交通大臣の諮問機関である交通政策審議会が行った答申において、東京メトロ株について、「国と都が当面株式の2分の1を保有することが適切である」としたうえで、「国と都が共同で手続きを進め、同時・同率で売却をすることが重要である」と明記された。つまり、国と都は同時に売却することになる。

国と都が株式の50%を保有するというのは、かつて、西武ホールディングス株の35.48%を保有していたアメリカ投資ファンドのサーベラスが上場時期をめぐって経営陣と対立したことが念頭にある。国と都が株式の50%を保有していれば、株主総会で不都合な普通決議が提案されても両者で阻止することができる。

2022年3月に財務相の諮問機関である財政制度等審議会が東京メトロ株の売却に関する答申を行った。株式売却は「特定の個人・法人に集中することなく、広い範囲の投資家を対象」とした。つまり、株式を上場するという方針が決まった。その実施時期については、政府が「証券・金融市場の動向等に特段の配慮をして、売却時期等については慎重に判断する」と明記された。この年の5月、国と都は東京メトロ株の売却を担う主幹事証券会社として、野村證券、みずほ証券など5社を選定したと発表した。

そして2024年。日経平均株価は年明けから上昇基調を続けている。2月22日にはバブル最盛期の1989年12月29日につけた終値の市場最高値3万8915円を34年ぶりに更新した。できるだけ高値で売りたい国や都としては申し分ない市場環境だ。

新線建設の課題をクリア

この売却スキームが決まるまでには、もう少し複雑な背景がある。1986年、地下鉄ネットワークがほぼ完成した段階で旧・帝都高速度交通営団(営団地下鉄)を完全民営化する方針が閣議決定された。2004年には東京メトロが設立された。そして、有価証券報告書には2008年開業の副都心線を最後にその後新線建設は行わないという趣旨の記載がしばらくの間されてきた。新線建設は巨額の費用がかかり、財務を圧迫しかねないという判断からだ。

そこに、通勤電車の混雑を緩和する、東京の国際競争力を高めるといった観点から東京圏の鉄道ネットワークを充実させる方針が2010年代半ばに国によって打ち出された。その中には東京メトロ有楽町線に分岐線を設け、豊洲から半蔵門線の住吉まで延伸する構想や東京メトロ南北線の白金高輪駅から品川駅まで延伸するといった構想が描かれていた。有楽町線の延伸は東京メトロ東西線の混雑を減らす効果がある。また、品川は羽田空港アクセスの起点であるとともに将来はリニア中央新幹線の起点にもなる。品川に南北線が乗り入れれば、交通結節点としての機能がさらに充実する。


有楽町線の新型車両17000系。同線の豊洲―住吉間分岐線は2030年代半ばの開業を目指している(撮影:尾形文繁)

2つの新線計画の建設費用は約4000億円。国は東京メトロが地下高速鉄道整備事業費補助と財政投融資を活用した都市鉄道融資で建設費の全額を調達するスキームをまとめた。資金面の心配がなくなった東京メトロは2022年1月に国に鉄道事業許可を申請し、同年3月に許可を取り付けた。どちらも2030年代半ばの開業を目指す。財務面での不安が解消されたことから、東京メトロの有価証券報告書の記載は「両路線の整備主体となることがさらなる企業価値に資する」と改められた。

なお、東京圏の鉄道ネットワークを充実させる計画には東京駅から銀座、築地などを経て晴海、豊洲市場、東京ビッグサイトに至る都心・臨海地域地下鉄という構想もある。東京メトロは「自社ネットワークとは関係がない」として消極的で、都は2月2日に整備主体として鉄道・運輸機構、営業主体としてりんかい線を運営する東京臨海高速鉄道に参加させる方向で検討することを発表した。

新型コロナが猛威を振るっていた時期、東京メトロの経営はさんざんだった。コロナ前の2018年度、東京メトロの輸送人員は私鉄トップの27億6616万人で、2位東急の11億8931万人を約2.3倍上回っていた。それがコロナ禍の2020年度は34%減少の18億1948万人に落ち込んだ。同年度の連結決算は売上高が31%減の2957億円、営業損益は前年度の839億円の黒字から402億円の赤字に転落した。

そんな状況も終わりを告げた。2022年度の営業利益は277億円とようやく黒字に復帰した。2023年度は4〜6月の3カ月で217億円の営業利益を実現できた。4〜12月の9カ月の営業利益は646億円でコロナ前のペースに戻りつつある。コロナ禍から脱却できたという状況も上場を後押しすることになる。

非鉄道事業の拡充は?

東京メトロは上場に関して正式なコメントはしていないが、山村明義社長は、「上場によってさらによい会社になると信じており、いつでも上場できるよう、事業を磨き込み、経営のガバナンスを強化している」と、かつてインタビューで話している。上場が本決まりになれば、上場前に投資家が納得するような成長戦略を示さなくてはいけない。2つの新線建設は輸送人員を増やすという点で投資家への訴求ポイントとなるだろう。


銀座線渋谷駅リニューアル完成日、電車に乗る東京メトロの山村明義社長(撮影:尾形文繁)

そして非鉄道事業の拡充も必要だ。不動産、流通、レジャーなど経営の多角化が進む大手私鉄他社と比べると、東京メトロの2018年度連結売上高に占める鉄道事業の割合は88%。鉄道頼みの経営から脱却することも投資家から求められるはずだ。

地下鉄という性格上、東京メトロは地上に広大な土地を保有しているわけではない。しかし、小田急電鉄と進めている新宿駅西口、東急不動産と進めている明治神宮前などの開発計画に取り組むほか、既存物件を私募リートに売却し、得た資金を再投資するなど、不動産事業の強化・拡充を急ぐ。

気になるのは都営地下鉄との関係だ。猪瀬直樹氏が都知事を務めていた2010年代、東京メトロと都営地下鉄を一元化するという構想があり、その一環として、九段下駅の東京メトロ半蔵門線と都営新宿線のホームを隔てていた壁が撤去されている。「都営地下鉄の運営やサービスは非常によい」と話す東京メトロ関係者もいる。

しかし、一元化には都営地下鉄の累積欠損がネックとなる。その金額は2022年度で2151億円。大江戸線の開業により輸送人員を増やし、その額は減少傾向にあるが、長期借入金2450億円など負債も多く自己資本比率は26%だ。一方の東京メトロの自己資本比率は31%。大手鉄道他社と比べると優等生の部類に入る。

現時点の経営一元化は東京メトロの財務バランスを悪化させる。都も東京メトロ株をできるだけ高く売却したいはずで、そのためには東京メトロの円滑な経営を阻むリスクは事前に排除しておきたいところだ。いまさら一元化論を蒸し返すことはないだろう。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)