生成AI技術を生かすためには、AIに対する理解を深め、ビジネスへの応用可能性を把握することが不可欠です(写真:metamorworks/PIXTA)

ChatGPTなどの生成AI技術は、組織の内部業務の効率化に寄与するだけではなく、組織が外部に向かって行う業務に、新しいフロンティアを切り開く。また、研究開発で重要な役割を果たす。これらを実現するために、経営者の理解と積極的な関与が不可欠だ。昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第114回。

日本ではバックオフィス業務の効率化が中心

ChatGPTが公開されてから1年以上の期間が経過した。単なる物珍しさの段階を卒業し、実際の活動での応用を推進する段階に入っている。

日本の企業や官庁などの利用状況を見ると、バックオフィス業務の効率化が考えられていることが多い。例えば、東京都は、昨年8月、職員向けに「文章生成AIの利活用に関するガイドライン」を策定・公開した。

ここでは、ChatGPTの利用上のルールを定めるとともに、効果的な活用事例を掲載している。その内容を見ると、バックオフィス的な業務に関わるものが中心になっており、対住民サービスへ積極的に利用するという姿勢は見られない。

金融機関でも、利用の大半は、バックオフィスにおける事務処理効率化であって、フロントオフィス的な業務に用いることは、ごく限定的にしか行われていない。

公的機関や金融機関の場合、情報の漏洩や「ハルシネーション」(幻覚現象)が深刻な問題を引き起こしうることから、外部に向けた活用に慎重になるのは当然だ。そのような慎重さは、とくに公的機関や金融機関において、大変重要なことだ。

しかも、バックオフィス業務が重要であり、そこで生成AIが大きな力を発揮することは間違いない。

しかし、組織内利用にとどまってしまえば、生成AIの持つ潜在力を十分に活用できないことになる。それは、国民経済にとって大きな損失と考えざるをえない。

適切に活用することができれば、個々の顧客の細かい要求に応えることができるシステムを作ることが可能であるはずだ。デジタル化に遅れた日本の現状を、一挙に覆すことも不可能ではない。

営業・マーケティングでの利用

企業であれば、組織内の事務効率化にとどまらず、顧客対応、営業、マーケティングにも利用を広げていくことが可能だ。同様のことが、公的な機関についても言える。例えば対住民サービスの向上のためにChatGPTを積極的に活用することが、可能であるはずだ。

こうしたサービスは、24時間365日の対応を可能にし、顧客や住民の満足度の向上に直結するだろう。また、生成AIを用いたパーソナライズされたマーケティングコンテンツは、顧客エンゲージメントの向上と、より効果的なターゲティングを実現しうる。

製造業においても、ハードウェアとしての製品そのものだけではなく、取扱説明書や故障の場合の対応・補修等に関して、ChatGPTを利用することが十分に考えられる。こうした利用が進めば、ソフトウェアの面でのサービスが、ハードウェアの性能と並んで評価されるようになるだろう。

もう1つの重要な分野として、研究開発領域における利用がある。

この技術は、すでに、いくつかの分野で、新製品の開発期間の短縮やイノベーションの加速化に大きく貢献している。

生成AIは、従来の研究開発プロセスを根本から変える可能性を秘めている。例えば、新しい材料や薬品の発見において、AIが大量のデータから有望な候補を迅速に特定し、実験の方向性を示唆することができる。これによって、研究者は試行錯誤の時間を大幅に削減し、より効率的に目的の成果に近づくことが可能になる。

これは特に製薬産業において、新薬を開発する過程ですでに利用され、大きな成果を挙げつつある。製薬は様々な候補をテストするという過程の繰り返しだが、この過程を飛躍的にスピードアップさせることができる。

また、生成AIは、新製品のデザインプロセスにも革命をもたらしている。AIが提案するデザイン案を基に、より創造的で革新的な製品を生み出すことができる。

しかし、生成AIを研究開発に活用するには、正確なデータと高度な技術理解が必要だ。データの質が研究結果の精度に直結するため、企業はデータ管理と分析能力の向上に努める必要がある。

また、AIが提案する解決策やデザイン案を適切に評価し、実用化へと結びつけるためには、研究者やエンジニアの専門知識とAI技術の融合が求められる。

研究開発における利用

研究開発における生成AIの利用は、企業にとって大きな競争優位をもたらすだろう。新製品の開発期間の短縮は、市場への迅速な製品投入を可能にし、イノベーションの加速は、企業の成長と持続可能性を支える。このように、生成AIは研究開発の新たな可能性を広げ、未来のビジネス環境において企業が競争力を維持し、成長を加速させるための重要なカギとなる。

生成AIの長所と短所を理解することは、この技術を経営戦略に取り入れるうえでの第一歩だ。

この技術の最大の長所は、効率性にある。しかし、生成AIには「ハルシネーション」(幻覚現象)と呼ばれる問題もある。これは、生成AIが誤った出力をする可能性だ。したがって、企業がこの技術を利用する際には、情報の正確性と信頼性を確保するための対策が必要だ。

また、統一的なデータベースの構築は、生成AIの効果的な活用に不可欠な前提だ。データのサイロ化は、情報の断片化を招き、AIの学習効率と精度を低下させる。

全社的なデータベースを構築することによって、この状態を克服し、データを一元管理し、生成AIの学習に必要となる豊富で多様なデータを提供できるシステムを構築する必要がある。これによって、AIのパフォーマンスが向上し、より正確で信頼性の高い生成結果を得ることができる。これは、とくにバックオフィスの業務について言えることだ。

導入と活用に関する「重要な条件」

生成AIの導入と活用に関してもう1つの重要な条件は、技術の専門家だけでなく、組織の構成員全員が、これを直接に利用することだ。

これまでの情報システムは、専門家が構築し、利用するものだった。一般の従業員やマネジャー、あるいは経営者は、専門家を通じて、情報システムを利用してきた。

しかし、生成AIは、日常言語によって利用できる仕組みだ。したがって、組織構成員の誰もが、専門家を介さずに、直接的に利用できる。

とりわけ重要なのは、シニアマネジャーや経営者がこの技術を理解し、積極的に利用することだ。こうした人たちがAI技術の基本原理と、そのビジネスへの応用可能性を把握することは、組織全体のAIに対する理解を深め、技術の効果的な活用を促進するうえで、重要な条件となる。とくに、経営層の理解と積極的な利用は、生成AIの成功へのカギである。

生成AIを戦略的に活用することによって、企業は未来のビジネス環境において競争力を維持し、成長を加速させることができるだろう。


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(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)