テイラー・スウィフトはコンサートでも大成功をおさめた(写真:JUTHARAT PINYODOONYACHET/NewYork Times)

テイラー・スウィフト(34)が、アメリカを席巻している。彼女はもはやただの若い女性アイドルにとどまらない。その大人気ぶりと優れたビジネスマインドは、社会や政治、さまざまな業界に影響を与えるようになってきているのだ。

つい先日のスーパーボウルは、最も顕著な例。恋多きスウィフトがカンザスシティ・チーフスの選手トラヴィス・ケルシー(34)とつきあい始めて、彼女が観客席で応援するようになったことから、それまでアメリカンフットボールに興味のなかった女性たちの間でも関心が高まった。

チーフスが出場するスーパーボウルの直前にスウィフトが東京ツアーを行う予定であることがわかると、「どうやって試合に間に合うように戻ってこられるか」という話題で盛り上がった。

そんな今年のスーパーボウルは、アメリカで1億2300万人に視聴され、歴代最高記録を打ち立てた。CBSの系列であるスペイン語放送局ユニビジョン、ファミリー向けのチャンネルであるニコロデオン、配信プラットフォームParamount+、ほかにNFL+でも試合が中継されたが、CBSだけに限っても視聴者数は1億1200万人だ。ひとつの局が放映した番組としても、史上最高である。

恋人とのキス映像が繰り返し流される

もともとスーパーボウルは、アメリカで最も多くの視聴者を誇る、いわばお祭り。毎年見る人は必ず見る。スポーツバーは混むし、ピザ屋が最も忙しい日でもある。今年は延長戦になるほど接戦で、良い試合ではあったものの、これだけ増えたのは、やはり普段見ない人たちが見たからだろうと推測される。すなわち、「テイラー・スウィフト効果」だ。

とはいえ、試合中に彼女にカメラが向けられたのは全部合わせてわずか54秒で、NFLは決して彼女のファンに特別サービスはしていない。だが、試合後のニュースではそのわずかな彼女の映像が、これでもかというほど繰り返し流された。彼女がケルシーと抱き合ってキスを交わす映像は、とりわけメディアのお気に入りだ。メディアは視聴者が見たいのはそれだと思っているということである。


恋人のトラヴィス・ケルシーとキスを交わすテイラー・スウィフト(写真:DOUG MILLS/NewYork Times)

実は、「テイラー・スウィフト効果」は、その前から見られた。スウィフトが受賞した今月上旬のグラミー賞授賞式番組も、彼女のコンサート映画『テイラー・スウィフト:THE ERAS TOUR』が候補入りしたゴールデン・グローブ賞授賞式番組も、昨年より視聴率がアップしたのである。彼女の出席だけが要因ではなかったのかもしれないが、スーパーボウル同様、その後の報道では彼女の存在が圧倒的にクローズアップされていた。

スウィフトの影響力だけは無視できない

あのドナルド・トランプですら彼女の影響力に脅威を感じている。2016年の大統領選で、ハリウッドの大物をごっそりと支持者に引きつけたヒラリー・クリントンを見事に破ってみせたトランプは、セレブが何を言おうと気にかけないという態度を取ってきた。しかし、インスタグラムの投稿ひとつで3万5000人に投票者登録をさせてみせた彼女は、無視できないようだ。

スウィフトは、2020年の選挙でバイデン支持を表明していた。今年の選挙でもバイデンを相手に闘うことになりそうなトランプは、スーパーボウルの試合前、自身のソーシャルメディアを通じ、スウィフトに、「バイデンを支持しないでほしい」というメッセージを送っている。

その投稿で、トランプは、自分が大統領だった時に、 デジタル配信の時代に合わせ、音楽の著作権をアップデートする新しい法律を通したことを強調。彼女にもっと儲けさせてやった自分ではなく、バイデンを支持するなどあり得ないとしたうえで、「それに私は彼女の恋人トラヴィスも好きだ。彼はおそらくリベラルで、私のことなど嫌いだろうが」と、ケルシーにまでリップサービスをしている。

そしてデジタル配信といえば、今月、スウィフトは、この分野でもまた型破りなことをやってみせたばかりだ。映画『テイラー・スウィフト:THE ERAS TOUR』の全世界配信権を、なんと7500万ドル(およそ113億円)でディズニープラスに売ったのである。

「Puck」が伝えるところによると、Netflixやユニバーサル・ピクチャーズと競り合った末の獲得とのこと。配信されるのは「テイラーのバージョン」と呼ばれるもので、上映時間2時間49分の劇場版になかった歌が5曲足されている。つまり、劇場に足を運んだファンも、また観る意味を感じるということだ。

いや、その5曲がなかったとしてもファンはまた観るのだろうから、彼女の抱える膨大なファン層を引きつけておくうえで7500万ドルは高くなかったということだろう。ディズニーのCEOボブ・アイガーは、「『テイラー・スウィフト:THE ERAS TOUR(テイラーのバージョン)』を、観たい時にいつでも観られて感動できることを、観客はきっと喜んでくれるでしょう」と語っている。

この契約を待つまでもなく、スウィフトはすでにこの映画で大儲けをしている。スウィフトが自前のカメラマンで自分のコンサートを撮影し、スタジオを介さずに映画館チェーンAMCと上映の交渉を直接行い、宣伝も自身のソーシャルメディアに限ったこの映画の売り上げのほとんどは彼女の懐に入ったのだ。

興行収入は北米だけで1億8000万ドル、全世界で2億6100万ドル。彼女は、自分のビジネスを自分でコントロールする、斬新で画期的なモデルを作り上げたといえる。

史上最高のミュージシャンという声も

これはこの後に出てくるミュージシャンにとって、お手本となるに違いない。だが、誰もが誰もこれほどの売り上げを達成できるというわけではない。事実、昨年末、同じようにビヨンセがAMCと直接交渉して配給した『Renaissance: A Film by Beyonce』の北米興収は3300万ドルにとどまった。ビヨンセも現代を代表する大物シンガーだが、スウィフトはまさに異次元の人なのだろう。

そんな偉大な存在になったスウィフトについては、「史上最高のミュージシャン」という声まで聞かれる一方、「ビートルズやエルヴィス・プレスリーにはかなわない」という反論もある。そこは、まだ意見が分かれるところである。

だとしても、ビートルズやプレスリーと一緒に語られるだけでもすごいこと。我々は今、そんな歴史的ミュージシャンの全盛期を見ているのだ。いや、全盛期はまだこれから来るのかもしれない。それは、「テイラー・スウィフト効果」が今後どうなるのかでも、きっとわかる。

(猿渡 由紀 : L.A.在住映画ジャーナリスト)