「次の次」である4月25〜26日の日銀金融政策決定会合で政策変更がある可能性が高い。その場合、株価や為替はどうなるだろうか(写真:ブルームバーグ)

日本銀行の金融政策が大きな節目を迎えつつある。昨年の4月に植田和男氏が総裁に就任して以来、日銀は、長期金利の誘導目標レンジを広げる対応を続けてきた。

そして、昨年末以降、「2%の物価安定目標の見通しが実現する確度は、少しずつ高まっている」(植田総裁)、という趣旨の発言が相次いでいる。一連のメッセージは、政策変更のタイミングがかなり迫っていることを示唆している。

予想される日銀の金融政策変更の中身は?

周知のように、「インフレ2%に至る確度」の判断に際して、日銀が最も重視しているのは、賃上げの広がりである。賃上げとサービス価格の双方の上昇(好循環)によって、「ディマンドプル」(需要が供給力を超えるほど強い)と言えるようなインフレが起きているかどうかである。

実際、昨年に続いて、2024年の春闘に賃上げ率は4%近くに至りそうだと筆者は見ている。日銀幹部は、「2年連続で定期昇給分を除いても約2%のベースアップがあった」ことを、3月(18〜19日)と4月会合(25〜26日)までに確認、「2%の物価目標の安定的実現が近づいた」と判断すると見られる。こうした見通しは、現時点で市場エコノミストの間では、コンセンサスになりつつある。

なお、日銀の現行の金融政策の枠組みは、いわば複数のツールの組み合わせとなっているため、これらの政策が一斉に変わる可能性が高い。最近の日本銀行からの情報発信に基づけば、以下のような政策変更が予想される。

・マイナス金利政策の修正。具体的には、2016年以前のように無担保コール金利をゼロ〜0.1%への誘導と変更する。内田真一副総裁は、「仮に」と断りながら、この政策対応について2月8日に言及している。

・YCC(イールド・カーブ・コントロール)の本丸である長期金利ターゲットの解除。黒田(東彦)前体制時から長期金利目標は柔軟化されたので、2022年末以降は10年国債金利は0.6%程度で推移しており、インフレ期待の高まりで10年国債金利ゼロは、有名無実化している。ただし、長期金利上昇を抑制する枠組みやメドを示すなど、「YCCの機能」の一部を残すとみられる。

・2016年時に導入された「オーバーシュート型コミットメント」の撤廃。政策発動の条件となっている「物価実績が2%を安定的に超えるまで」との判断に至る可能性が高い。

・過去数年、政策手段としてほとんど使われなくなったETF(上場投資信託)、REIT(不動産投資信託)購入の枠組み終了。

   
もし、この通りになれば、長期金利上昇を防ぐ措置以外の「非伝統的」と位置づけられる多くの金融政策はなくなる。同時に、政策金利を引き上げる対応は、2007年の利上げ以来、実に17年ぶりとなる。

「日銀の利上げ」は大きなリスクなのか?

では、4月に実施される可能性が高い日銀の利上げをどう考えればいいのか。2000年代は日本銀行が利上げを始めた後に、程なく経済が再び停滞してデフレに陥ってきた。「今回も同様の失敗を繰り返すのではないか」との疑念を抱く向きも多く、筆者も無視できないリスクシナリオと認識している。

ただ、現在と2000年代(2000年、2006年)を比べれば、日本経済やインフレに関する状況は、かなり変わっていることも事実である。

まず、 先述の通り、春闘賃上げ率が約4%での推移が2年続くとすれば、これは1993年以来だ。雇用を確保するために賃上げを積極化する企業は、2000年代はほぼみられなかったが、今は「ゼロインフレ」を前提とした企業行動が変わり、多くの企業が人手を確保するために賃上げが必要との認識が広がっている、とみられる。

さらに、2000年代は「2%インフレ目標」が設定されていなかったことも大きな問題だった。2000年代はインフレ率がゼロをやや超えた時点で日銀は利上げを行った。当時、日銀は「ゼロ%インフレ誘導策」を行っていたと筆者はみなしているのだが、こうした政策姿勢で決断された、利上げは結果的に「勇み足」であり、それが故に日本経済がデフレに戻る一因になった。

一方、現在、2%物価目標は、政府と日銀の間で明確にコミット(目標実現を約束)されている。

もし2000年代のように利上げ後に、2%インフレの軌道から下振れれば、日銀は政治的な説明責任を課され、金融緩和を再び強化することになる。2013年の「金融緩和のレジーム転換」でデフレが和らぎ雇用が生まれて社会が安定したことで長期政権となった安倍政権を支えた事実を、多くの政治家が認識していることも大きい。こうした中で任命された植田総裁にとって、「デフレ完全脱却」を実現するインセンティブになっているようにみえる。

もっとも、日本では「2%インフレ目標は高すぎる。もっと柔軟な目標にすべきだ」といった、筆者には理解しがたい見解も耳にする。だが、こうした論者は少数派と見られる。仮に、2%物価目標に関するコミットを岸田政権が緩めたりすれば話は変わるが、岩田規久男元副総裁が、かつて就任前に「デフレの番人」と皮肉ったような失政を、日銀が再び繰り返す可能性は高くないように思われる。

以上を踏まえると、筆者は、日銀による金融政策の転換が迫り、そして何らかの経済ショックがあっても、「2000年代のように、経済停滞とデフレに戻るリスクは限られる」と予想している。もちろん、日本経済は依然として盤石とは言えないため、「現時点での日銀の政策転換は時期尚早」と判断する識者も少なくなく、筆者の見方はやや楽観的かもしれない。

だが、黒田前体制が実現させた金融緩和政策の成果によってインフレを取り巻く環境が大きく変わる中で、それに応じて金融緩和政策の度合いを、弱めるのは自然だ。なお、筆者は、欧米の中央銀行のように政策金利をゼロ以上、つまり0.25%などに引き上げるには、より高いハードルが必要であり、現時点では条件は満たされてないと考えているが、この点については機会を改めて述べたい。

「円安の追い風」はかなり弱まる可能性

予想される日銀政策転換は、2000年代のように失政となる可能性は高くない。ただ、今後日銀が金融を引き締めるいっぽう、FRB(連邦準備制度理事会)が緩和する、という非対称性がはっきりするため、これまでの「円安の追い風」はかなり弱まるだろう。

2022年から現在まで続いている円安が、日本株高を後押し続けているのは紛れもない事実である。だが、日銀の政策転換が予想される4月以降、様相は変わるのではないか、と筆者は考えている。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません。当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(村上 尚己 : エコノミスト)