インフレ下でも、あの商品がバカ売れする理由
マスクで口元が隠れてしまうのに、「リップモンスター」がコロナ禍で大ブレイクした理由とは(編集部撮影)
インフレ下であらゆるものの値段が上がっている今、「誰かに何かを買ってもらうこと」の壁は一層高まるばかりです。いったいどのような打ち手であれば、インフレ時代にも商品・サービスを売り伸ばすことができるのでしょうか?物価高騰の時代でも売れるための新法則「アガる」について、『高くてもバカ売れ! なんで?』よりご紹介します。
コロナ禍に「リップモンスター」が売れた理由
2020年からのコロナ禍における生活習慣上の一番大きな変化、それは「マスクをつける」ということでした。その影響はさまざまな業界に及びましたが、中でも化粧品業界に大打撃を与えました。
とくに影響が大きかったと言われるのが、マスクで完全に隠れてしまう口元用の化粧品。つまり口紅です。
ところが、花王傘下のカネボウ化粧品が展開するメイクアップブランド「KATE(ケイト)」が2021年5月に売り出した口紅「リップモンスター」は異例の大ヒット。2023年10月の時点でシリーズ累計出荷数(リップモンスターシリーズ:リップモンスター・ミニサイズ・限定色・スフレマット、期間:2021年4月20日〜2023年10月31日)が1700万本を超え、今も新色が登場するたびに注目を集めています。
「リップモンスター」が大ヒットした要因でよく言われるのは、マスクに口紅がつきにくいという機能的な側面でした。公式サイトによると、「リップモンスター」は唇から蒸発する水分を活用して「密着ジェル膜」に変化させている。だからつけたての色がそのまま持続する。だから落ちにくくマスクをしても口紅がベットリつきにくい。
マスクを外しても口紅の色が残っているというのは、メイクをする人にとってとても嬉しいことであることは確かでしょう。
しかし私は、「リップモンスター」がコロナ禍にバカ売れしたのは、機能性に加えて、消費者の「感情」を大きく動かしたことが要因だと考えています。シンプルに言うと、リップモンスターを買うことで気分がアガったのです。
知人の女性ライターは、ネットで噂になっているのを知って「一度試してみようかな」と思い購入。すると使用感も良いので気に入ってしまい、すでに何本もコレクションをしているそうです。
彼女いわく、カラーバリエーションが豊富で、ネーミングも個性的なので買うこと自体が楽しいのだそう。その結果、さまざまなカラーをついつい買ってしまい、中にはまったく使っていないものもいくつかあるとのこと。にもかかわらず、ドラッグストアではいまだに品薄なので立ち寄るとついKATEの棚をのぞいてしまう。見つけると「あった!」と嬉しくなって、またつい買ってしまう……らしいです。
人は「ない」と思うと欲しくなる生き物。「品切れ続出」の状態になると、値段に関係なく欲しいという人が現れます。人間の心理というのは不思議なものですね。また、彼女が言うように「カラーバリエーションの豊富さ」「個性的なネーミング」も、この商品の購入が「アガる」ことにつながっていることは確かです。
何本もコレクションさせてしまう魔法のネーミング
私がコピーライターとして、この商品の肝だと感じたのはネーミングです。
まずは「リップモンスター」という名前。ネーミングにモンスターを用いると大ヒットにつながることがあります。たとえば台湾のかき氷店「アイスモンスター」や、エナジードリンクの「モンスターエナジー」のように、一種のパワーワードと言えるかもしれません。
ただし、これまで化粧品のような女性的な印象が強い商品につけることは、まずありませんでした。だからこそ、そのインパクトは絶大でした。
口紅というアイテムで、商品名がこれだけ前面に出て認知されているものはなかなかありません。コピーライティングの肝として「合わない言葉を組み合わせることで化学反応を起こす」というテクニックがあります。「リップ」と「モンスター」の組み合わせはまさにこれです。
KATEの開発担当・宗田杏樹さんのインタビューによると、この「リップモンスター」という製品名は「とにかく落ちにくそう、なんだかスゴそうという最強感、貪欲な期待感を思わせる名前」として考えたといいます。そこから転じて「モンスターが住む世界って、こんな感じ」とストーリーを深めていき、個々のカラーの名前もその世界観からイメージしていったそうです。
ネーミングにストーリーがある
そう、「リップモンスター」がすごいのは、全体のネーミングだけでなく個々のカラーのネーミングにもストーリーが感じられるという部分です。
たとえば「憧れの日光浴」というカラーは、「普段は夜に活動しているモンスターにとって太陽は縁遠いもの。でもだからこそ、日光浴に憧れていて……というストーリーをのせた、フレッシュなオレンジカラー」と説明されています。
「水晶玉のマダム」は「水晶玉の中に住んでいる真っ青な顔のマダムでも、この色を塗ればたちまち血の気がよみがえるはず、という色」。
「ラスボス」は「肌トーンを選ばず、どんな人も掌握する色。他のカラーが敵視する存在、ということから名付けました」とのこと。
ネーミングだけではもちろん、説明を読んでも「じゃあ、どんな色なの?」とわかりにくいのですが、そこが逆にいい。1本買うと、なんとなく他のカラーも気になってくるというわけです。
発売された時期が、コロナ禍であることを考えれば、「マスクにつかない口紅」というのはかなり重要なスペックであり、この機能だけを打ち出すような売り方もできたに違いない。
しかし「リップモンスター」はそうしませんでした。閉塞感のある状況で、人々の意識がリップメイクから遠ざかっていたときに、あえて最強感というか、「とにかく強い」という世界観を打ち出す。その逆張りのような戦略によって消費者の感情を動かし、再び口紅というものにフォーカスさせた。抑圧された状況下で、「リップモンスター」を買うことでつかの間の気分をアゲた女性は多かったに違いありません。それが爆発的なヒットにつながったのでしょう。
今までの常識を破った男性用下着で、完売状態が続くほどの大ヒットを飛ばしている商品があります。
それが女性用下着メーカーとして知られるワコールの男性用インナーウェアブランド、「WACOAL MEN(ワコールメン)」から登場した男性用高級下着「レースボクサー」です。
2022年には『GOODDESIGNBEST100』を受賞し、「WACOAL MEN」ブランドサイトの訪問者数も2倍以上になったそうです。
そう聞くと、いったいどんな下着なのか、ちょっと気になってきませんか?
オトコも下着でアゲたい
「レースボクサー」の価格は1枚4000円弱で、ラグジュアリーな総レース使いが特徴です。カラーはブルーや黒だけでなく、赤、ピンク、イエローとバリエーションが豊富で、コレクションする楽しさもあります。ジェンダーレスやLGBTQ+などの時代性にもマッチしており、メンズインナーの新しい提案として注目されています。
しかもセクシーさや美しさだけではなく、レースを使っていることから通気性に優れ、アウターに裾のラインが出にくく、穿き心地も抜群とのこと。一度試すと他が穿けなくなるという評判です。
「レースボクサー」の開発チームを取材したワコールの記事によると、メンズインナー全体の商品企画を担当する稲積美紀さんは、以前から「レースを使って男性用のパンツを作ってみたい」という夢がありました。男性にとって下着は日用品。女性のようにランジェリーで非日常を楽しむ習慣はあまりなく、黒、紺、グレー系のベーシックなデザインが主流です。
ところが2020年にワコールが消費者調査を実施したところ、データから「男性用インナーも女性用と同様に、きれいさや上品さが求められてきている」ことが読み取れたのです。メイクやネイルを楽しむ人が増えているように、男性たちの美意識に変化が起きている。今なら女性が下着に抱いている華やかでワクワクする感覚を、レースを使ったインナーウェアで男性にも実感してもらえるのではないか──。
そんな思いから「レースボクサー」の提案に至ったといいます。稲積さんたちが手応えを感じたのは、初めてできたサンプルを社内で試着してもらったときでした。「穿いてみて気分がアガった」という声が寄せられるなど、男性たちの反応がとても良かったのです。
実際、2021年10月にクラウドファンディングサイト「Makuake(マクアケ)」で先行販売したところ、目標金額の30万円に対して、約700人が320万円分の「レースボクサー」を応援購入。その後、伊勢丹新宿店など3店舗とオンラインで販売を始めると、発売から10日で3カ月分の在庫が完売しました。
人が何に価値を感じるかはさまざまですが、自分の気持ちがアガるものに対しては、多少高くてもお金を出すものです。このレースの下着だけの事例ではなく、これまで一般的には女性の気分をアゲていたもの(下着、化粧、美容、ネイルなど)が今、男性の気分をアゲるようになってきています。
今後このジャンルで大ヒット商品が生まれてくることは間違いないでしょう。
コロナ禍で買い手の気分をアゲることで大ヒットした商品に「アサヒスーパードライ生ジョッキ缶」があります。販売スタートは2021年4月。コロナ禍で外に飲みに行きにくい状況も追い風となり、発売直後から話題が沸騰。わずか2日で、一時的に出荷停止となるほど人気になりました。
「アサヒスーパードライ生ジョッキ缶」のキャッチコピーは「まるでお店の一杯目!」。缶フタをフルオープンできるようになっていて、パカッと開けるとふわふわの泡が自然に湧き出てきます。飲み口が大きく開くので、まるで生ビールのジョッキのように飲めるというわけです。缶ビールなのに、まるでお店の生ジョッキのように楽しめるスーパードライ。
湧き上がる泡が気分をアゲて大ヒット
開発チームがこのアイデアを思いついたのは、消費者へのインタビュー調査で、「家飲みもいいけど、本当は家でお店の生ビールが飲みたい」「缶ビールはお店で飲むビールと比べると、気持ちの盛り上がりに欠ける」といったコメントが寄せられたことがきっかけだったといいます。
とはいえ、ビール缶をフルオープンにするのも、泡をたたせることも技術的には難しいはず。なぜ、アサヒビールはこのような商品を開発することができたのでしょう?
実は「フルオープン蓋」と呼ばれるアイデアが生まれたのは商品化の約10年前でした。しかし消費者インタビューでは「泡が消えてしまったビールみたいでマズそう」と不評で、製品化には至らなかったといいます。
また、開口時にクリーミーな泡を出すという技術も2017年に開発されていました。しかしこの時は、小さな飲み口から泡が見えるだけではシズル感がないとお蔵入りになっています。この2つの技術を掛け合わせることで実現したのが「アサヒスーパードライ生ジョッキ缶」なのです。
とはいえ吹きこぼれのリスクは高く、泡のコントロールが非常に難しい。こぼれそうな泡を見て気分がアガる、そんな圧倒的なワクワク感を実現するために、リスクがあってもチャレンジする。「アサヒスーパードライ生ジョッキ缶」が商品化できたのは、「お客様に驚きや感動を提供する」というアサヒビールのミッションによるところも大きかったのではないかと思います。
以上の事例から、気分が「アガる」というキーワードが共通項として見えてきました。みなさんもぜひ身近な商品・サービスの展開に応用できないか、チャレンジしてみてください。
(川上 徹也 : コピーライター、湘南ストーリーブランディング研究所代表)