紀子さま

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機能的な障害の疑い

 年末からご体調を崩されていたという秋篠宮家の紀子妃が、一部の行事を欠席なさる事態に。ご一家に吹きつける“逆風”のもと、ストレスに苛まれ続けてこられたというのだが……。

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「6日の午後、宮内庁から記者会に知らせが入りました。それによれば紀子さまは年末からご体調を崩され、通常の食事が取れない状態が続いておられるとのこと。翌日に執り行われる昭和天皇命日の儀式のご出欠については、当日朝に侍医が判断するというものでした」(宮内庁担当記者)

 紀子妃は7日午前の「昭和天皇祭皇霊殿の儀」にはお出になったものの、皇嗣職侍医の助言もあって、体を締め付ける装束をお召しになる時間を短縮して臨まれた。午後の「御神楽(みかぐら)の儀」は欠席され、翌8日に開催の「手話狂言・初春の会」へのご出席も見合わせられたのだった。

紀子さま

「紀子さまはもっぱら胃腸に重い症状が出ており、侍医からは『一両日中の外出は控えてほしい』と進言されていました。10日には都内の病院で上部消化管内視鏡検査を受けられ、また水分の摂取量も低下していたことから、あわせて点滴も受けられています」(同)

 肝心の検査結果は、

「症状の直接の原因となる異常はみられませんでした。皇嗣職によれば器質的な所見はなく、機能的な障害の疑いがあるといい、検査の担当医からは自律神経の調整を図りながらお過ごしになるよう勧められたとのことでした」(同)

強い焦燥感

 秋篠宮家は、長女の眞子さんと小室圭さんとの結婚トラブルが発端となり、数年にわたって世間の批判にさらされてきた。一昨年には、コンクールで入賞した悠仁さまの作文で無断引用も発覚し、また昨年は佳子さまの「別居」の経緯が批判されるなど、文字通り“一難去ってまた一難”が繰り返されてきたわけである。

 そんな中にあって、皇位継承権者お二方を擁するご一家をもり立ててこられた紀子妃の重圧は、拝察するに余りある。不本意なコンディションで年を越されながらも、ひたすら務めを果たされているお姿はまことにいたわしく、一日も早い快癒を願うほかないのだが、さる宮内庁関係者によれば、

「皇室へお輿入れなさって以来、絶えず美智子さまをお手本になさってきた紀子さまは、これまで“頑張り過ぎてしまう”といったご様子がうかがえました」

 そのお振る舞いは時に、皇室への「過剰適応」などと形容されることもあり、

「平成時代、ご体調ゆえご公務がままならなかった雅子さまとは対照的に、紀子さまはもっぱら称賛されてきたわけですが、こうした“前のめり”のご姿勢は、令和の御代替わりを迎えていっそう強くなられました。折しも、ご一家への批判が強まっている時期。将来のお世継ぎである悠仁さまを育てられる紀子さまからは、『何とかしなければ』との意気込みとともに強い焦燥感がうかがえます。今回もまた、そのようなお気持ちがあらわになってしまったかに見受けられます」(同)

コミュニケーション不全

 秋篠宮家の事情を知る関係者が明かす。

「妃殿下は、これまでのバッシングでご心労がたたったのでしょう。最近でも、悠仁さまが発表された『トンボ論文』をめぐり、東大への推薦入試を見据えた“実績作り”ではないかとの声が寄せられていました。小室さんの問題以降は、お気持ちの休まる暇がないほど、ご難続きだといえます」

 ただでさえ「宮内庁きってのご難場」と称される秋篠宮邸の職員は、踏んだり蹴ったりであろう。現に、

「11日の『講書始(こうしょはじめ)の儀』が終わった後に会見した西村(泰彦)長官が『(会場となった)宮殿ではお元気そうにお見受けした』と述べていた通り、妃殿下は現在も意気軒昂。養生なさるどころか、変わらず宮邸で職員に細かな指示をお出しになっているくらいです」(同)

 宮内庁OBで皇室解説者の山下晋司氏が言う。

「紀子妃殿下のご体調については、7日の昭和天皇祭が終わった時点で“胃腸の具合が悪いため夕方の御神楽は欠席された。明日の『手話狂言ご鑑賞』はお取りやめ”と発表するのが通常の流れだと思います。出欠未定の前日に皇嗣職が発表したのは不可解でした。妃殿下のご意向を踏まえたのでしょうが、側近は“欠席の発表に合わせたほうがよろしいのでは”と進言すべきです。そうしたコミュニケーションが、妃殿下と取れていないのではないでしょうか」

 1月18日発売の「週刊新潮」では、紀子妃殿下のご病状についての専門医の見解や宮内庁との連携の問題点などについてもさらに詳報している。

「週刊新潮」2024年1月25日号 掲載