赤井英和と妻の佳子さん

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 大のパチンコ好きとして知られるタレントの赤井英和(64)。赤井と妻・佳子さんが明かす、パチンコへの深い愛情とは。

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【写真を見る】デートはいつもパチンコ店だったという赤井夫妻

赤井 僕は昔、オートレースのCMに出ていたこともあるんですけど、実は、ああいうレース系はあんまり得意やないんです。競馬も競艇も競輪も、新聞の読み方からして全く分からん。その点、パチンコやルーレット、ブラックジャックはルールが単純で面白い。

「パチンコに関しては機械仕掛けのように正確」

佳子 好きなものはとことん、という性格ですから。もう20年以上も前、まだ新婚だった頃に一度だけ、赤井とラスベガスに行ったことがあったんです。そのときも赤井はカジノに足を踏み入れた途端、私を置いて人混みに消えてしまった。私はラスベガスもカジノも初めてで、遊び方くらい教えてもらえると思っていたんですが、「ほーこれがカジノか」と感心している間に赤井はいなくなっていた。結局、朝まで会えずじまいで、あんなところには二度と行きたくありません(笑)。

赤井英和と妻の佳子さん

 そんなにカジノが好きだとは知らなかったし、赤井は普段は一人だと何もできない人。だから本当に驚いた。でも、よく考えてみたら、結婚前のデートもほぼ100%パチンコ店。ホールに行かないと一緒にいられないから私も「パチンコ好きです」って顔で隣に座っていたし、実際、一緒にいられればよかったから、文句はないんですけどね。

赤井 そういうこともあったなぁ。僕もずっと台に集中しているから、もちろん一言も喋らんかったと思うけど……。でも、ニコニコして隣に座ってくれているから「なんやパチンコ好きなんか」って勘違いしていましたわ。ハッハッハ。

佳子 だからか、いまだに「パチンコ一緒に行こう」って誘われるんです。

 でも、パチンコに関することだけは、本当に機械仕掛けのように正確。休みがあれば必ず行くんですが、それも開店に合わせて9時45分きっかりに家を出る。一時は家族から「945(キューヨンゴ)」ってあだ名をつけられていたくらいで、冗談で「945」と印字したTシャツをプレゼントしたら、そのうちそれを着てパチンコ店に並ぶようになった。

「子どもの頃からパチンコ店へ」

赤井 パチンコはそれこそ手で打つ時代からやっていましたからね。僕が育った大阪の西成ゆうところでは、パチンコ店は近所の社交場やったから、昔は当たり前のように子どもも出入りしていました。当時は1玉2円で50円から打てたから、50円玉握りしめてね。

佳子 パチンコに向き合う姿勢は今でも少年そのものですよ。いつも電動自転車で行くんですが、猛暑だったこの夏も、時間ちょうどに家を出て、しばらくすると「あかんかった」と帰ってくる。で、自分の部屋に行ってパチンコ番組を見て、そのうち勝てるような気がしてくるのか「もう一回行ってくるわ」って。で、また2〜3時間して帰ってきて「もう今日はあかんわ」。近所では違う意味で有名人ですよ。「赤井さん、いつも同じ服着て自転車乗ってる」って。

赤井 ずっと通っていたパチンコ店が家の近所で、車より自転車で行く方が早かったんですよ。そこが数年前に閉店して、それからは隣駅の店に行くようになったんですが、それでも自転車の方が早い。1秒たりとも無駄にしたくないんで、電動自転車を買うたんです。

「営業時間以外もパチンコに触れたい」

佳子 その割には、昼食も店の近所で済ませた方が早いのに、わざわざ家に帰ってくる。理由を聞いたら「新しいパチンコ屋では自分は新参者。近くのおいしい料理屋さんもよう聞かん」と。大胆なのか小心者なのか……。

 そういえば、うちではパチンコの番組を見るためだけにスカパー!と契約をしているんですが、ある時、その番組が映らなくなったことがあった。私が少し意地悪のつもりで「もういいじゃない」と突き放してみたら、なんと赤井は自分で電話して、工事の予約を取り付けた。しかも工事の方が来てしばらくすると、部屋から大笑いする声が。後で聞けば、線が抜けていただけだったというオチなんですが、普段の赤井からすれば考えられない行動力です。パチンコ番組を見られることがそんなにうれしいもんかと思いましたね。

赤井 そら僕の生命線ですから。朝10時から晩の11時まではお店で打てますけど、それ以外の時間もパチンコには触れておきたい。パチンコ店の従業員には休みがありますが、僕にはありませんからね。

追加でお小遣いをもらう方法

佳子 そこまでしてパチンコをやる理由を私も聞いてみたい。

赤井 いや、一獲千金……まではいかんにしても、パチンコの演出にワクワクしたりドキドキしたりしている自分が好きで……。

 まあお小遣い制なんで、元手になるお金も限られているんですけどね。

佳子 お小遣い制になったのも、もともとはパチンコが理由じゃないんですよ。役者稼業なんで、お金に縛られてほしくなかった。だから必要な時にいるだけ渡していたんです。でも、性格上、赤井はギャンブルに限らず、お金があればあるだけ使ってしまう。お小遣い制にしてなければ、今頃、まともな生活は送れていなかったと思います。

 追加でお小遣いをもらう時も、いろいろ考えているみたいで、ストレートに「くれ」とはなかなか言わない。「明日から大阪行くんや。人間、食べんと死ぬやろ?」と情に訴えてみたり、家の中で電話をかけてきて「庭を見てくれ」と言うから見たら、赤井が掃き掃除をしていたり。出先から電話してきて「タクシー乗らんと歩いてるんや」と謎のアピールをしていたこともありました。

「どケチ」だった父

赤井 考えてみれば不思議なもんですよ。大阪で漬物屋をやっていたうちの親父は、節約家というかどケチ。お風呂のお湯を1週間替えないなんて当たり前で、ある時は「大量買いするのが安いんや」と一味唐辛子を一斗缶で買うてきたこともあった。そんなもん一生かかっても使いきれない。

 そんな親父だったから、ギャンブルはもちろんパチンコもせんかったし……。

佳子 でも傍から見たらよく似ていたと思いますけどね。赤井も大きいお金には頓着しないですが、細かいことはどこまでも気になる。

 例えば、暑い日にエアコンをつけるじゃないですか。そしたら冷気がもったいないっていって、私の後をついて回って、ちょっとでも扉に隙間ができていたらすぐに閉めようとする。挙句「冷気が漏れる」と扉にガムテープで目張りまでし始めた。さすがにジョークでしょうが、細かいところが気になるのはお義父さん譲りなのかもしれない。

「勝ってるときは強いけど、負け始めると弱い」

赤井 確かにうちの親父もこまめに電気を消して節電しようと、家のそこら中にスイッチ取り付けとったもんなぁ。自分では「アリとキリギリス」なら、一発逆転狙いの「キリギリス派」やと思っていましたけど、マメな部分があったとは。

佳子 でも、赤井の場合、パチンコもボクシングと同じで「ある力を全部出す」タイプではあると思います。だから、お金があれば持ち金全てを投入するけれど、なければ多分やっていない。

 赤井の友人も「赤井の打ち方は勝ってる時は強いけど、負け始めると弱い」って言っていましたしね。

赤井 ホンマにボクシングと一緒や……。

赤井英和(あかいひでかず)
1959年生まれ。64歳。高校でボクシングを始め、近畿大学在学中にプロ転向。デビュー12戦連続KO勝ちで「浪速のロッキー」と呼ばれた。引退後、「どついたるねん」で俳優デビュー。93年に一般人だった佳子と結婚し、現在はドラマ、舞台、バラエティーと幅広く活躍。妻・佳子による「赤井図鑑」も好評を博した。

「週刊新潮」2024年1月4・11日号 掲載