SMILE-UP.(旧ジャニーズ事務所)

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(前編から続く)

故・ジャニー喜多川氏による性加害は、SMILE-UP.(旧ジャニーズ事務所)の外部専門家チームの調査によると、2015年ごろまで半世紀にわたって続いたとされる。ヒアリングで得た話の数だけでも、小学校低学年から高校1年まで計24件に上り、被害者は複数の証言では「少なく見積もっても数百人」だった。

「極めて悪質な事件」と前検事総長が座長として指揮する調査で指摘され、スマイルアップの東山紀之社長(57)が「鬼畜の所業」「人類史上最も愚かな事件」と表現したほどおぞましいものだった。そんな事件も、警察や検察が立件しなかったが、本当は立件できたのか、関係者への取材から検証した。(後編)(J-CASTニュース編集部 野口博之)

「中学1年で被害に遭い、警察に行こうと思っても行けなかった」

ジャニー氏から性加害を受けたジャニーズJr.(現・ジュニア)の中には、結果として警察には行かなかったが、何度も行こうと思ったと明かすケースもあった。

Jr.時代の被害を訴える東京都内の会社経営者男性(56)は、行こうと思っても行けなかった理由について、次のように取材に明かした。

「中学1年のときにJr.になり、当時は未成年でしたので、警察に行くと、親が呼ばれてしまいます。都内の合宿所では、午前10時には事務所からお迎えが来ますので、警察に朝早く行ったとしても、親が地方から来るには間に合いません。また、中学の授業が終わって、ジャニーさんの車で夜に来るので、地理的にどこか分からず、歩いたこともなく、警察の場所が分かりませんでした」

合宿所は当時、億ションと言われた高級マンションで、出入りするにもガードマンに名前を言わないといけなかったという。

警察に行かなかったもう1つの理由としては、次のようなことを挙げた。

「それでも、事務所の目を盗むスキはありましたが、警察に駆け込んだと聞けば、親が心配してしまうことがありました。親が芸能界に入るのを反対しており、その反対を押し切って合宿所に入りましたので、警察に行くと自分の夢が終わってしまうんですよ」

中学生のときは若過ぎて分からなかったが、事務所が警察も押さえていると聞いたため、警察へ行っても取り合ってくれなかっただろうな、と今になっては思うという。

「この被害を耐えればタレントになれる、と皆が洗脳されていました。ジャニーさんは、『みんなやってることだから』が口癖でしたが、寝床に入ってくると、膝を丸めて力を入れ、必死に寝たふりをしました」

中学3年になると、事務所へ行って職員に被害を訴えたが、「あなたは頭がおかしい」などと言われた。10年ほど前にも、思い直して電話で訴えたが、同じような対応だったという。

「連絡して来たらこのように対応する、というマニュアルができていたのでしょう。事務所から、被害を聞くために呼ばれることもありませんでした。せめて、警察には事件化してもらいたかったと思っています。そうしてくれていたら、かなりの数の被害をなくせたでしょうし、芸能界も劇的に変わったのではないでしょうか」

報道が事実なら、都の青少年健全育成条例の淫行罪などの犯罪

それでは、SMILE-UP.が進めている被害者への聞き取りで、警察に相談などをしたケースはあったのだろうか。

この点を含め、いくつかのことを取材で聞いたが、SMILE-UP.の広報窓口担当者は、次のようにメールでコメントした。

「ご質問の点につきましては、当社がお答えできる内容ではないものも多く、また当社のHPにてお知らせしました以上の内容につきましては、プライバシーに関わることから、個別のお問い合わせには回答を差し控えさせて頂きます」

ジャニー氏の性加害では、元フォーリーブスの故・北公次さん、ジャニーズ性加害問題当事者の会代表の平本淳也さんも、公に発言できるようになったのは、成人してからだ。

まだ「証明や証拠」の可能性があるJr.らについて、その証言を集めて1999年に特集を組んだのが、週刊文春だった。

その中の記事では、あくまでも証言に留まっていたが、警察や検察が捜査をすれば、犯罪になると明確に指摘していた。

ジャニー氏の性加害は、東京都の青少年健全育成条例の買春等禁止(改正前条例第18条の6)に抵触する可能性が高いとし、男性の被害者にも当てはまるとした。13歳未満なら、少年が訴え出れば、暴行や脅迫がなくても成立する強制わいせつ罪(改正前刑法第176条)に当たると指摘した。記事では、ジャニー氏は1〜5万円を事後に渡していたと書いており、児童ポルノ法の児童買春(第4条、第2条2項)についても紹介していた。

特に、都の条例なら、親告罪ではないため、被害者が訴える必要がなく、警察が「独自の捜査で立件できる」と強調していた。

2015年ごろまでジャニー氏が行ったとされる性加害について、弁護士法人ユア・エースの正木絢生代表弁護士は、J-CASTニュースの取材に対し、その犯罪性について次のような見方を示した。

都の青少年健全育成条例については、05年には条例が改正され、より量刑が重い淫行罪(第18条の6)になっており、ジャニー氏の性加害が続いた15年ごろの時点で、「報道されている事実が本当にあったならば、本条例違反の犯罪が成立するでしょう。報道ではオーラルセックスや肛門性交を18歳未満の青少年と行っていたとされていますから、少なくとも性交類似行為に該当する行為があります」とも述べた。

強制わいせつ(致傷)罪などで、懲役7〜8年の実刑の可能性

また、正木弁護士は、「報道によると、喜多川氏は13歳未満の少年に対してもわいせつ行為を行っていたとありますから、仮にこれが事実なら、強制わいせつ罪が成立します」と指摘した。さらに、ジャニー氏が1〜5万円を事後に少年らに渡していたことを念頭に、「児童ポルノ法の児童買春罪は、子供に対して何らかの利益を提供したり約束したりして性交等を行うと成立する犯罪です。性行為の対価として現金を渡していれば当然成立しますし、例えばテレビデビューなどを約束していても成立します」と述べた。

17年に刑法が改正される前は、強姦罪(改正前刑法第177条)が女性を姦淫することを処罰対象にしていたため、男性相手の性加害行為が処罰できなかった。しかし、正木弁護士は、「法改正以前、男から男に対して行う性加害行為は、一般的に強制わいせつ罪として処罰されていました」と解説した。そして、例えば、肛門性交で裂傷を負わせるなどのケガをさせた場合には、強制わいせつ致傷罪(改正前刑法第181条1項)が適用されていたとする。

「時代的に、今ほど男性間の性犯罪が犯罪とみられにくいことは否定しませんが、こういった事実があったのであれば犯罪が成立することに変わりありません」

では、ジャニー氏の性加害は、15年ごろに立件されていたとすれば、どのくらいの量刑になったのだろうか。

正木弁護士は、改正前刑法では、強制わいせつ(致傷)罪が想定される犯罪の中で最も重い犯罪だったとして、ジャニー氏は、当時なら懲役7〜8年の実刑(執行猶予なし)がありうるとの見方を示した。不同意性交等罪(当時の強姦罪)などがある現在なら、仮にジャニー氏が生きていて、15年以降も性加害を続けていたとすれば、懲役10年前後の実刑になる可能性があるという。

都の条例違反は親告罪でなく、警察が独自に捜査できるが...

とはいえ、少年時代の被害者らが警察に相談するには、あまりにもハードルが高すぎることが取材などから分かってきている。正木弁護士は、強制わいせつ罪は、17年まで親告罪(改正前刑法第180条1項)だったため、「被害者の申告がない状態では、捜査機関が立件することはできません」と指摘した。

その一方で、都の青少年健全育成条例の淫行罪などについて、「条例違反は親告罪ではありませんから、理論上は被害親告がなくても捜査機関において立件可能です。したがって、告訴がなくても警察が独自に捜査することができます」と述べた。

「こういったセンシティブな犯罪は、一人が声を上げることで被害者みんなが声を上げやすくなります。事件が一つ明るみに出ることで、他の事件の被害者も声を上げやすくなることはあるでしょう。そのため、非親告罪である条例違反の立件を端緒にして親告罪である強制わいせつ罪等の被害者も告訴を行って立件できた可能性はあります」

いずれにせよ、警察は、被害者の協力を得ることが必要だったと正木弁護士は強調した。

「捜査するにも捜査機関においてある程度『犯罪があった』という確証が必要です。とりわけこういったセンシティブな犯罪においては、写真や映像等のはっきりした証拠が残っているのでなければ、被害者のお話しというものが極めて重要になってきます。被害者が幼くて自分で話せなければ保護者が代わって話したりすることもありはしますが、いずれにせよ、親告罪の場合とほとんど同じような被害申告が必要になってくるでしょう」

そのうえで、次のように締め括った。

「喜多川氏の性加害の被害者の方々が今日まで声をあげなかったことは、全く責められることではありません。むしろ今声をあげていることは、本当に賞賛されるべき勇気のあることです。被害者の方々が十分に納得される形で早期に事件が解決することを強く期待します」