幸せに生きるために「お金」より大切なことを、「きれい事」抜きで考えます(画像:ペイレスイメージズ1(モデル)/PIXTA)

元ゴールドマン・サックスのトレーダー、田内学氏の小説『きみのお金は誰のため』は、発売1カ月半で10万部を突破するなど、いま話題の1冊だ。

去る11月30日、本書の刊行を記念したトークイベントがジュンク堂書店 池袋本店で開催された。対談相手は、元ゴールドマン・サックスの営業マンで、現在はアパレルブランド「CLOUDY」の経営者をつとめ、アフリカ支援にも熱心に取り組んでいる銅冶勇人さん。『きみのお金は誰のため』に登場するキャラクターのモデルの1人でもある。

オンラインを含め200人を超える聴衆が集まり、大いに盛り上がりを見せたトークイベントをダイジェストでお送りする。

前編:日本人の「お金さえあれば大丈夫」信仰が危険な訳

誰にでもお金の本質がわかる本

銅冶勇人(以下、銅冶):ところで田内さん、いつの間に、この小説っぽい文章が書けるようになったんですか?


田内学(以下、田内):修業したんですよ。

銅冶:前職では、あんなこまごまとしたことをチクチクやっていたくせに、すごくいいお話になっちゃっているじゃないですか。

田内:会社員のときのメール、要点しか書いてなかったもんね。

銅冶:田内さんのメール、めっちゃ冷たかったんですよ。鬼かと思いました。

田内:1日に数百通のメールがきて、全部返信しなきゃ仕事が滞っちゃうんでね。そこからこうなるのは大変でした。

銅冶:田内さんの本の魅力は「入りやすさ」だと思っていて、前回の本もそうですけど、今回は特にそう感じました。

すごく読みやすくて内容がスッと入ってきて、僕が読みやすいってことは、みんなも読みやすいってことなんですよね。

僕は金融業界にいたからわかるんですけど、お金の不安に迫られている人はたくさんいても、ほとんどの人は本質を捉えられていないと思います。

そういう人にとって、お金の大事な部分を考えさせてくれる1冊で、すごく面白かったです。

田内:本の内容は、僕の過去の経験も基になっていますが、銅冶さんから聞いたアフリカの話にも大きな影響を受けています。


田内 学(たうち・まなぶ)/金融教育家。1978年生まれ。東京大学工学部卒業。同大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。 2003年ゴールドマン・サックス証券株式会社入社。以後16年間、日本国債、円金利デリバティブ、長期為替などのトレーディングに従事。日本銀行による金利指標改革にも携わる。 2019年に退職してからは、佐渡島庸平氏のもとで修業し、執筆活動を始める。著書に『お金のむこうに人がいる』(ダイヤモンド社)、高校の社会科教科書『公共』(共著、教育図書)、『10才から知っておきたい 新しいお金のはなし』(監修、ナツメ社)などがある。『ドラゴン桜2』(講談社)、『インベスターZ 番外編「人生を変える!令和の投資教育」』(コルク)でも監修協力。 お金の向こう研究所代表。社会的金融教育家として、学生・社会人向けにお金についての講演なども行う(画像提供:田内学氏)

日本で豊かさの話題になると、30年前や10年前と比べて賃金がどうなっているのかって話になるけれど、アフリカは生活ぶりにフォーカスされる印象です。

教育や医療はもちろん、楽しく仕事をするとか、生活の内容に豊かさを感じているように思います。

銅冶:大学4年生のとき、初めてケニアに行ったことがきっかけで今の活動に至るんですけど、行けば行くほど、与えてもらうものが多いなと思います。

まさに今おっしゃっていたとおり、豊かさとは何なのかを自分に対して問う、これが一番大きかったですね。

現地に行って何回目かに、カメラの電池が壊れちゃったことがあったんです。撮れなくてごめんなっていうと、5〜6歳くらいの子に「目があるから。記憶に焼き付けておけばずっと思い出せるから大丈夫だよ」って言われたんです。

田内:それは僕も思ってました。運動会で、カメラをずっと回して子供を追いかけて、フレームに入れなきゃいけないってことだけ考えていると、生の目で見られないんですよね。

瞬間を直接見ることが大事だとは思いつつ、つい役目としてやっちゃうんだけど、目に焼き付けるっていうのも大事ですよね。

自分の物差しで生きると幸せになれる

田内:宮台真司さんが、昔は祭りでエネルギーをもらっていたから、集団の中でエネルギーをくれる奴は大事って話をしていたんですが、これ銅冶さんのことだなって思ったんですよ。

普段農村には定住民しかいないけど、祭りのときに非定住民たちも呼んで一緒に騒ぐことで、非定住民からもらったエネルギーを蓄えてまた次の日から頑張れるって話。

銅冶さんは僕らにエネルギーをくれるんだけど、銅冶さんはアフリカから元気になって帰ってくるから、そのエネルギーはアフリカから来てるのかなって。

銅冶:アフリカからは、元気をたくさんもらって帰ってきていますね。


銅冶 勇人(どうや・ゆうと)/株式会社DOYA CEO/ NPO CLOUDY 代表理事。1985年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、ゴールドマン・サックス証券株式会社入社。2010年に特定非営利活動法人CLOUDYを設立。ケニアのスラムに住む子どもたち教育・雇用支援を開始。2015年にアフリカ・ガーナでの雇用創出を目的としたファッションブランド“CLOUDY”をスタートし、これまで約630名のワーカーを雇用。現在7つの学校を運営し、これまで約3800人の生徒に教育の機会を提供。CLOUDYとNPO CLOUDY2つの組織でクリエイティブとビジネスを循環させ、アフリカの自走を実現する(画像提供:銅冶勇人氏)

田内:よく「受け取るものが多い」って言っていますよね。

実際に銅冶さんの周りって、会社でもキャッキャしていたし、みんなエネルギーをもらえている感じがしていました。

銅冶:どこかで他人の目を気にして生きている自分の幅の狭さとか、豊かさとはなんだろうとか、行くたびに自分の生活を見直します。

田内:他人の目は、気になりますよね。協調性のいい面でもあり、悪い面でもあるよね。

銅冶:自分をよく見せたい気持ちも当然ありますしね。

だけど、それは他人の物差しで自分を決めていて、自分の物差しで自分を判断できていないってことだと思うんです。

ガーナの人たちに会って彼らの生活を見ると、自分が何を志して何を達成したいのかがはっきりしているし、人との接し方や言葉もシンプルなんですよね。

オシャレは好きだけど、着飾るってことが、見栄を張ってどうこうすることじゃないんです。

田内:全部自分の幸せのためなんですね。お金の話にもつながるけれど、そのお金を使って何がしたいのか、自分にとっての幸せが何なのか、これがわかると幸せになれると思います。

もちろん幸せのためにお金を増やすことも必要だけど、周りに自慢したいからとかじゃなくて、お金でどう幸せになるのかが大事ですよね。

「僕たちの範囲」をどれだけ広げられるか

田内:お金ってね、たとえば自分では作れない美味しいご飯をレストランで食べるとか、要は「自分にできないこと」を誰かに解決してもらいたいときに使うんですよ。

そういう意味ではやっぱり仲間を作るってことはすごく大事なんです。お金なんてなくても、本当に困ったときにお願いできる仲間がいる、それがすべてな気がするんですよね。

銅冶:本の中で出てくる「僕たちの範囲」っていう言葉に共感して、ここが1番しっくりきました。

同じ志を持ってくださる方と「僕たち」っていう大きな範囲で、どう気持ちを共有できるのかっていうことがすごく大事だと思うんですよね。

アフリカの人たちのためにやってて偉いとか、そう言っていただけるのは嬉しいんですけれど、最終的に「僕たち」のためっていうのが結論なんです。

田内:それは一緒に働いている社員の人たちとも同じような認識なの?

銅冶:そうですね。組織として何を目指しているのかがすごくクリアです。

まとまらないときももちろんあると思うんですけれど、暗黙の了解はないので、共有は絶えず続けています。

銅冶:どこかで脱線してうまくいかないときがあっても「必ず帰ってこられる一本の軸」が一個あることが組織として大事で、ここが何個もあったら難しいんです。

田内:今、僕らに足りていない幸せとか生活の豊かさを、銅冶さんの生き方から学べると思っています。

僕も若い人たちの前で講演することがあるんですけれど、仲間を作ることが大事で、目的を共有することが大事だよって話をするんですよね。それを実践してて、お手本のような生き方をしているのが、銅冶さんだから。

エゴからのスタートでもいい

銅冶:田内さん、本質の軸は変わっていないと思うんですけれど、話の仕方というか、発する言葉の使い方が大きく変わりましたよね。

今こうして本を2冊書かれて、今後どういう人たちにどういうインパクトを残していきたいんですか?

田内:やっぱり若い人たちに僕の本を読んでもらいたいんですよね。

NISAで投資しなきゃいけないとか、不安をなくすためにはお金を貯めることが必要だよねとか、そうじゃないことを知ってほしいんです。

お金を増やすことだけじゃなくて、社会のことも考えてほしい。社会のことを考えるっていうと、利他的だと思われがちですが、これは僕のエゴなんです。

銅冶:自分がそうしたいってことですね。

田内:そう。僕の小説の中に「お金は奪い合いだけど、未来は共有できる」という言葉があります。

誰もが生活を豊かにしたいって思っていますよね。でも、そこでみんながお金を増やすことを目標にすると、ただの奪い合いになっちゃうんですよ。お金は財布から財布への移動でしかないので、誰かのお金が増えるときには、誰かのお金が減っているんです。

株を安く買って高く売ろうとするのも同じ。誰かは安く売らされて高く買わされる。みんなでそのゲームを頑張るのってしんどいですよね。

それよりも、暮らしやすい未来の社会を作ることを目的にしたほうがよくないですか。別に他の人のことを考えろってわけじゃない。僕の家族が住みやすい社会にしたいというエゴです。

そういう意味ではエゴなんですけど、「住みやすい未来の社会を作ろうよ」って目的は、他の人とも共有できますよね。そういうご提案をしているつもりです。

銅冶:変わりましたね、田内さん。オフィスで営業マンと侃々諤々、議論していた怖い田内さん、みんなに見てほしかったな。

田内:そんなに怖かったかな(汗)。

銅冶:自分を大きく見せないといけない瞬間って誰にでもあるから、演者じゃなきゃいけなかったんですね。でも、結局のところ、根の部分があったかい人なんです。そうじゃなきゃ、こんなあったかい小説、書けませんよ。

(構成:川口玲菜)

(田内 学 : 元ゴールドマン・サックス トレーダー)
(銅冶 勇人 : DOYA CEO/NPO CLOUDY 代表理事)