強制労働は、世界的に増加の一途をたどっています(写真:MaCC/PIXTA)

企業の不祥事や問題、トラブルが報じられるニュースは枚挙に暇がありません。たとえばセキュリティ対策や人権・労働問題、商品の品質やマーケティングなど、その種類は様々です。しかし、これらのニュースを「ESG」の文脈から見ている人は少ないのではないでしょうか。

『あわせて学ぶESG×リスクマネジメント』の著者で公認会計士の木村研悟氏曰く、「環境:Environment、社会(人権):Social、ガバナンス:Governanceの頭文字をとったESGの本質は、『その企業のリスクマネジメント』にある」と話します。

そこで、この記事では企業のリスクマネジメントの考え方を「実際のトラブル」を例に挙げながら解説します。

現代社会において、人権尊重や働く人の安全・安心な職場環境整備は、企業の社会的責任として強く求められています。

企業がこれらの要素を適切に管理しない場合、レピュテーションリスク、法規制違反リスク、訴訟リスクなど、多岐にわたるリスクに直面する可能性があります。逆に、人権や労働権の尊重をビジネスの一部として組み込むことは、社会的信認を向上させ、従業員のロイヤリティを高めることができます。

悪化の一途を辿る世界的な人権・労働問題

人権問題の現状から解説します。

2023年3月のCIVICUS Monitorの調査によると、国家やテロによる弾圧を受けている国は117カ国あり、2017年の111カ国から増えています。2021年の人口比率で見ると、約7割の人々が「抑圧された環境」にいることになり、世界で見ると日本や欧米を除き、人権問題はまだまだ解決されていないことがよくわかります。

続いて、労働問題の現状に目を向けると、ILO(国際労働機関)の調査結果によれば、世界中で約2500万人が強制労働を受けており、うち約430万人が子どもとされています。地域では東アジアと東南アジアが最も多く、1655万人を占めます。セクターでは家事が最も多く、次いで建設、製造、農業と続きます(出所:International Labour Organization, Forced Labour: Global Overview)。

強制労働の現状を見ると、1日当たり2760万人が強制労働を課せられており、この数字は全世界で1000人当たり3.5人が強制的に働かされていることを意味します。女性と少女が全体のうち1180万人を占め、子どもは330万人を超えています。

経年変化では、近年、強制労働は増加の一途をたどっています。

社会的な視点から見た人権・労働問題

人権・労働問題は「身体的」と「社会的」に大別されます。ここまでは「身体的」な視点を中心に現状を見てきましたが、「社会的」な視点でも定量的な数値を見てみましょう。

ILOは2023年3月、労働市場における性別間の格差について指摘した報告書「New data shine light on gender gaps in the labour market」を公表しました。この報告書によると、就職の機会や労働条件における男女の格差は、私たちが以前に認識していたものよりも深刻な問題であることが明らかになりました。

また、ILOの新たな指標である「労働需要不足(jobs gap)」は、働く意志がありながら職に就けていないすべての人々を対象にしています。

この指標によると、低所得国では、職を見つけられない女性の割合は24.9%、対照的に男性のその割合は16.6%でした(出所:International Labour Organization, New data shine light on gender gaps in the labour market)。

これは通常使用される失業率よりも、女性の就労状況がかなり厳しいことを示しており、女性が職を得ることが男性に比べて依然として難しい状況であることを示唆しています。

「働きたいが仕事がない」と答えた世界の生産年齢人口のうち、女性は15%、男性は10.5%でした。男女差は、2005年から2022年にかけてほとんど変化していません。

では「人権・労働問題」について、企業はどのようなことが求められているのか、セクター・業種ごとの取り組みと実際の事例を一部紹介していきましょう。

■労働者の安全と健康の確保が企業存続の基盤となる「建築資材」

建設資材メーカーは、人々の暮らしや街のインフラを支えるため、建築物や土木施設の建設工事現場で使われる建材や住宅設備機器を提供しています。特に近年では、環境・防災、デジタル対応などの高付加価値製品を開発・提供することでサステナブルな社会の実現にも貢献しています。

一方で、社会課題の解決に貢献する価値を創出するためには、開発・生産現場における多数のリソース確保と、安全衛生活動の推進による労働者の安全と健康の確保が企業存続の基盤となっています。

ちなみに、主要なサステナビリティ基準であるSASBスタンダードでは、労災事故と、元従業員・現従業員における珪肺(けいはい)症の報告症例数の開示を求めていることが特徴的です。

事例:シリカへの職業曝露、2019年に世界で6万5000人超の死亡推計※


シリカ(ケイ素を構成元素として含んだ物質)への職業曝露は、金属、非金属や炭鉱・精製所、花崗岩の採掘・加工現場、水圧破砕作業、採石業、鋳物工場、セラミックスやサンドブラスト作業など、幅広い加工・建設現場で多く生じています。シリカを吸入すると、さまざまな肺に関連した疾病を引き起こし、また、IARC(国際がん研究機関)は、結晶質シリカが肺がんを引き起こすという十分な証拠があると結論づけています。曝露は、微粒子シリカ粉じんの沈着によって生じる、長期進行性の肺疾患「珪肺」の原因にもなるとされています。

アメリカでは約230万人、欧州で300万〜500万人、日本で50万人、中国で230万人以上、インドで1100万人、南アフリカで600万人以上の労働者が、シリカに職業曝露していると推計されています。
※出所:OSHRC(全国労働安全衛生センター連絡会議)「ILO:労働における有害な化学物質への曝露と結果としての健康影響:グローバルレビュー(2021.5.7) 知見の概要:シリカ」

労働力不足が深刻化する小売・流通業

食品小売・流通業者の企業は、社会構造変化や消費行動の変化を的確に捉え、品揃え・サービスの拡充、適切な商品・サービス構成、売場レイアウトの刷新などにより、多様化するニーズへの対応と地域社会に対する利便性の向上に貢献しています。

近年では、デジタルを活用し、非接触による無人決済、ネット配送サービスなど付加価値提供の拡充を目指しています。

一方、飲食料品卸売業・小売業は全産業平均と比較し、勤務時間が長く、年間休日総数が少ないことが指摘されています。また、飲食料品小売業における、女性の就業比率、非正規の職員・従業員の割合が非常に高いことも示されています。

労働力不足・長時間労働が深刻化するなか、特にデジタル・情報技術の活用を通じた生産性向上が期待されています。

事例:長時間労働めぐる訴訟で元従業員と和解※


大手コンビニエンスストアチェーンのフランチャイズ(FC)加盟店で働いていた元従業員の男性が、大阪府内の加盟店の店主から長時間労働をさせられたり、日常的に暴行や暴言などのパワハラを受けたりしたと主張。2021年6月に大阪地裁でこの問題は和解となり、同社本部が男性に解決金を支払うことなどに合意しました。

※出所:朝日新聞DIGITAL「ローソン本部と元従業員が和解 長時間労働めぐる訴訟

事例:社員の過労自殺で遺族に約1億3,300万円支払い※

大手居酒屋チェーンの子会社の正社員が、2008年に過労自殺したのは会社側の責任として、遺族が同社や創業者に損害賠償約1億5000万円を求めた訴訟は、2015年12月に東京地裁で和解が成立。企業側が責任を認め約1億3300万円を支払いました。

※出所:ワタミ「外部有識者による業務改革検討委員会」の調査報告

「貨物・物流」は適切な労働条件の確保を

デジタル社会によるEC化の進展、顧客ニーズ・流通構造の変化は、貨物・物流企業のネットワークとオペレーション構造を抜本的に改革する必要性をもたらしています。


従来の宅急便は、日中に集荷、夜間に発送仕分けと幹線輸送を行い、翌朝から配達する時間軸としたオペレーションを行っていました。一方で、EC荷物は、購入者による注文が集中する夜間以降、順次荷造り・発送作業が行われるため、従来のオペレーション時間軸とのズレが生じ、作業効率低下や追加コストが発生しています。

これらに対応するため、オペレーションプロセスの簡素化によるコストの適正化、需要増減に対応できる組織力が求められており、従業員による柔軟なシフト対応、法人パートナーの重要性がますます高まっています。貨物・物流企業の従業員や請負業者のための適切な労働条件の確保が求められています。

事例:元ドライバー自殺は「労災」という判決※

大手運輸会社のドライバーの男性社員は、名古屋市の配送センターで運転手を務め、センター長として運転手のシフト管理も担っていましたが、2016年3月に精神障害を発症し、翌月に自殺。その後、自殺の原因は長時間労働や仕事上のストレスだとして、遺族が労災認定を求めた訴訟判決が2020年12月にあり、労災が認定されました。

裁判長は、判決の理由を説明するなかで、2015年12月の過度な時間外労働(130時間超)や、配送事故が続発しセンター長としての心理的ストレスが増大していた事実を指摘。そして、これらの労働環境が精神障害の発症を引き起こしたと認定し、名古屋北労働基準監督署の労災を認めなかった判断を取り消しました。

※出所:日本経済新聞「ヤマト運輸元ドライバー自殺は「労災」名古屋地裁判決」

(木村 研悟 : 公認会計士)