人はなぜ「後悔」をしてしまうのでしょうか(写真:Graphs/PIXTA)

自分は後悔ばかりのダメな人生を送っている、と感じている人もいるかもしれません。ですが、アメリカ・ベストセラー作家、ダニエル・ピンク氏は「後悔は人生の本質的要素であり、生きるとは後悔を重ねることともいえる」と言います。「後悔」という感情について考察する氏の最新作『THE POWER OF REGRET 振り返るからこそ、前に進める』より、一部抜粋・再構成してお届けします。

「後悔」という感情とは一体何なのか

私たちが「後悔」と呼んでいる感情、その正体はなんなのか。

それはすぐに気づく感情である半面、定義することは驚くほど難しい。これまで科学者や神学者、詩人、医師など、さまざまな分野の専門家たちがその定義を試みてきた。

心理療法の専門家は、「ある人がなんらかの行動を取ったり、行動を取らなかったりした結果、その人物が望まない状態が生じた場合にいだく不愉快な感情」と定義した。

経営理論家は、「後悔は、意思決定者がほかの選択をしていた場合に生じたであろう結果と、現実に生じた結果を比較することにより生まれる」と述べた。

哲学者は、後悔とは「過去を振り返って不愉快な感情をいだき、その事態を招いた原因を明らかにし、将来ある種の行動を取る意思を表明すること」と言っている。

後悔を正確に定義することが難しく感じられるとすれば、それは非常に重要なことを物語っている。後悔は、ひとつの状態というより、プロセスと考えるべきなのである。

たとえば、父親の願望を受け入れて大学院を中退してしまった過去を持つバージニア州の52歳の女性は、「大学院の学位を取得すればよかった」という後悔を抱えている。「学位を取得していれば、私の人生の軌跡は違うものになっていたでしょう。もっと満足感と充実感、そして達成感を味わえたはずです」と彼女は打ち明ける。

彼女が後悔するとき、彼女の脳内ではこのようなことが起こっている。まず、何十年も前のまだ若かった頃に立ち戻り、実際に起きたこと(父親の望みに従ったこと)をなかったことにし、それとは別のシナリオを思い描く。そのあと、再びタイムマシンに乗って、過去をつくり変えることで変化した新しい現在へ戻り、満足感と充実感と達成感を味わう。

こうしたタイムトラベルとストーリーテリングの能力は、人間だけがもっている「超能力」と言ってもいいだろう。ほかの動物にはできないであろうこの超能力を、私たち人間は、いとも簡単に活用できる。

このように、後悔のプロセスを牽引するのは、時間旅行をする能力と、過去の出来事を書き換える能力だが、そのプロセスが完了するまでには、さらに2つのステップを経なくてはならない。その2つのステップが後悔とほかのネガティブな感情の違いを生む。

後悔を生み出す2つの能力と2つのステップ

ひとつ目は、比較するステップだ。前出のバージニア州の女性に話を戻すと、この女性がいま悲惨な状態にあるだけであれば、後悔の感情は生まれない。この場合、女性がいだく感情は、悲しみだったり、憂鬱だったり、絶望だったりする。その感情が後悔に転じるのは、タイムマシンに乗って過去に戻り、そのとき別の行動を取っていた場合に実現したと思われる結果と、現在の悲惨な状況を比較したときだ。

もうひとつは、その状況が誰の責任なのかを分析するステップである。人はたいてい、他人の行動ではなく、自分の行動を後悔する。ある有力な研究によると、人々がいだく後悔の約95%は、外的環境ではなく、自分がコントロールできる状況に関わるものだ。

バージニア州の女性は、現実の不満足な状況と、想像した別のシナリオを比較し、不満を感じている。それは後悔をいだくうえで不可欠なステップだが、それだけでは後悔は生まれない。

この女性が後悔の領域に完全に足を踏み入れるにいたった決め手は、別のシナリオが実現しなかった理由にある。いまこの女性が苦しんでいる原因は、過去の自分自身の選択と行動にあるのだ。この点こそ、落胆など、ほかのネガティブな感情と後悔の決定的な違いだ。さまざまなネガティブな感情のなかで、後悔がとりわけ人を激しく苛む理由もここにある。

こうして、ほかの動物がもっていない2つの能力を土台に、ほかのネガティブな感情とは異なる2つのステップを経ることにより、人間しか経験しない、ほかの感情とはまったく異なるつらい感情が生まれるのである。

人間の認知的仕組みは後悔するようにできている

このように説明すると、いかにも複雑なプロセスのように思えるかもしれないが、この感情は、ほとんど意識することなく、まったくと言っていいほど労力を払うことなしに生まれる。

後悔を感じることは、人間の本質の一部なのである。オランダ人研究者のマルセル・ズィーレンベルグとリック・ピーテルスの言葉を借りれば、「人間の認知的な仕組みは、後悔を感じるようにできている」のだ 。

人間にはこうした認知的な仕組みが備わっているために、後悔すべきでないとしきりに説かれているにもかかわらず、人が後悔の感情をいだくことは非常に多い。

アメリカ人の後悔について史上最大規模の定量調査を実施した「アメリカ後悔プロジェクト」では、4489人に対して、あえて「後悔」という言葉を用いずに、次のように尋ねた。「自分の人生を振り返り、違う行動を取ればよかったと思うことは、どれくらいの頻度でありますか」。その回答は、実に多くのことを物語っている。

そのように思うことはまったくないと答えた人は、わずか1%、めったにないと答えた人も17%に満たなかった。一方、しばしばそう思う、いつもそう思っていると答えた人を合わせると、約43%に上った。ときどきそう思うと答えた人も含めれば、なんと82%が後悔を感じている。この割合は、デンタルフロスをおこなっているアメリカ人の割合を大きく上回る。

後悔は人生の本質的要素だ

この発見は、過去40年間の科学的研究とも合致している。社会科学者のスーザン・シマノフは1984年、大学の学部学生と既婚カップルを集めて、その人たちの日々の会話を記録した。そして、その内容を分析して、なんらかの感情を表現もしくは描写している言葉を洗い出し、実験参加者たちがとりわけ頻繁に言及していた感情(ポジティブな感情とネガティブな感情の両方)をリストアップした。

幸福感、興奮、怒り、驚き、嫉妬などの感情は、すべてトップ20に含まれていた。しかし、ネガティブな感情のなかで最も頻繁に言及されていて、すべての感情のなかでも2番目に頻繁に言及されていた感情は、後悔だった。ちなみに、それよりも頻繁に言及されていた唯一の感情は愛である。


このほかにも、世界のさまざまな国を舞台にした研究で同様の結果が得られている。2010年にスウェーデンでおこなわれた研究では、100人以上の人たちの選択と行動を追跡調査した。すると、その人たちは、調査に回答する前の1週間にくだした決定の約30%を後悔していた。

別のある研究は、数百人のアメリカ人の経験と態度を調べている。それによると、後悔は人生のあらゆる局面で非常によく見られる感情だという。「(後悔は)人生の本質的要素である」と、この研究をおこなった研究者たちは結論づけている。

あらゆる分野の研究者たちがさまざまな角度から、さまざまな方法論を用いてこのテーマに取り組み、まったく同じ結論に到達している。ある論文の表現を借りれば、「生きるとは、少なくともある程度の後悔を重ねることであるように思える」というのだ。

(ダニエル・ピンク : 経営思想家)