おならや便の悪臭、膨満感は「膵臓の危険サイン」
じわじわと進行する慢性膵炎。糖尿病や膵臓がんの原因にもなるそうです(写真:takeuchi masato/PIXTA)
長い期間にわたって膵臓の炎症が持続することで、膵臓の働きが徐々に衰えてしまうのが、慢性膵炎(すいえん)という病気だ。
放置すると徐々に膵臓の機能が失われていき、三大栄養素を十分に消化吸収できず低栄養になったり、糖尿病などの合併症を起こしたり、場合によっては膵臓がんになってしまうこともあるという。
そこで慢性膵炎について、膵臓や胆道の病気に詳しい東北大学大学院医学系研究科教授の正宗淳さんに話を聞いた。
急性膵炎が突然激しい炎症を一気に起こすのと違い、慢性膵炎は長い時間をかけてじわじわと進行していく(関連記事:暴飲暴食後の激痛、怖いのは肝臓より膵臓の病気)。
慢性膵炎になると、膵臓が線維化により硬くなり、やせて萎縮してくる。そして徐々に膵臓の機能が失われていく。炎症によって線維化が起こるのは、肝臓の病気である肝硬変とよく似ている。
男性の約8割が「アルコール性」
似ているのは、それだけではない。アルコールの摂り過ぎが引き金になる点も同じだ。
日本膵臓学会が中心となり、正宗さんらが2016年に全国の医療機関を慢性膵炎で受診した患者を調べた全国疫学調査によると、慢性膵炎の原因は男性(1740例)では79.1%がアルコール性、17.2%が原因のはっきりしない特発性。女性(362例)は55%が特発性、37.6%がアルコール性だった。
「やはり最も大きなリスク因子は、飲酒です。そのほか喫煙、脂っこい食事、急性膵炎を繰り返すこともリスクになります。そのほか遺伝的に膵炎になりやすい人がいることもわかっています」と正宗さん。
1日に純アルコール60g(缶ビールのロング缶2本くらい)以上を飲む人は、まったく飲まない人に比べて9.2倍も慢性膵炎になりやすいとされている。純アルコール40gくらいでリスクは2〜3倍程度。これでも問題だが、60gを超えると大幅にリスクが上がってしまう。
慢性膵炎は3つの進行期がある
慢性膵炎は、急性膵炎と違って基本的には完治することはない。しかし、適切な治療によって病気の進行を抑え、できるだけ長く膵臓の機能を維持し続けることはできる。
その病期は膵臓の機能が残っているかによって、「代償期」と「非代償期」、その間の「移行期」にわけられる。
代償期は、まだ膵臓の機能が残っている時期であり、痛みが症状の中心となる。膵臓は胃の後ろ側にあるため、上腹部や背中に痛みを感じたり、ときに急性膵炎の発作を起こす。
「お酒を飲んだ後や、脂っこいものを食べた後などに腹痛や背部痛が起こることが多い。キリキリとした痛みだけでなく、じわっとした痛み、重苦しさを感じる場合もあります」(正宗さん)
移行期には痛みの頻度や程度が軽くなり、よくなったように感じるが、膵臓の機能は低下していて、むしろ病気は進んでいる。発症から5〜10年が過ぎて非代償期になると、膵臓が機能しなくなっているために、さまざまな問題が生じてくる。
「膵臓の外分泌機能、すなわち消化酵素を含んだ膵液の産生や分泌が低下すると、炭水化物(糖質)、タンパク質、脂質といった3大栄養素の消化吸収に支障が出てきます。これを『膵外分泌機能不全』と呼びます」
と正宗さん。こうして消化不十分な食べ物が大腸に送り込まれると、お腹の調子も悪くなる。
「腸内細菌の多様性が失われたり、悪臭物質が増えることもわかっています。腹部にガスが溜まるとお腹が張り、おならが出やすくなり、おならや便のにおいが強くなります。食事をするとすぐにトイレに行きたくなるなどの症状も出やすいです」(正宗さん)
脂っこい食事の後には「脂肪便」といって、光沢のある油まじりの便が出ることも。これによって脂溶性ビタミンの不足、低栄養の問題が起こってくるという。
脂溶性ビタミンの不足では、例えばビタミンAの不足では、夜盲症になったり、皮膚や粘膜の乾燥が起こったりする。ビタミンDが不足すると、カルシウムの吸収率が低下し、骨粗鬆症のリスクが高まる。ビタミンEが不足すると、神経や筋肉に障害が起こることもある。
低栄養でやせてしまえば、さまざまな病気にかかるリスクが上がる。
また、膵臓はインスリンなどのホルモンを分泌する臓器でもある。膵臓が機能しなくなるとインスリンの分泌も失われるため、糖尿病を発症することもある。
何より慢性膵炎は膵臓がんのリスクになる。日本での多施設による研究では、一般人口に比べて慢性膵炎の患者は膵臓がんになるリスクが11.9倍と高かった。
早期診断・早期治療が重要
最近では「早期慢性膵炎」といって、腹痛や背部痛、腹部膨満感などの症状がある患者のなかに、早期の慢性膵炎が隠れているという考え方も出てきている。
進行した慢性膵炎になるのを防ぎ、膵臓の機能を維持するためには、早期診断・早期治療が重要になるためだ。
実際には、問診で自覚症状や飲酒歴、喫煙歴、膵炎の家族歴や急性膵炎の既往の有無などを聞き、血液検査や画像検査などを総合的に見て、慢性膵炎と診断する。
治療は病期によって大きく異なる。
「初期である代償期は痛みが強いため、急性膵炎と同じように炎症を抑えるためのタンパク分解酵素阻害薬や、鎮痛薬などによる薬物療法を行います。痛みがある時期は、膵臓を刺激しないよう脂肪を含む食事は控えます。断酒や禁煙は、症状の緩和、進行の抑制のために効果的で、このほかにもさまざまな生活指導を行います」(正宗さん)
飲酒や喫煙以外には、トウガラシなどの刺激物や、ストレスや過労も大敵だ。そのほか偏食せずバランスのよい食事を摂ること、規則正しい生活習慣が大切だという。
非代償期になると痛みは軽減するが、膵臓の機能が低下することで食べた物が十分に消化吸収されないため、脂溶性ビタミン不足、低栄養に陥りがちになる。
「ですから、代償期と違って脂肪を制限してはいけません。そのままではうまく消化吸収されませんから、膵消化酵素薬を内服しながら、脂肪を含めて十分な栄養を摂ることが大切です」(正宗さん)
膵臓の健康にも目を向けて
慢性膵炎についてより詳しく知りたい人は、慢性膵炎診療ガイドラインを読むといいかもしれない。
「もともとは医療者向けでしたが、現在では一般の方にも読んでいただくことを念頭に、平易な言葉で書かれています。さらに日本消化器病学会からは『患者さんとご家族のための慢性膵炎ガイド2023』も作成され、インターネット上で公開されています」
この連載の一覧はこちら
と正宗さん。診断を受けた後に読んでおけば、治療を理解するための助けになるだろう。
慢性膵炎の患者数は増加傾向にある。1994年は3万2000人だったのが、2016年には5万6500人と増えていて、40〜50代で発症することが多い。
「肝臓の病気は肝機能の数値でわかるので気にかける人が多いのですが、膵臓に目を向ける人は少ないのです。この記事をきっかけに、ぜひ膵臓の健康にも目を向けてもらえたらと思います」(正宗さん)
(取材・文/大西まお)
東北大学大学院医学系研究科教授
正宗 淳
1990年東北大学医学部卒業、1996年東北大学大学院修了。2018年より東北大学大学院医学系研究科消化器病態学分野教授。日本内科学会評議員・指導医・総合内科専門医、日本消化器病学会副理事長・専門医・指導医、日本膵臓学会理事・指導医。日本消化器内視鏡学会社団評議員・指導医・専門医。
(東洋経済オンライン医療取材チーム : 記者・ライター)