レーザーテックは最先端の半導体製造に使われる「フォトマスク」や「マスクブランクス」の検査装置を手がける企業だ(写真:ブルームバーグ)

12月18日以降、怒涛の8連騰で上場来高値を更新した半導体関連銘柄のレーザーテック株。その裏では投資家たちによる悲喜こもごもの人間模様が繰り広げられていた。

「レーザーテックの株価が3万6000円の大台を突破して『カラ売りの含み損』が膨れ上がってしまいました。とても平常心でお受けすることができないため、今回の取材はお断りさせていただけないでしょうか」

記者が取材を申し込んでいた個人投資家から、こんなメールが届いたのは12月21日のことだった。株価が2022年1月につけた上場来高値を更新した日だ。

12月は上場来高値を連日更新

株の「カラ売り」とは、足元の株価が高すぎると判断し今後は下がると予想されるときに行う投資手法だ。

証券会社から株を借りて市場で売り、値下がり時に買い戻して借りた分の株を返却する。株価が下がるほど利益になる。一方、予想に反して株価が上昇すればするほど損失は膨らむ。

この投資家はこの日、カラ売りしていた株を買い戻す「損切り」に踏み切った。確定した損失は300万円以上。レーザーテック株はその後も上場来高値を連日更新し、足元では3万7000円台に乗せている。

東京証券取引所は12月29日に年内最後の取引日・大納会を迎える。年初に2万5834円で始まった日経平均株価は、3万3000円台を回復した。

そんな2023年にもっとも売買された銘柄は何だったのか。日本を代表する有名企業が上場する東証プライム市場で、時価総額国内1位のトヨタ自動車などに圧倒的大差をつけ、断トツの1位だったのがレーザーテックだ。

レーザーテックは、最先端の半導体製造に使われる「フォトマスク」や「マスクブランクス」の検査装置を手がける。一般的な認知度は決して高いとはいえない。

だが株式市場内での存在感は圧倒的。2023年11月までの累計売買代金はおよそ60兆円で、2位の三菱UFJフィナンシャル・グループのおよそ3倍という水準だ。


知名度で劣るにもかかわらず、同社株の売買代金はなぜ突出しているのか。背景の1つにあるのは、デイトレーダーなど頻繁に売買を繰り返す個人投資家たちが集う「主戦場」となっていることだ。

個人投資家の動向に詳しい松井証券の窪田朋一郎シニアマーケットアナリストは、「2016年頃からものすごい勢いで株価が上昇していく過程で、デイトレーダーなど個人投資家の間で認知度が高まってきた」と解説する。

魅力は「値動きの激しさ」

2016年初めに300円程度だった株価は、足元で3万7000円を突破している。100倍を超える上昇率はまさに投資家の夢だ。元手の約3倍までの売買が行える信用取引を活用する投資家も集まり、売買代金が急増していった。

「株男.japan」のアカウント名でX(旧ツイッター)に収支報告を投稿している男性も、レーザーテック株の売買に日々いそしむ個人投資家の1人だ。FX(外国為替証拠金)取引を20年近く行ってきたが、900万円負けたことを機に退いた。

「FXは24時間取引できることもあって酒を飲みながらやり、熱くなって損切りができなかった」

そのように敗因を語る男性が昨年、目を向けたのが株取引だ。投資系ユーチューバーの勧めを参考に、レーザーテック株をメインに信用取引をフル活用して売買を繰り返している。

レーザーテック株の魅力は「これだけ値動きの激しい銘柄はなかなかないこと」にある。男性がFX取引で好んでいた英ポンド円は値動きの激しい通貨ペアとして知られる。レーザーテック株の値動きはそれに近い印象だと話す。

加えてレーザーテック株の投資に華やかさも感じているようだ。「みんなが注目している株をやっていたらカッコいい。いちばん人気の銘柄なら周りにも『自分、レーザーやってます』と言える」(男性)。

レーザーテックの株価は今年5月以降、同じ水準の高値と安値の間を行ったり来たりする「保ち合い相場」が続いていた。そのレンジを利用し、男性は月200万円ほどを稼いだ。仕事中も相場が気になって「5分に1回、姿を消していた」と笑う。


だが、レーザーテックの株価が10月以降に急騰。カラ売りを入れていた男性はそのポジションを解消し、11月だけで700万円の損切りを行った。株取引での累計利益は150万円ほどに減ってしまったという。

それでも男性はめげない。「レーザーテック株投資に必要なのは気合、根性。ビビると売買できない。稼げるスキルはあるので負けた分を取り戻す」と意気込む。

レーザーテック株に引き寄せられているのは、デイトレーダーなどの個人投資家だけではない。

12月28日時点でレーザーテックの時価総額は3.5兆円。パナソニックホールディングスやユニ・チャームなどを上回る。投資のプロである機関投資家からの評価も高くないとこれだけの額にはならない。

中長期の成長を前提にすると割安?

「中長期の成長を考えればまだまだ割安な銘柄だと言える」。そう話すのは、明治安田アセットマネジメントの永田芳樹ファンドマネジャーだ。

永田氏が運用する「明治安田セレクト日本株式ファンド」は、今年11月までの1年間でベンチマークであるTOPIX(東証株価指数)を10%ポイント上回るリターンを獲得。レーザーテックはその組み入れ銘柄の1つだ。

レーザーテックは、最先端半導体の製造に必要なEUV(極端紫外線)露光装置に使われるフォトマスク検査装置で市場を独占している。高性能な半導体が求められるほどにEUV露光装置、そしてレーザーテック製品の需要は高まる。


レーザーテックのEUVパターンマスク検査装置の新機種。企業業績も好調で2024年6月期も連続最高純益が見込まれる(写真:レーザーテック)

そうした強烈な追い風を受け、同社の2023年6月期の売上高は1528億円と5年で7倍以上に成長。営業利益率は脅威の40%超を誇る。ただ、「収益性はさらに改善する余地がある」と永田氏は考える。

12月28日時点でレーザーテック株の予想PER(株価収益率)は64倍、PBR(株価純資産倍率)は31倍。株価指標面では決して割安と言えない。だが中長期的な成長期待の高さから、グロース株投資だけでなく割安株投資のターゲットになっている側面もありそうだ。

2024年のレーザーテック株について前出の窪田シニアマーケットアナリストは、「半導体市況の回復が鮮明化する年前半までは上昇トレンドが続く可能性がある」とみる。レーザーテックの「スター銘柄」としての座は来年も続くかもしれない。

(石阪 友貴 : 東洋経済 記者)