(写真:kai/PIXTA)

植田日本銀行総裁の「チャレンジング発言」によって急速に円高が進み、日銀がマイナス金利解除を伴う出口戦略に踏み切るのではないか……。そんな期待があった12月18日、19日に行われた日銀の金融政策決定会合だが、またしても「金融緩和継続」の姿勢が貫かれた。すでに26カ月連続で物価は上昇し、直近の11月の指数こそ下落したものの、日銀が目標としている消費者物価指数「年2%超」を達成していながら、またしても金融緩和を続けることになった。

「物価の番人」という使命を担いながらの、金融緩和継続という判断はインフレに苦しむ国民への軽視ではないか……、総裁の記者会見ではそんな質問まで飛び出した。また、会合の直前に経団連会長までもが「(日銀は)できるだけ早く正常化すべき」とコメントするなど、金利の「正常化」はいまや秒読みの印象すらある。もともと安倍政権が始めた「異次元緩和」だが、10年間も“非常事態”の対応を続ける意味があったのか。いまや金利を上げられない状態に陥っているのではないか……、とさえ指摘されている。

日銀の金融政策転換=利上げの開始と同時に、債券や為替、株式といったマーケットが大きく揺れ動くのではないか。特に、市場金利が急騰しドル円相場で急速な円高が進むのではないか。株価も暴落して、日本経済や日本国民に多大な影響を与えるのではないか――そんな不安があるのも事実だ。

今回の決定会合では「マイナス金利解除」が行われるのではないか、という臆測が高まり、市場には緊張感が走った。−0.1%の長期金利を0%に戻すだけなのだが、実質的な「利上げ」となる。日銀の金融政策転換がもたらす影響とはどんなものなのか、12月の会合前後の状況などから判断してみたい。

マイナス金利解除と同時に起こるマーケットの異変?

約10年間続いた異次元緩和が解除されるとき、当然ながら金融マーケットは大きく動くことが予想されている。たとえば、日銀が大量保有している「日本国債」は、いまや576兆円に達し、2023年3月末時価ベースでの国債発行残高の53.34%にも達する。異次元緩和を始めた2013年3月末の11.55%から考えると、この10年で日銀はとんでもない歪みを作ってしまったことになる。

当然、緩和解除のツケは大きく、日本国債の価格は一気に大きく動くことが予想される。空売り戦略を得意とするヘッジファンドをはじめとして、債券価格の下落=金利上昇を見越して、大量の空売りを仕掛けて利益を追求しようとする投資家も少なくない。

また、銀行のように大量の債券を抱えている金融機関も、債券価格が暴落する前に売り逃げたい機関投資家も存在する。いわゆる「チキンレース」状態となり、日本国債の暴落を心配する人がいるわけだ。実際に、2023年1月に実施されたYCC(イールドカーブコントロール)の上限金利を、0.25%から0.5%に拡大した際に、ショート(空売り)していた英国のヘッジファンド「ブルーベイ・アセット・マネジメント」は大きな利益を得た、と報道されている。

債券トレーダーの多くは、今回の日銀の決定会合では、臨戦態勢で債券売却を準備していたはずだ。ただ、最近はYCCの上限金利を「1%超」に修正した10月31日の決定会合では金利が想定以上に急騰することはなかった。ひょっとしたら、マーケットは日銀が金利を上げても、瞬間的な変動はともかく日本国債が暴落するような事態は想定していないのかもしれない。日銀は大量の日本国債を保有しているものの、原則として満期まで保有するとアナウンスしていることが安心感につながっているようだ。

ヘッジファンドが狙う、急激な円高、円安?

債券価格に対して、大きく動きそうなのが為替市場だ。2023年は1ドル=150円超まで円安が進んだが、その背景には日米金利差がある。金利を引き上げ続けたアメリカとマイナス金利を堅持する日本との間の金利差が5%を超えており、このまま1ドル=160円から170円程度まで行くのではないかと予想されていた。

それが一転してアメリカの中央銀行である「FRB(連邦準備制度理事会)」が金融引き締め政策を転換することを示唆したため、日米の金利差が縮小に動くとみた投資家が、ドルを売って円を買う動きに出た。特に、日銀がマイナス金利を解除するのではないかと予想された、12月の決定会合直前の為替先物のポジションに注目が集まった。

たとえば、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)の上場商品である「IMM通貨先物」の建玉(ポジション)情報を見ると「投機筋(Non-Commercial)」の動きがわかる。ヘッジファンドなどの投機筋は、日銀の金利引き上げを予想して円買い(ドル売り)ポジションをどれだけ保有していたかがわかる。決定会合直前の12月12日の数字では、Long(買い)が2万8226枚、Short(売り)が10万9357枚で、やはり依然として円安に賭けている投資家が多いことがわかる。

ブルームバーグも、「ヘッジファンドが円下落に大きな賭け、急進前の12月5日終了週」という見出しで、CMEグループで取引された円の売買高は今年最多の748億ドルに上ったと報道している(12月9日配信)。日銀の動きは、投機筋にとってはやはり儲けのチャンスのひとつであるようだ。

FRBは、前回のFOMC(連邦公開市場委員会)で来年3回の利下げを示唆したが、今後日米金利差は縮小していくことが予想される。今回、植田総裁は出口戦略については明言を避けたものの、2024年1月もしくは4月にも、YCCを中止してマイナス金利の解除に踏み切るのではないか、と専門家の多くも予想している。FRBが利下げを始める前に、日銀が利上げに踏み出さないと、日米の金利差が急激に縮小していくことになる。

そんな状況で、異次元の金融緩和から脱却すれば、大きく円高に振れるかもしれない。急激な円高は日本を再びデフレに戻してしまう可能性が出てくるため、日銀も安易に利上げはできない。賃金の上昇次第では、デフレから緩やかなインフレへと転換できる最後のチャンスになるかもしれないからだ。

いずれにしても、日銀の金融政策変更は日本経済をインフレにも、デフレにもしてしまう可能性がある。10年前、20年前なら、日本国債の発行量も少なく、日銀が抱える国債の金額も少なかった。しかし、莫大な金額が積み上がった日銀の国債保有残高は、一歩間違えれば日銀が大きな含み損を抱え、バランスシートを悪化させて、日本銀行券=円が信用を失い、超円安となって輸入インフレになる可能性は依然として残っている。

預金金利が付き、住宅ローンは厳しくなる?

マーケットの激しい変動を除くと、次に来るのが実体経済への影響だ。実際に、日本経済はどんな影響受けるのか……。また我々の生活はどう変わるのか……。おそらく、次のような変化が考えられる。その変化にどう対応するかが「正常化(金利が付く時代)」への対応法と言っていいだろう。

1.預金金利が上がる

ある程度金利が上昇しないと望み薄だが、わずかでも金利が上昇すれば、若者に代わって大きな金融資産を抱える高齢者が消費の拡大に貢献してくれるかもしれない。もっとも、その一方で株価は下がる。ただ、日本では株式投資をする人が少ないため、圧倒的に多い「預貯金人口」にとってはより大きなメリットが降りかかる。いまや金利を上げたほうが、国民の消費意欲を刺激するかもしれない。

2.住宅ローン金利が上昇する

今回の金融政策転換がなかった原因を、住宅ローンの負担が増えることを懸念したためではないか、と分析する専門家もいたが、いまや7割が変動金利を利用しているのが現実。変動金利でローンを組む人たちにとっては、負担増になる可能性が高い。住宅ローンが高くなることで不動産市場の冷え込みを心配することも大きな懸念材料になる。

3.企業の設備投資にマイナスになる

企業は、設備投資等に必要となる資金を銀行から融資を受けて、設備投資に踏み切るわけだが、ローン金利が上昇するため、過去の設備投資で融資を受けたローン返済の負担が高くなる。金融引き締め政策への転換は、企業側の金利負担が高くなることは否定できない。経済全体の景気にも悪影響が出てくるはずだ。

4.株式市場全体は下落するものの、銀行など一部の業種にはプラス

金利の上昇=金融引き締めは、株式市場にとってマイナスに作用する。せっかく上昇トレンドに入った日本株に水を差すことになるかもしれない。その反面、銀行などの金融関連銘柄は上昇する可能性がある。

5.円高が進み、再びデフレに逆戻りする可能性が出てくる

あまりに急激な円高が進んでしまうと、再び輸入物価が下落し、消費者物価指数が再び2%を割り込み、デフレに逆戻りする可能性が出てくる。そうなれば、再び金融緩和に戻らなければならなくなり、ゼロ金利脱却不能になってしまう可能性がある。

6.日本銀行のバランスシートが悪化し、円安圧力が高まる

金融緩和時代に大量に購入した日本国債は金利の上昇とともに、日銀にとっては逆ザヤとなる。日銀はバランスシートを常に公開しているために、財務状況の悪化は即座に公開され、日本銀行券=円に対して海外から厳しい目で見られる可能性がある。場合によっては、国際通貨としての円の地位が下落し、円安がさらに進む可能性がある。

7.日本国債格下げの可能性が高まる

日本国債を発行する日本政府にとって金利負担が増え、現在でも年間25兆円超の国債費として、金利や償還費を使っている状況は、格付け会社の格下げ圧力にさらされる。格付け会社が日本国債の格付けを現在の「シングルA」から「トリプルB」に下げてくれば、日本に本社がある銀行や企業も、揃って格下げとなり、海外での資金調達コストが上昇することになる。日本政府のデフォルト(債務不履行)懸念も出てくるはずだ。

ゼロ金利から脱出できないシナリオも

これまでの経済危機は必ずと言っていいほど、為替や株式市場の暴落などが付きまとう。1929年のアメリカ大恐慌をはじめ、ポンド危機、アジア通貨危機、リーマンショックといった世界全体を揺るがす経済危機はしばしば起こる。最近はAIなどテクノロジーの進歩によって、以前よりも頻繁に起こるようになっている。

日本銀行の政策転換が、世界を揺るがす経済危機を巻き起こす可能性は依然として残っている。そのときに、我々日本国民はどうすれば最小限の被害で済むのか、やはり分散投資しかないのかもしれない。円や日本株の暴落をある程度は織り込んでおくべきだろう。

さらに、心配なのはこのまま日銀が金利の正常化をできずに、政府の言いなりになって日本国債を購入し続けることだ。金融緩和から脱却できないことが今後も続くようだと、さらなる犠牲を払わなくてはならない。そういう意味では、日銀のゼロ金利脱出が長引けば長引くほど、我々は破綻の準備をしなければならないかもしれない。 

(岩崎 博充 : 経済ジャーナリスト)