裏金問題で窮地に立たされている岸田文雄首相(写真:JMPA)

夏の酷暑にまだまだ終わりの見えない8月下旬。岸田内閣の支持率も、5月のG7広島サミット後を頂点にジリジリと下落が続いていた。6月の衆議院解散を見送った岸田文雄首相が、次のタイミングとして検討していたのが秋解散だが、「現状では難しいのではないか」。こう問いかける私に、ある自民党幹部が声を潜めてこう語った

「支持率が多少下がっても、解散は早くしたほうがいいんだ。時間が経つと特捜部の動きが本格化する」

そのとき私は、東京地検特捜部が政治の何をターゲットに動いているのかピンと来なかった。風力発電をめぐる秋本真利前議員の事件が広がりを見せるのか、それとも別の疑惑が新たに進行しているのか。その後取材を進めていくと、特捜部が自民党の派閥パーティーの問題を探っていることがわかってきた。ただどこまで大きな問題になるのか、私はまだそこまでの危機感を持てずにいた。

危機感がなかった岸田首相

そして危機感を持たなかった人がもう1人。岸田首相だ。

自民党幹部は「官邸に問い合わせてもまったく検察の動きを把握していない」と嘆いていた。話をしても、単なる過少記載で、会計責任者のミスで済まされるのではという楽観論が支配し、危機感を共有できなかったという。不祥事が続発した政務三役の人事でもわかるように、岸田官邸の情報収集能力は極めて低い。

9月に入ると岸田首相は、解散への環境作りのためのカードを次々と切っていく。女性閣僚を5人も登用した内閣改造、旧統一教会への解散命令請求、そして巨額の経済対策。しかしどれも国民の関心を呼ばず支持率は低迷が続いた。

そして10月22日の衆参補欠選挙の情勢がいよいよ厳しくなってくると、岸田首相は最後の切り札を出した。所得税と住民税の減税だ。

しかし補選2日前に打ち出した減税案は、完全に裏目に出た。国民に「選挙目当ての愚策」と捉えられたのだ。補選はなんとか1勝1敗でとどまったが、内閣支持率は底が抜けたように下がり始め、各社で岸田内閣発足以来最低を記録した。そして11月9日の朝、朝日新聞、読売新聞、NHKの3社に大きな見出しが躍った。

「岸田首相 年内解散見送り」

この段階ですでに今年中の解散は、日程的にも支持率的にも極めて難しくなっていた。岸田首相は6月解散をギリギリまで迷って、「解散権をもてあそんだ」と批判を浴びた反省から、今回は早く店じまいをしたのか。

しかし、その日に開かれた自民党の幹部会で岸田首相は、苦々しい顔でつぶやいた。

「私は解散について、いままでと同じことしか言っていない」

自分ではない解散させたくない誰かが、この報道を主導し、解散権を奪いにきた。岸田首相の表情には怒りがにじんでいたという。

クリスマス総選挙も考えたが…

実際、岸田首相はまだ解散をあきらめなかった。ある自民党幹部もこう語っていた。

「今からでも解散したほうがいい。支持率が低くてもまだ自公で過半数割れすることはない。しかし、派閥パーティー券をめぐる捜査が本格化したら解散はできなくなる。あとから岸田首相の決断が、自民党を救ったことがわかる日が来る」

私もこのときにはパーティー券問題が単なる収入の過少記載ではなく、組織的な裏金作りの問題に発展するという情報を得ていた。とくに最大派閥の安倍派の問題が大きく、安倍派5人衆はみんな捜査対象だという。さすがの岸田首相にもようやく危機感が伝わったのか、ある日周辺にこう尋ねたという。

「これから解散して、クリスマスに総選挙というのは可能なのか」

これに対して側近の1人はこう言った。

「総理がご決断されればできます」

しかし別の側近が語気を強めた。

「総理、そんな無理をしたらますます国民の支持が離れます。結果に責任が持てません」

これによって乾坤一擲のクリスマス総選挙も見送られた。そして12月の声を聞いた途端、裏金問題が一気に大手メディアにも浮上。岸田首相が解散を打つチャンスは完全に失われた。

検察が官邸に送ったメッセージ

岸田官邸は特捜部の動きをつかめず、ただ立ちすくんでいるように見えた。だが、検察も官僚組織の一部。官僚のトップに立つ事務副長官などは一定程度動きを把握していてしかるべきなのだが、情報はほとんど首相に上がっていなかった。このまま臨時国会が終わって捜査が本格化すれば、捜査対象となった議員は、仕事どころではなくなる。

複数の関係者によると、見かねた検察はここにきてあるルートを通じて官邸にメッセージを送ったという。

「国会閉幕までに安倍派5人衆は要職から外したほうがいい。捜査に協力すれば年明けの通常国会の前に捜査は終わらせたい」

まだ誰がどのような罪状でどの程度の罪に問われるかもわからない段階で、安倍派議員を閣僚や党幹部から更迭するのか。反発は必至だったが、岸田首相にはこの時点で、検察のメッセージに乗るしか選択肢はなかっただろう。岸田首相は臨時国会閉会と同時に、安倍派の全閣僚、全副大臣、全党幹部の一掃に踏み切った。記者会見では苦み走った顔でこう語った。

「国政に遅滞が生じることはあってはならない」

特捜部の捜査はどこに着地するのか。地方から検事50人の応援を呼ぶという異例の捜査態勢や世論の反応からみて、起訴されるのが会計責任者のみで、国会議員が無傷というのは考えられない状況だ。

仮に議員を不起訴にしても、多額の裏金を受け取っていた場合は、検察審査会で差し戻される可能性が高い。現在、自民党内では最低でも議員4、5人が起訴され、公民権停止処分になるとの見方が大勢だ。

さらに秘書だけが立件された場合でも、裏金をもらっていた議員がのうのうと政治家を続けられるのかという声も上がってきている。そのため辞職に追い込まれる議員の数は、2桁に達するのではないかとの懸念もある。

この欠員を補う補欠選挙は4月28日に行われる可能性が高いが、当然極めて厳しい結果が予想される。この補選で岸田首相が政治的責任を問われ、退陣に追い込まれる可能性は十分ある。しかし、当の岸田首相は今も政権継続の意欲を失っていない。周辺にはこんな楽観論もある。

「捜査が終結し、春闘で給与が上がり、6月の減税が始まれば支持率は上向いてくるのではないか」

自民党を背骨として支えてきた「派閥」が、組織的に継続的に裏金を作っていた問題は、そんなに甘いものではないだろう。ここに世論との断絶を感じるのは私だけだろうか。

混沌とするポスト岸田レース

こうした状況の中、自民党議員の間では“ポスト岸田”の話題で持ち切りだ。国民の信頼を失った自民党にとって、次の総裁は「自民党が生まれ変わった」というメッセージが出せることが最重要となる。となると、これまで非主流派で居続けた石破茂元幹事長の名前が挙がるのは自然だ。

しかし、時に首相の進退にまで言及する石破氏の自由な発言が、党内から白い目で見られていることは否定できない。さらに石破氏は、アベノミクスを始めとするここまでの自民党政治の流れを否定してくるのではないかと危惧する自民党議員が少なくない。

そこで今の主流派が推せる候補として浮上しているのが上川陽子外相だ。上川氏に派手さはないが、女性初の首相となれば注目されるのは間違いないし、ダークホースゆえの新鮮さもある。

別の首相候補が急浮上する可能性も

ただ岸田派の上川氏が、岸田首相の後継になることが許されるのか。また上川氏を支えるチームが存在しないなど、まだまだハードルも高い。

岸田派幹部は「名前が早く浮上しすぎて、失速するんじゃないか」と見立てを語る。こうした混沌とした状況の中で、今は想像もしていない首相候補が急浮上してくる可能性もある。

派閥パーティー巨額裏金問題により、日本の政治は大きな混乱の渦に飲み込まれた。自民党が自浄能力を発揮できるのか、一方で野党が国民の不満の受け皿としてきちんと存在感を示せるのか。野党がここで自民党に代わる選択肢を示せなければ、国民への背信行為だと言わざるをえない。

国際的にも大変動の年となる2024年を前に、政治家はもちろん私たち国民も強い危機感を持って、国難に対応していく覚悟が必要となるだろう。

(青山 和弘 : 政治ジャーナリスト、星槎大学非常勤講師)