12月に公募増資を行ったトモニホールディングス(編集部撮影)

地方銀行としては5年ぶりとなる公募増資が、波紋を呼んでいる。

香川銀行と徳島大正銀行を傘下に持つ地銀グループ「トモニホールディングス(HD)」は12月5日、公募および第三者割当増資を行うと発表した。

払込期日については、公募増資は12月20日、第三者割当増資は12月29日とする。発行済み株式数の2割にあたる3220万株を発行し、約112億円を調達。得た資金は、中小企業向け貸し出しに充当する。

地銀セクターによる久方ぶりの公募増資について、その反応はさまざまだ。「国内金利の上昇を控え、成長戦略を描きやすくなった」(大手証券会社)と歓迎の声が挙がる一方、「株主を軽視している」(機関投資家)という不満もくすぶる。賛否が割れる背景には、何があるのか。

リスクアセットの膨張を懸念

「当社の自己資本比率は、地銀の中では後ろから数えたほうが早い(水準が低い)。今の水準でも問題はないが、もう少し資本を厚くしたいと思っていた」。トモニHDの幹部は、公募増資の意義をこう話す。

銀行の自己資本比率には、厳格な規制が敷かれている。海外に営業拠点を持たない銀行は4%が必須とされるが、資本が毀損された場合に備えて各行は8%以上を意識する。

2023年9月末時点におけるトモニHD傘下行の単体自己資本比率は香川銀が9.5%、徳島大正銀が8.1%。後者は2020年1月、6%前後だった大正銀を徳島銀が吸収合併したことで数値が押し下げられたものの、両行とも危険水域ではない。

それでもトモニHDが増資を急いだ背景にあるのは、「リスクアセット」の膨張だ。

銀行の自己資本比率の分母には、総資産ではなく貸出金や有価証券ごとのリスクを数値化したリスクアセットが用いられる。高格付けの大企業向け貸し出しなら残高の一部しかリスクアセットとして計上されない一方、信用力の低い中小企業向けは残高のほぼ全額がリスクアセットとみなされる。

総資産や自己資本の額が変わらずとも、貸し倒れリスクが高い先への貸し出しが増えるほどリスクアセットが膨らみ、自己資本比率は低下する。

中でも、トモニHDが得意とする中小企業や事業用不動産向け貸し出しはリスクが高く計測され、一般にはリスクウェイト100%、つまり貸出残高が全額リスクアセットとしてみなされる。

同社のディスクロージャー誌によれば、2023年3月末時点でリスクウェイト100%に分類される資産は、約1.9兆円にのぼる。

同社は近年貸し出しを積極化しており、リスクアセットは直近3年間で10%以上増えた。今後も中小企業の資金需要に応えていると、リスクアセットの膨張を通じて自己資本比率が低下しかねない。

そこで「(公募増資によって)財務基盤を一層強化し、貸出金増強に伴うリスクアセット拡大に備えることが必要と判断した」(トモニHDの開示資料)とする。

「増資はかねて検討していた」(前出の幹部)というが、8月中旬に300円台後半だった株価が、9月以降400円台後半に乗せたことが背中を押したようだ。

「この株価水準での増資はあり得ない」

「中小企業支援のための資金調達」とのもっともらしい理由を掲げるトモニHDだが、株主は今回の公募増資に疑問を抱いている。

「この株価水準での増資はあり得ない」。ある機関投資家は語気を強める。やり玉に挙げるのはトモニHDのPBR(株価純資産倍率)だ。公募増資発表日の12月5日時点でPBRは0.31倍。実際には発表直後に株価が急落し、発行価格はPBR0.23倍の水準で決まった。

低PBRでの増資には2つの問題点がある。1つは発行体が調達する資金の減少だ。トモニHDは公募増資などで約112億円を調達する見込みだが、仮に株価がより高値で推移し、発行・売り出し価格をPBR換算で1倍の水準に設定できていれば、同じ発行株数でも調達額は4倍に増えていた。

株主がより看過できないのは、BPS(1株当たり純資産)希薄化の問題だろう。

9月末時点におけるトモニHDのBPSは1535円。一方、今回の公募増資では、前述の通り3220万株を発行して約112億円を調達する。1株当たりの調達額は、わずか約347円だ。株数の増加に純資産の増加が追いつかず、BPSは強烈に希薄化する。

希薄化を覚悟で強行した公募増資には、同業も首をかしげる。「トモニHDの自己資本比率は、決して低すぎる水準ではない。貸し出しを伸ばしたいとはいえ、資本増強を急ぐ必要性があったのだろうか」(四国地方の地銀幹部)。

調達資金は地元に還元されるのか

増資で調達した資金が、地元に還元されるかも未知数だ。近年のトモニHDの貸出残高を見ると、中核市場に据える香川・徳島両県が微増にとどまるのに対して、成長領域に位置付ける大阪や東京の伸びが著しい。


折しも、傘下の香川銀は10月に、都内で4カ店目となる品川支店を開設した。「地元のために存在する地銀が、地元ではなく大都市向け取引強化のために増資を行うように見える。それには違和感がある」(中国地方の地銀幹部)。

トモニHDの増資を引き受けたある証券会社の幹部は、「教科書的に言えば、(PBRが1倍割れの現状では)増資よりも自己株取得をすべきなのは確かだ」と認める。

一方、同幹部は「地銀の株主は地元の住民や企業が多い。増資を通じて一層成長し、より地域に貢献するという観点で理解を得たい」とも付け加えた。新たに発行される株式の多くは、トモニHDのおひざ元である四国地方の支店に配分されるもようだ。

調達資金が大都市の企業向け貸し出しに充当されるのでは、という指摘に対して、トモニHD幹部は「(東京や大阪は)マーケットが大きいことは事実。貸出金も大都市を中心に伸びるだろう。ただ、地元を軽視するつもりはない」と反論する。

四国地方でもビジネスマッチングなどを展開し、大都市圏で稼いだ収益を地元に還元することを描く。

トモニHDの公募増資実施を受けて、「うちは考えていないが、増資を検討する銀行が出てきてもおかしくない」と、別の地銀幹部は指摘する。

引き受け側の証券会社は、「金利がある世界の到来で(金融緩和の解除を控え)銀行の収益が回復する、という成長シナリオを描きやすくなった」(大手証券幹部)と、増資対応に向けて早くも鼻息が荒い。

2017年から2018年に地銀の公募増資ラッシュ

地銀における公募増資ラッシュは、直近では2017年から2018年にかけて訪れた。トモニHDと同様に、いずれも中小企業向け貸し出しの拡大に伴うリスクアセットの増加が理由だった。そして、増資発表時のPBRも軒並み1倍を割っていた。


公募増資後、各行の株価はどう推移したか。低金利政策やコロナ禍といった外部環境はあるにせよ、いずれも増資発表前の水準を回復できていない。充実したのは銀行の自己資本だけだ。

この点、既存株主への影響を緩和するため、普通株ではなく優先株で資金調達を図った例もある。2022年末に優先株で60億円を調達した、島根銀行が好例だ。

6%台だった自己資本比率の増強が目的だったが、「議決権の希薄化を防ぐため」(島根銀行幹部)普通株ではなく優先株を選択。さらに優先株の半分は島根県内を中心とする中小企業に割り当てることで、地元から資金を調達し、地元に還元する道を選んだ。

優先株は2032年に普通株へと転換されるが、期限までに収益力を強化し、買い戻すことを目指す(2022年12月2日配信「島根銀行が2度目の増資、『SBI頼み』を避けた意図」)。

中小企業支援という大義名分があるにせよ、希薄化という犠牲を伴ってまで公募増資を断行する意義とは何か。資本コストやPBRに注目が集まる昨今、トモニHDはこれまで以上に株主の厳しい目にさらされることになる。

(一井 純 : 東洋経済 記者)