三菱ケミカルグループが発表した新社長人事は、現任とは一転した人選になった(記者撮影)

唐突感のある社長交代劇になった。

総合化学大手の三菱ケミカルグループ(以下、三菱ケミカルG)は2023年12月22日、ジョンマーク・ギルソン社長が退任し、副社長の筑本学氏が新社長に昇格する2024年4月1日付人事を発表した。

同社では、社長を含む執行役の任期は1年間。指名委員会が10月頃から成果や事業状況を議論して、翌年度(4月1日以降)の体制を決める。

指名委委員長で社外取締役の橋本孝之氏は、「この先数年間の業界の変化や当社の変革を考えたときに、新たなリーダーが必要であるという結論になった」と説明。ギルソン氏には12月18日に伝えたといい、「(ギルソン氏が)落胆の色を見せなかったと言えばウソになる」と様子も語った。

社長交代の発表会見にもかかわらず、ギルソン氏の姿はなかった。

大胆な改革を期待し社外から外国人を起用

ベルギー出身でフランスの化学メーカーCEO職にあったギルソン氏が、三菱ケミカルGの社長に就くことが発表されたのは2020年10月のこと。外国人経営者ならではの大胆な改革を期待しての起用だった。

2021年4月の就任後は、高付加価値事業に集中する筋肉質な企業への脱皮を目指してきた。2021年12月には、石油化学(以下、石化)事業などの切り離しの方針を発表。2023年度(2024年3月期)から3年間の中期経営計画内で改革を実行している最中でもあった。

だが、石化事業の分離は思うように進んでいなかったようだ。

そもそも石化事業は汎用品が多く低採算で、三菱ケミカルGが志向する高付加価値路線とはそぐわない。二酸化炭素の排出量も多く、脱炭素への対応の負担も大きい。

業界全体で見ても、石化事業の再編は共通課題だ。国内にあるエチレンプラント12基は、需要に対して多すぎることはコンセンサスになっている。どこかが縮小や撤退するか、統合するかして、国内の供給力のサイズダウンを進める必要がある。

そこで、石化事業からは手を引き、ヘルスケアや半導体関連、モビリティー関連など高付加価値事業に経営資源を集中する――。ギルソン社長のもと、三菱ケミカルGは思い切ったリストラ策を描いていた。

本来の予定では、2023年内に石化事業を他社との合弁会社にし、そこから3年以内に新規株式公開(IPO)することを目指してきた。しかし、年の瀬を迎えても何の発表もなかった。

事業環境の悪化が誤算?

石化事業の切り離しが思うように進んでいない裏には、方針を発表した当初よりも事業環境が悪化しているという事情がある。

2021年4〜9月期、三菱ケミカルGの石化事業は265億円の事業利益を稼いでいた。それが、2023年4〜9月期は25億円の事業赤字に沈んでいる。

低迷の理由には景気の悪化もあるが、ほかに根本的な問題もある。

近年、中国企業が相次いで石化製品の生産設備への投資を実施。過剰な供給力によって中国市場からあふれた製品が、日本企業の主力販売先であるアジア市場の需給バランスを大きく悪化させている。今後、多少景気が回復しても、こうした需給構造は変わらない。

そうした中、三菱ケミカルGが当初考えていたような取引条件による事業の切り離しは難しくなったようだ。ギルソン体制で石化事業を所管してきた筑本氏は、「われわれがフェアと思うことが相手にとってフェアではないこともある」とも述べ、交渉の難しさをにじませた。

キャリアのほとんどで石化事業に携わってきた筑本氏。石化事業の今後については、「(必ずしも)切り離すという発想ではない。強い会社として独立させることしか考えていない」とコメントし、構想の仕切り直しを示唆した。

決着の時期については「相手があることなのでいつまでにというのは難しい」と話す。2024年秋までには石化を含む今後の事業戦略を公表したいという。

人材流出に危機感も

筑本氏は「(ギルソン氏の就任以降)多くの優秀な人材が流出したことは間違いない」とも明かし、「もう一度、(社内外から)サポートしてもらえるような求心力が必要だ」と語った。

ギルソン社長が進めてきた事業構造改革に対する軋轢も少なからずあったようだ。


新社長に就く筑本氏は、石化事業での長い経験や知見を買われて起用される(記者撮影)

指名委が2020年10月にギルソン氏を次期社長に決めたとき、最終候補者は7人、うち4人が社外の外国人だった。当時も指名委の委員長だった橋本氏は、思い切った改革の必要性を念頭に「社内よりも社外、日本人よりもしがらみのない外国人と考えた」と選考のポイントを説明していた。

それが一転して社内の日本人に交代することについて、橋本氏は「3年前とはだいぶ状況が変わり、厳しい事業環境になった。知見があり、人脈がある人が動かしていくほうがいいだろうという判断になった」と述べた。

発表後に株価は急落

三菱ケミカルGの株価は、12月22日に社長人事を発表した午後1時半時点で937円だったが直後から急落。27日の終値は発表直前から7.7%安の864.5円まで下がっている。石化事業などの再編の先行きに不安が広がったことに加え、市場から不信感を買った可能性もありそうだ。

というのも、10月20日に開いた投資家向け説明会では石化事業などの切り離しの進捗について懸念する質問が出たが、「計画通りに進んでいる」「遠くない将来に実現させる」などと、順調であるかのようにアピールしていたからだ。

また、事業構造改革を進める中でも従業員エンゲージメントのスコアは上がっているとも説明していた。今回の社長交代会見で語られたトーンとはかなり乖離がある。

新社長に就く筑本氏には、石化事業再編の道筋をつけることと同時に、市場からの信頼を取り戻すことが求められる。

(奥田 貫 : 東洋経済 記者)