船旅の知られざる魅力をお伝えします(筆者撮影)

いま、旅行者のなかで船旅が静かなブームをよんでいる。

船旅といってもいわゆるクルーズ船ではなく、日本の沿岸を航行する長距離フェリーのことだ。揺れる・酔う・雑魚寝といったイメージは路線によってはすでに過去のものとなりつつある。

今回は2023年10月に筆者が利用した名門大洋フェリーの船旅を中心に、現代の船旅について改めて考えてみたい。

夜行フェリーでホテル代を浮かせて快適に移動

筆者が利用した「名門大洋フェリー」は、大阪南港と北九州市の新門司港を結んでいる夜行フェリー。1日につき2往復の便が運航している。名門とは、いわゆる名門校などでつかわれる名門ではなく、前身のフェリー会社が名古屋と門司を結んでいたことによるものだ。

船旅が注目を集めている理由の一つがその価格の安さである。定期航路の多くは長い間、大幅な割引に積極的ではなかったが、LCCの普及など環境の変化にともない、インパクトのある低価格のプランが多くなっている。

今回名門大洋フェリーで利用したのは「おてがるフェリー」というインターネット予約限定のプラン。2024年3月31日まで、年末(12月26日〜30日)の大阪南港発と年始(1月2〜6日)の新門司港発をのぞくすべての日が対象となっている。

金額は夕方出発で早朝着の1便なら最も安いツーリストクラスが片道5000円。ビジネスホテルなどがインバウンドの影響を受けて高騰するなか、移動しつつベッドで寝られ、大浴場にも無料で入れることを考えると驚異的な低価格といえる。

2便ではツーリストが5800円、コンフォートが6800円だった。筆者は通常料金の約33%引きとなる2便のコンフォートを予約し、大阪南港に向かった。

2便は大阪南港を19時50分に出発し、新門司港には8時30分に到着する。この日、大阪南港近くのツーリズムエキスポに参加し、夕食をとったらちょうどよい時刻となった。

車両といっしょの場合は60分前、徒歩の場合は30分前までが目安となっているが、筆者が乗り込んだ30分前でもまだ車両といっしょの乗客の受付をしており、現実にはそこまで厳しく締め切るわけではなさそうだ。なお、割引運賃の場合は徒歩客のみなどの諸条件があるので公式HPで確認してほしい。

気分はクルーズ船!?

この日乗船したのは「フェリーふくおか」。総重量は1万5025トンで旅客定員は675名。三菱重工業下関造船所で建造され、2022年3月に就航したばかりである。格安料金のフェリーとはいえ、エントランスでは船員にうやうやしく出迎えられ、クルーズ船に乗船する気分である。


大阪南港を19時50分に出港する船に乗船(筆者撮影)

まずは、船室をのぞく。この船は新型コロナウイルス後にできたということもあり、感染対策などからいわゆる「雑魚寝」のスペースはなく、いずれもベッドとなっている。

最安値の「ツーリスト」はカプセルホテルのような2段ベッドだが、筆者が予約した「コンフォート」は14人部屋。200cm×80cmの1段ベッドは頭上のスペースも広く、圧迫感は感じられない。寝具もあらかじめそなえつけられており、コンセントと照明が完備。厚手のカーテンを閉めればプライバシーは確保される。

エンタメなどの設備はないものの、睡眠する環境だけでいえば、国際線のビジネスクラスとほぼ同等。静寂であることを加味すると、寝心地としてはそれ以上かもしれない。なお、筆者のベッドは窓のすぐ隣なので、外の景色を確認できて何かと便利だった。

なお、「ツーリスト」には女性のみが入室できるレディースルームも完備されていた。

やがて、長い汽笛が響き、ゆっくりと船体が動き始めた。デッキに出てみると、ドライバーらしき1人客は少ないものの、若者、シニア、カップルとバラエティに富んでいる。ただし、外国人観光客は多くなかった。

ついでに船内を散策してみた。目についたのがコンパクトなゲームコーナーと売店だ。売店(〜22時30分、翌日6時40分〜)ではビール(260円〜)や菓子パン・カップ麺・菓子・おつまみのほか、大阪のおみやげなどが売られている。

売店で買ったビールで晩酌をしたいなら、落ち着いた雰囲気の展望ラウンジがおすすめだ。控えめなダウンライトを用いているため、デッキにでなくても、夜景を楽しむことができる。

明石海峡大橋通過時には……

ラウンジで神戸の夜景を眺めていたら、明石海峡大橋通過の船内放送があった。この日は満月に近かったということもあり、煌々と照らされた月明かりのなか、明石海峡大橋をくぐる姿をみようと、多くの乗客がデッキに出ている。

橋を通過する21時すぎには明石海峡大橋がレインボーカラーになるのも見どころの一つだ。なお、明石海峡大橋、瀬戸大橋、来島海峡大橋通過予定時刻は船内に張り出されており、メールでの告知サービスもあった。

明石海峡大橋を過ぎると陸地も遠ざかり、夜景が見えなくなるので展望風呂(〜24時/6時〜入港10分前まで)へ。

男風呂、女風呂ともに広めの浴室で、進行方向左側に位置している。夜の男風呂は入浴可能人数22名に対して5名と空いていたが、朝は21名とかなり混み合っていた。

しかし、国東半島を遠望しながら入る朝風呂は、船旅でしか味わうことのできない醍醐味だ。浴室入り口に、リアルタイムに入浴している人数が表示されるので、混雑をある程度避けることも可能である。


大満足のビュッフェ朝食(筆者撮影)

7時前、展望レストラン(〜21時30分/6時40分〜入港20分前まで)で朝食をとることにした。料金は800円(夕食は1800円)だが、ソフトドリンク、コーヒーも含むビュッフェで品数が非常に多い。進行方向右側なので、宇部の工業地帯などを眺めながら進む。目の前に海が見えるカウンター席もあり、一人旅にも向いている。

名門大洋フェリーの欠点はあるだろうか。強いていえば、wi-fiはあるものの、1回30分で3回まで。翌日も3回なので計3時間までとなる。とはいえ、陸地からそれほど遠くないところではwi-fiがなくてもネット接続が可能だった。

船旅というと揺れを心配する人もいるだろうが、1万5000トン超という大型船のうえ、穏やかな瀬戸内海を航行するということもあり、揺れらしい揺れはほとんど感じなかった。


航路と現在位置はスマホで常時確認できる(筆者撮影)

8時25分、予定よりも5分早着で新門司港に到着。ここから門司駅経由小倉駅まで無料送迎バスが2台出る。門司駅まで所要時間は20分ほど、9時過ぎに到着した。

のぞみなら新大阪駅から小倉駅までわずか2時間12分の距離に13時間以上かかった。しかし、宿泊費が浮いたうえ、睡眠スペースの快適さ、風呂やレストランから見える景色など、船旅の魅力が詰まっていた。

名門大洋フェリー以外でお得な船旅は?

名門大洋フェリーのような原則大幅割引はないものの、商船三井さんふらわあの大阪南港〜別府港には2023年に日本初のLNGを燃料として運航する長距離フェリー「さんふらわあ くれない」「さんふわらあ むらさき」(1万7114トン・定員716名)が投入され、快適な船旅が期待できる。

近畿地方在住者にはある程度なじみ深い、瀬戸内海航路だが、寝ている間に関西と九州北部を移動できるメリットはそれ以外の地方に住む人にも少なくない。たとえば東京から新幹線で京都に行き、夜行フェリーで九州に移動、九州からLCCで成田に戻るといった旅も格安で実現可能となるだろう。

首都圏発着のフェリーで割引運賃に積極的なのは伊豆諸島へ就航している東海汽船だ。

2024年1月15日〜3月31日帰着(東京金曜夜発は適用除外、そのほかにも除外日あり)まで、東京・竹芝客船ターミナルから大島〜神津島までなら往復で6000円という破格の乗船券「スーパー島トクきっぷ」を販売している。往復2等和室限定なので、優雅というわけにはいかないが、東京・竹芝客船ターミナル〜神津島の運賃は1月なら片道7740円なので割引率は実に61%におよぶ。

同社では、東京から大島・利島・新島・式根島・神津島のいずれかまで夜行日帰りで往復する「ミステリーきっぷ」(2023年12月限定)を4000円で発売し話題となったが、神津島が行き先となった場合、島での滞在時間がわずか30分しかないことを考慮すると、「スーパー島トクきっぷ」のほうがはるかに価値が高いといえそうだ。

伊豆諸島・小笠原諸島観光客入込実態調査によれば、伊豆諸島を訪れた観光客数は8月が突出して多く、10月から2月にかけては落ち込みが激しくなる傾向が読みとれる。

また、年次ごとの変化をみても2019年までは年間40万〜50万人が訪れていたのが2020年と2021年はコロナ禍の影響で20万人強まで落ち込んだ。2022年には40万人ほどまで回復したが、まだコロナ前の水準までは達していない。前述した割引乗船券はこうした需要回復策として企画されたものだろう。

旅客船は、国内旅客輸送量(人キロベース)の分担率で0.5%を占めるにすぎない。しかし、海に囲まれた日本は長距離フェリーで旅をする機会がもっとあってもよいのではないだろうか。今後も新造船や魅力的な運賃によって、船旅がより身近になることを期待したい。

(橋賀 秀紀 : トラベルジャーナリスト)