2023年11月、台湾国軍の演習場で説明を受ける蔡英文総統(写真・ロイター=共同)

台湾総統選挙を1カ月後に控えた台湾で、重大防衛犯罪事件が発生した。

日本の防衛大学校に相当する国防大学で、先端システムエンジニアリング研究センターのプロジェクトマネージャーである葛明徳教授が、あろうことか国防関連の会社を設立し敵国・中国とビジネスを展開。さらに大学内で株主総会を開催していたというのだ。

しかもその期間、10年。

国産潜水艦やステルス材料…

先端兵器システムの研究開発を担う立場から、アクセスできた兵器は膨大な数に及ぶ。例えば2023年9月末に進水式を行って大きな話題を呼んだ台湾初の国産潜水艦や、新型ステルス材料、極音速兵器の冷却システム、レールガンシステムなど、漏洩の規模が広範囲にわたっているようだ。

事件が明るみになり、立法院(国会に相当)の外交国防委員会で議員から説明を求められた邱国正国防部長(国防大臣に相当)は、「(法に則り)極刑にできるなら極刑に」と、怒りをあらわにする場面がメディアによって報じられたのだった。

そもそも先端システムエンジニアリング研究センターとはどのようなところなのか。

同ホームページによると、業務としては台湾軍の軍事科学交流のプラットフォーム作り、台湾軍の防衛科学技術のニーズ調査、武器システムや核心技術の把握、武器システムのアップグレードなどがある。

そのうえで研究拠点の整備事業として、核心技術の把握とサポート、研究拠点が持つ技術の把握と整備、先端システムの推進を掲げている。

また、サポート事業として、先端システムエンジニアリングの展開、台湾防衛産業の技術整備、産業と核心技術開発のサポート、防衛関連企業とシステムエンジニアリング企業とのマッチングプラットフォーム作りなどがある。

さらに専門性を生かした世界の技術動向の把握や、この分野におけるプログラミング教育の実施と出版、そして統合型システムの開発と整備を進めるとしている。

蔡英文総統は2020年の2期目の就任演説で「軍と民間が一体となった国防戦略産業の発展」を掲げたが、同センターはそれを体現するような役割を担い、台湾軍の現在と未来における中心的な立場だったと言える。

また、軍の高等教育機関としての信頼も大きく損ねたとして、関係者の責任も問われ始めているそうだ。

当局はすでに専門チームを組んで捜査を開始しているが慎重に進められている。おそらく軍への影響や総統選への考慮もあってだろう。続報が少ない状況だ。

台湾ではこれまでも、退役軍人を中心に中国への機密漏洩が問題になってきた。しかし、それらはあくまでも隠密裏に行われており、今回のように公的機関が堂々と、しかも長期にわたって犯行を繰り返してきたことは珍しい。

実は先の事件が明るみになる少し前の2023年12月4日。台湾を代表する台北市立女子高級中学(高等学校に相当)の教師が立法院の記者会見で、現在の高校以下の指導要領に相当する「108課綱」を批判したのだ。

漢籍教育めぐり世代論争も

近年の脱中国教育によって大量の漢文が廃止され、生徒は中国への親近感や道徳観を失ったと語った。

また、中国明代末期から清代初期の儒学者である顧炎武の「廉恥」を具体例に、教育現場で「廉恥」を教えないことで「生徒は士大夫(高級官僚)の無恥は国の恥であることを考えなくなった」と、有名な一文を用いて現在の教育部(文部科学省に相当)や政権を糾弾した。

同校は現在、台湾内で北一女と呼ばれ総統府のすぐそばに位置する。文武両道の下、教員生徒ともにつねに台湾トップの位置付けにあり、北一女の教師が公に発した言葉は、瞬く間に世間の注目を集めたのだった。

総統選を控えたこの時期に放たれた政治色の濃い意見に、中国統一を志向する中国国民党(国民党)などの政治家がすぐに同調したのは言うまでもない。

しかしこの後、「廉恥」どころか国語の9割を、道徳性が高い内容の漢文を学んだ世代のはずの葛教授の大犯罪が明らかになったのだ。皮肉にも「廉恥」や漢文を学んだからといって、品行方正に育たないことが証明されてしまったのである。

2024年1月13日に台湾総統選挙が行われるが、国際政治における台湾の行方が気になるのはもちろんの事。果たして台湾軍が日本やアメリカ、西側諸国にとって信頼に足る軍隊なのか。捜査の進展に各国が注目しているだろう。

(高橋 正成 : ジャーナリスト)