2021年に開催された東京オリンピック・パラリンピック。世紀の大プロジェクトは疑惑という大きな”レガシー”を残した(撮影:今井康一)

「検察官の主張はまったくの的外れである」――。

いわゆる東京五輪談合事件。12月5日に東京地方裁判所で開かれた公判では、電通グループの弁護人が検察に痛烈な批判を浴びせた。電通は2023年7月の第1回公判で起訴内容の一部を認めたが、大部分についての認否を留保していた。この日は大部分を否認すると宣言した。

東京オリンピック・パラリンピックをめぐっては大きく2つの疑惑が取り沙汰されている。1つは電通の元専務でオリ・パラ組織委員会の理事を務めた高橋治之氏に関するものだ。高橋元理事はスポンサー契約に関連して受託収賄などの罪で起訴されたが、12月14日の初公判で無罪を主張した。

もう1つの疑惑は広告代理店6社、関係者7人による入札談合だ。公正取引委員会と東京地検特捜部が合同で審査・捜査し、2023年2月28日に公取が独占禁止法違反などの容疑で検察へ告発。告発を受けた検察が即日起訴した。だが、電通は冒頭のように検察との対決姿勢を鮮明にしたわけだ。

タテの談合か、ヨコの談合か

談合事件の概要はこうだ。東京オリ・パラでは「新国立競技場での陸上競技」など会場・競技ごとに広告代理店を割り当てた。組織委員会はそれぞれの業者に競技の運営計画の立案や会場の設営などのほか、国際オリンピック委員会(IOC)や国内外の競技団体との折衝も任せていた。

各会場・競技をどの業者が担当するかは2段階で決まった。この業者を選ぶプロセスで談合があったと疑われている。

東京オリ・パラでは2021年に実施された本大会の前に、適切に競技運営ができるかどうかを確かめるためのテスト大会を実施した。このとき、競技・会場ごとに”計画立案”をどの代理店が担当するかは一般競争入札で決めた。これが第1段階だ。

そして、テスト大会の”実施”と本大会の計画・実施をどの業者が担当するかは入札を行わない随意契約で決めた。これが第2段階。テスト大会の計画立案を受注した業者と、テスト大会の実施から本大会の計画・実施まで受注した業者はほぼ一致していた。

公取や特捜部はテスト大会の計画立案から実施、本大会の計画・実施までの2段階を一体とみて、業者同士が合意して行った入札談合の存在を主張している。

一連の事件で起訴されたのは、組織委員会の森泰夫・元次長、電通の逸見晃治・スポーツ局長補(当時)など各社幹部の6人、電通や博報堂など大手広告代理店6社だ。

組織委員会と電通や各社の間で応札についてのやりとりがあったという事実については弁護側もおおむね認めており、この部分には争いがない。問題は談合の構図や範囲だ。


一般的に入札談合と言われる行為には2つの類型がある。1つは民間企業など受注を目指す事業者同士が互いに応札価格や数量などを調整するヨコの談合。もう1つは官製談合と呼ばれるもので、発注側の行政担当者が深く関与するタテの談合だ。

検察が描いているのはヨコの談合の図式だ。冒頭陳述などによると、2017年12月ごろから組織委員会の森次長と電通の逸見氏が事件に関係した各社担当者との面談をスタートし、2018年2月から4月までの間にどの競技・会場にどの会社が応札するかという割り振りが完成したという。

談合の主役は電通か、組織委員会か

例えば、森・元次長は2018年3月にバスケットボール会場の受注希望を伝えたフジクリエイティブコーポレーションに対して「バスケは電通でしょう」などと告げ、入札への参加を断念するよう促したとされている。

また、電通は6社の中でも中心的な役割を担っており、オリ・パラでの利益確保と大会後のスポーツビジネス拡大を目指す利益目的が背景にあった、と検察は主張している。

一方の弁護側はこうした検察側の見立てに真っ向から対立する見解を示した。

電通はオリンピック関連業務全体で約467億円の赤字だったと説明。実態としては官製談合の構図だったのに、公取や特捜部が電通主導の談合に無理矢理仕立て上げたと主張したのだ。

例えば、組織委員会の幹部、吉村憲彦・大会準備運営第二局長(当時)が「バランスが大切」「電通がたくさんに見えないほうがいい」といった内容の指示を森・元次長に対して行っていたことが明らかになった。

電通側の弁護人は、「仮に本件が談合に当たるなら、吉村局長の指示がまさに談合の徹底指示だ」と糾弾する。

そもそも電通が組織委員会の運営に深く関わるようになった背景には、組織委員会の会長だった森喜朗・元首相の働きかけがあった。2017年3月のことだ。要請を受けた電通は同じ年の6月に対応策をとりまとめ、森喜朗氏に提案、採用された。

このとき電通がまとめた対応策の中に、競技団体との信頼関係がある民間業者の活用や業者選定を電通がサポートするという内容が含まれていた。

一連の対応策が後に「電通が入札談合を主導した」と指摘される原因になった。電通からの提案を受けて、組織委員会は2017年8月には吉村局長が「競技ごとに委託会社を決めるべき」と発言するなど随意契約を前提とした検討作業を進めていた。

だが、2018年1月に競争入札の実施が決まった。電通側は一般入札の実施が決まった後も、業者の選定に協力するよう求められたという。

組織委員会の組織としての責任は?

談合に深く関わっていた組織委員会の組織としての責任は追及されないのか。組織委員会には多くの公務員が出向していた。前述の吉村氏は都庁、中村CFOは財務省からの出向だった。公務員などが談合に関与した際に適用されるのがいわゆる官製談合防止法だ。

今回は官製談合防止法が適用されなかった。同法は、認定要件に「国又は地方公共団体が資本金の二分の一以上を出資している法人」などと定めている。

東京都は組織委員会の設立時から資金を「出えん」しているが、これは出資とは異なり寄付の性質が強いため、官製談合防止法が適用されなかったとみられている。

事件を所管している東京地方検察庁の次席検事は、組織委員会が起訴されなかったことについて、「法と証拠にかかわることだが、(元次長)個人のみ起訴ということは(組織委員会ではなく元次長のみの)個人の犯罪であると判断したということ」と、11月の定例会見で回答した。

独占禁止法に詳しい川合弘造弁護士は、「談合事件では事業者ではない発注者側の個人が共犯関係を認められて罰せられる場合がある。実際、過去に談合に関与した日本道路公団の元理事が共同正犯として有罪となっている」と指摘する。

ただ「独占禁止法の両罰規定は、当該個人が所属する発注者である法人には及ばない。いわゆる官製談合防止法にも両罰規定がなく、仮に適用されたとしても、(発注者の)法人が処罰されることはない」と話した。

弁護側によれば、公取・特捜部の強引な見立ては談合の規模を示す受注実績額にも現れているという。

下の表は談合に関与したとされる各社の受注実績額をまとめたものだ。最も多いセレスポで約120億円、電通で74億円などとなっている。総額で400億円を超える巨額の談合事件として、メディアでも盛んに取り上げられた。


ただ、受注実績額の内訳を詳しく見ると、印象が変わってくる。例えば電通が指摘されている74億円の受注額には、選手などの輸送や暑さ対策、コロナ対策などの費用が含まれていると、弁護側はいう。

談合の規模は2つの点で重要だ。まず、公取や特捜部として事件を刑事事件化するかどうかに関わる。立件するかどうかの具体的な基準は明らかにしていないが、今回の事件で仮に一般入札の部分だけを対象にした場合、全体額は5億円前後。決して大きいとは言えない規模だ。


判決が確定した後に公表される課徴金の額にも影響がある。裁判で独占禁止法違反が認められれば、公取から課徴金の納付を命じられることになる。裁判での認定額が大きいほど、課徴金の額も大きくなりやすい。

電通以外にも否認が相次ぐ

幹部が逮捕されたり、法人として起訴されたことで、関係した広告代理店らは国や東京都などから相次いで指名停止の処分を受けている。

東洋経済は起訴内容の大部分を否定していることや、今後の応札方針などについて電通に問い合わせた。

電通は「現在、公判中であるため、個別のご質問に対する回答は差し控えさせて頂きますが、当社は、今回の事態を重く受け止め、徹底した再発防止に取り組んでおります」と回答した。

一連の談合事件では、森・元次長が起訴内容を認め、12月12日に懲役2年、執行猶予4年の有罪判決を受けた。しかし、森・元次長以外の被告は認否を留保したり、一部否認したりしている。

10月16日に初公判があった東急エージェンシーは電通と同様テスト大会の計画立案については争わないとしたものの、随意契約部分については認否を留保した。同日初公判だったセイムトゥーは談合全体を否認。同17日に公判があったセレスポも談合全体の成否を争う方針だ。

博報堂は11月20日の公判で起訴内容を大筋で認めたものの「独占禁止法違反に当たるか慎重に判断してほしい」と裁判所に注文をつけた。フジクリエイティブコーポレーションはまだ裁判が始まっていないが、起訴内容を否認する方針だと報じられている。

否認する被告会社が相次いだことで、今後の裁判は長期化が予想される。談合の範囲や組織委員会の関与を裁判所がどう認定するか。世紀の大プロジェクト東京オリ・パラが残した遺恨は深い。

(梅垣 勇人 : 東洋経済 記者)