新型クラウンセダンのHEVとFCEVに試乗した。写真はグリルやホイールが黒色になるブラックパッケージを組み込まれたFCEV(筆者撮影)

昭和世代にも喜んでもらえる仕上がり……とまで開発エンジニアが言うのが、2023年11月2日に発表されたトヨタの新型「クラウンセダン」だ。乗ると、たしかに好きになれる(私は昭和世代です)。

2022年に発表されたクラウン4姉妹は、クロスオーバー的(そのものズバリのモデル名もあるけれど)な車型が中心。その中で、このクラウンセダン(正式車名にセダンはつかないが)は、もっともオーソドックスなスタイルだ。


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このクラウンセダンがほかのクラウン・シリーズと違うのは、このモデルだけ「GA-Lプラットフォーム」という、ラージサイズの後輪駆動車用プラットフォームを使うこと。

「クラウンクロスオーバー」「クラウンスポーツ」、それにこのあと登場する「クラウンエステート」という3モデルは、エンジンで前輪を駆動し、後輪駆動用にモーターを使う4WD方式である。

もう1つ、2.5リッターのシリーズパラレルハイブリッド方式のハイブリッド(HEV)とともに、水素を燃料にした電気自動車(FCEV)という2本立ての展開であることも、クラウンセダンの特徴だ。

乗った印象は「ふんわり」

クラウンセダンが使うプラットフォームは、レクサス「LS」や、2020年に登場した2代目「MIRAI」も採用するもの。特にFCEVのMIRAIとは、3000mmのホイールベースのシャシーからピラー部分にいたるまで、共用部分が多い。


MIRAIに似たプロポーションのサイドビュー。ルーフラインはやや下がっているが、後席への乗り降りは比較的楽(筆者撮影)

ところが、乗った印象はだいぶ違う。この乗り味をひとことで表すと、「ふんわり」だ。

「シャシーはほとんど同じですが、MIRAIは当初からドライバーズカーとして開発されたのに対し、クラウンは後席乗員のことも考えたサスペンション設定となっています」

そう語るのは、「ゼロ・クラウン」などと呼ばれる、2003年登場の12代目まで足まわりの開発に携わったトヨタ自動車のエンジニアだ。

2008年の13代目以降は、ドイツ車志向というのか、足まわりが硬めになって「RS」(レーシングスポーツのイメージ)などというモデルも登場(RSは今もクロスオーバーには設定)。以降、15代目までは、スポーティなイメージが強くなっていた。

それが、今回の16代目クラウンセダンは一転。「かつてのクラウンを知る昭和世代から、“これがクラウンだよね”と言ってくれる味つけをめざしました」と、先の技術者は言う。


車内騒音などを考慮してトランクは独立式。独立したトランクがあるのもクラウンらしさの1つ(筆者撮影)

2022年7月にまずクラウンクロスオーバーが発表され、2023年10月にクラウンスポーツが追加されている。また、このあとクラウンエステートが登場する。そこにあって、クラウンセダンは、思い切りよく振り切ったキャラクターが確立できている。

この身のこなしは“猫足”だ

先に触れたように、このセッティングが実に“いい感じ”だ。HEVもFCEVも、ともに路面の凹凸をうまく吸収。足はよく動き、乗員に路面からの衝撃を伝えない。市街地でも高速でも、静粛性の高さとあいまって、とても快適だ。

特に驚くのは、路面の段差を超えるとき。一切のショックを感じさせず、“ふわり”と乗りこえていく。スプリングやダンパーだけなく、ラバーブッシュの使い方もうまいのだろう。


実際に街中を走ってみて、路面からのショックを感じない乗り心地に感心した(筆者撮影)

私は“猫足”という、かつて自動車メディアで使われた表現を思い出した。「猫みたいな身のこなし」を意味し、一部のフランス車やイギリス車で使われた表現だ。クラウンセダンは、まさに猫足の持ち主。

かといって、カーブを曲がるとき“腰がくだける”ように、車体が外側に大きくロールしていく姿勢は抑えられている。ここは、昭和世代が知るクラウンと違う点だ。

高速でややきつめのカーブを曲がっていくときでも、きちんと姿勢の制御ができている。電子制御で減衰力を調整する「AVS(アダプティブ・バリアブル・サスペンションシステム)」の貢献もあるだろう。

HEVのパワートレインは「マルチステージハイブリッドシステム」と名付けられていて、特徴は4段オートマチック変速機が追加されたことにある。

従来の3.5リッターV6エンジンから、2.5リッター4気筒にダウンサイジングしたことにともない、変速機を使って有効なトルクを得るというのが目的だ。

高いギアでは、高速での好燃費を実現。車重は2295kgもあるけれど、燃費は18km/L(WLTCモード)だ。一方、低いギアによって加速性を向上させている。


シフトセレクターはHEV、FCEVとも電気式(筆者撮影)

FCEVのほうは、走りの味がすばらしい。水素を解析して取り出したエレクトロンを使って電気を充電する燃料電池の仕組みは、MIRAIと基本的に同じだが、「よりスムーズに」を心がけて改良したというエンジニアの言葉にも納得する出来だ。

HEVも、エンジンの存在感を抑えており、よくできているのだけれど、FCEVはさらに頭打ち感がなく、高い速度までぐんぐん加速していく印象だ。サスペンションもステアリングもうまく連動して、「いいクルマだなぁ」と、ひたすら感心してしまった。

昭和のクラウンと違うのは、当時は考えられもしなかったパワートレインをはじめとする内容に応じて、電子制御技術をうまく組み合わせているところ。平成をふっとばして令和で、進化形を見せてくれた。

操縦安定性は、それらのおかげで意外なほど高く、クルマを“コントロールしている感”がしっかり味わえる。3000mmもの長いホイールベースは、後席空間に余裕を生み出している一方で、ドライバー席にもまた、座るべき価値を与えている。


太めの径をもつハンドルは、ドライバーズカーとしてもよくできているFCEVに合う(筆者撮影)


後席は足元空間もしっかり確保されている(筆者撮影)

サスペンションとステアリング、そして加減速のスピード感がうまくチューニングされているおかげで、ドライブしていてまことに気持ちがいい。

クラウンクロスオーバーやクラウンスポーツは、後輪操舵機構などを備えるが、セダンにはそうした“飛び道具”はない。オーソドックスな後輪駆動という成り立ちだが、それを高い完成度まで持っていっているのに感心させられる。

賛否あるデザインの意図

スタイリングはユニークだ。「ハンマーヘッド」とトヨタのデザイナーが呼ぶ、シグネチャーランプを収めた上下幅の狭いストリップ部分と、フロントグリルとエアダムとバンバーとを一体化した厚い部分(アンダープライオリティとトヨタでは呼称)との組み合わせ。クラウン4姉妹に共通するデザインテーマだ。

ボディは、前後長の長いルーフを持ったキャビンを後ろのほうまで伸ばすとともに、短いトランク部分を組み合わせたファストバックスタイルを採用。メルセデス・ベンツやBMW、アウディといったヨーロッパのセダンが、オーソドックスな3ボックススタイルなのとは対照的だ。


21インチ径ホイールと組み合わされた大径タイヤの採用で堂々たる外観(筆者撮影)

ファストバックスタイルなのはクラウンクロスオーバーも同じだが、クロスオーバーが全高1540mmであるのに対してセダンは1475mmと低く、ホイールベースもセダンが150mm長いので、たしかにデザイナーの狙いどおり、すっと長くて、堂々たる印象が強い。


セダンもクロスオーバーと同様ファストバックスタイルが採用されている(筆者撮影)

ウインドシールド下端から側面のベルトライン(サイドウインドウ下端)を経由してリアウインドウにいたるまで、ぐるりと1つのラインで取り囲むようにデザインされているのも特徴的。同時に、リアのキャビンを後方で少し絞って、駆動輪を収めるリアフェンダーの張りだし感を強調している。

“今っぽいおもてなし感”で負けている

内装については、もう少し“今っぽいおもてなし感”があってもよかったのでは、と思う。

素材や部品の組み付けなどの質感は高く、走行中の静粛性も高い。ただし、「これがトヨタの考える新しい高級セダンなのか」と思わせてくれるものが、いまひとつ足りない。

ヘッドアップディスプレイの表示内容をとっても、たとえばヒョンデは死角にいるクルマの存在まで表示するなど、便利かつ新しいのに対して、クラウンは速度やナビの矢印程度であっさりしている。


会話型音声コマンドの聞き取り性能が高いなど機能性は十分だが、表示のデザインなどに物足りなさがある(筆者撮影)

ボルボやレンジローバー(どっちもSUVだけど)のようなミニマリズムか、メルセデス・ベンツやBMWのようなコテコテか。いくつも先例がある中で、トヨタ的な斬新なもてなし感をデザインでも打ち出してほしかったというのが、筆者の思いである。

個人的に好きなのは、HEVよりもFCEVのほうだ。でも、後席を使う機会が多いなら、水素タンクによって床が高めのFCEVよりも、HEVのほうが使いやすいかもしれない。価格は、HEVが730万円、FCEVは830万円。

この価格差ならば、FCEVを選んでみるのも(近隣の水素ステーション次第だが)おもしろいかもしれない。

(小川 フミオ : モータージャーナリスト)