一見地味だが超重要な日銀短観では、日本企業の明るい景気見通しが示された。2024年も、日経平均は堅調な推移が予想される(写真:ブルームバーグ)

日本の7〜9月期実質GDP(国内総生産)は前期比マイナス0.7%と冴えなかった。だが、日銀短観(12月調査)では企業の堅調な景況感が示された。市場参加者の注目度が最も高い大企業製造業の業況判断DIはプラス12と前回調査対比3パーセントポイント上昇し、3回調査連続の改善となった。

旺盛なDX投資がIT関連企業の業績拡大を牽引

世界的な半導体市況の悪化が重荷となったものの、サプライチェーン復旧に伴う自動車生産の回復が関連業種に波及した格好だ。

業種別にみると、自動車(9月調査:プラス15から12月調査:プラス28)が大幅な改善を記録した。その波及効果もあって鉄鋼、窯業・土石製品(自動車用のガラスなど)、汎用機械などが改善し、また喜ばしいことに電気機械(マイナス2からプラス4)がプラス圏に浮上した。これはIT関連財市況の最悪期脱出を印象づける。

当面、製造業は自動車生産の回復に牽引される構図が見込まれるが、問題は新車の潜在需要を消化し切るまでに半導体市況が持ち直すか否かである。その点において電気機械の業況回復は朗報であった。在庫調整が進展する下で新たなIT関連財需要が芽生えれば、回復のバトンは無事に引き継がれそうだ。

大企業非製造業はプラス30と前回調査対比3パーセントポイント改善し市場予想のプラス27を上回り、1991年以来の高水準に到達した。インバウンドの本格再開が効いたほか、企業の旺盛なDX投資など(含む生成AI関連投資)が背景にある。業種別にみると、宿泊・サービスが異例の強さを記録した他、対個人サービスや小売り、卸売といった消費関連の強さが続いた。

こうしたBtoC業種の強さは、GDP統計で示される実質消費支出がマイナス傾向にあるのと整合しないが、少なくとも企業景況感は改善傾向にある。

両者の方向感が乖離しているのは、値上げによる名目値のカサ上げ効果があるかもしれない。企業が景況感を判断する際、名目値の収益目標を重視するならば、実質値(≒数量)が伸びていなくとも、景況感が「良い」と回答する可能性が指摘できる。この間、不動産、建設の強さは続いた。企業のDX投資などに支えられ、情報サービス、通信も良好な水準を維持した。

ところでなぜ筆者が日銀短観をこれほど重視するかといえば、それは日銀短観における大企業全産業というくくりが、TOPIX(東証株価指数)構成銘柄と近い属性であるからだ。

その大企業全産業の業況判断DIはプラス21と前回調査対比4パーセントポイント上昇し、2018年12月調査以来の高水準に到達した。またTOPIXの予想EPSと密接に連動する売上高経常利益率の年度計画も9.14%へと上昇し、企業収益のさらなる改善を示唆した。

前回調査対比でアメリカ経済の減速が想定以下だったことや、自動車生産の回復を起点とする生産活動の持ち直しが持続したこと、そして円安による業績カサ上げ効果が効いたとみられる。こうした大企業の良好な景況感に鑑みると、少なくとも12月までの企業収益は順調であると考えられ、このまま大きな変化がなければ、来年5月の決算発表で好調な実績値が示されるだろう。

なお、日銀短観の調査方法は、前月からの変化を問うPMIなどと異なり比較時点を問わない形式である。企業は回答にあたって自社の収益計画を基準にしていると考えられ、それを満たしていれば「良い」「さほど良くない」「悪い」の三択から「良い」を選択するはずである。したがって業況判断DIの改善は業績上方修正の余地と考えることができる。短観とアナリスト予想の方向感が一致するのはそうした背景があるからであろう。

アメリカの金融緩和転換による追い風の内容とは

またアメリカの金融緩和も日本株の追い風になろう。12月FOMC(アメリカ連邦公開市場委員会)は予想通り政策金利の据え置きを決定し、FF金利(誘導目標幅上限)を5.50%で据え置いた。注目されていた物価見通しとドットチャート(アメリカ政策金利の分布図)およびジェローム・パウエルFRB(アメリカ連邦準備制度理事会)議長の記者会見は、市場参加者の予想対比でハト派であった。

FOMCの情報を消化した金融市場では、2024年の利下げが一気に現実味を帯びている。筆者は5月か6月、FOMCを念頭に年央の利下げ開始を予想、その後も断続的な利下げを実施し、2024年末までに4.5%かそれ以下への到達を見込んでいるが、3月に利下げ開始があってもまったく不思議ではない状況になりつつある。

インフレ率の見通しに目を向けると、2023年(前年第4四半期比)のPCE(個人消費支出)デフレーターはプラス2.8%とされ、9月時点のプラス3.3%から大幅に引き下げられた。

2024年についてもプラス2.4%、2025年はプラス2.1%と全体的に下方修正され、2026年にプラス2.0%に落ち着く姿となった。過去数カ月のインフレ率低下を映じて発射台(2023年値)が大きく低下したことで2024年以降のインフレ率低下に対する確度を高めた格好だ。

失業率の見通しは2024年に(これまでと同様に)4.1%へと上昇するも、2026年まで同水準で推移する見通しが維持された。ソフトランディングの定義を「景気後退を回避しつつ、インフレ沈静化に成功する」とするならば、Fed(アメリカ連邦準備制度)はそうした見通しに自信を深めていると解釈できる。

注目のドットチャート中央値は2024年を中心に下方にシフトした。2024年は4.75%(25ベーシスポイントの利下げを3回)、2025年は3.75%(4回)、2026年は3.00%(3回)となり中立金利(インフレ率を加速も減速もさせない政策金利水準)は2.5%で不変だった。

9月FOMC時点では2024年は2回の利下げ計画となり、それが10月末までの長期金利上昇(4%前半から5%近傍まで)を引き起こしたが、反対に今回は3回相当の利下げ計画が示され、最近の長期金利低下に拍車をかけた。なお、夏場に盛り上がった中立金利上昇の議論がドットチャート上に反映された形跡は現在のところない(小数点2桁ベースの平均値も不変だった)。

パウエル議長発言に滲み出る政策転換の強い意志

パウエル議長の記者会見もハト派に傾斜した。冒頭の原稿を読み上げる部分では、失業率の大幅上昇を招くことなくインフレ率が低下していることを「とても良いニュース」と歓迎した。そのうえで「政策金利はピークかその付近にある」「(利上げの可能性は排除しないが)FOMC参加者は追加の利上げが適当であるとはみていない」と言及した。またインフレの根幹にある労働市場の需給逼迫については「良いバランスに向かっている」と評価した。

その後の質疑応答では「利下げが視野に入り始め、金融市場でそれが論点になっていることは明確であり、我々もそれについてきょうの会合で議論した」「(インフレ率低下を)待ちすぎることで利下げが遅くなるリスクについて認識している」とした。

以前は「利下げは時期尚早(premature)」と一蹴してきたが、これまでの態度から明らかな変化がみられており、口頭ベースで政策転換(ピボット)があった。

パウエル議長以下、FRBの高官は金融政策の軸足を「インフレ退治」から「雇用の最大化」に移そうとしているようにみえる。この見方が正しければ、景気を守るための利下げが実施され、それが米国株はもちろん日本株にも追い風となるだろう。これらを踏まえると3万6000円という日経平均株価の予想は妥当性を有していると考えられる。

(藤代 宏一 : 第一生命経済研究所 主席エコノミスト)