コロナ禍から来る供給制約などを過小評価したFRBだが、今度は利下げを検討。一度しくじったパウエル議長には期するものがあるのかもしれない(写真:ブルームバーグ)

12月12〜13日に開催されたFOMC(アメリカ連邦公開市場委員会)では、政策金利は市場の予想どおり据え置かれた。前回までと今回の大きな違いをひとことで言えば、ジェローム・パウエルFRB(連邦準備制度理事会)議長がハト派方向へ姿勢を転じつつあることが明確になったことだ。

わずか1カ月余でFRB豹変、利下げ議論は今後本格展開へ

パウエル議長は11月初旬時点では 「十分に利上げをしたかどうかはわからない」などと発言。利下げついては「議論していない」としていた。だがわずか1カ月あまりしか経っていない12月の会合では「本日の会合では、引き締めをいつ巻き戻していくかを視野に入れて議論した」と述べた。

これに先立つ11月28日には、クリストファー・ウォラーFRB理事が、「数カ月先には利下げが可能になりうる」と言及していたが、これが伏線となり、実際に利下げが大きなテーマに変わりつつあるということである。

今回のFOMC開催後に発表された、政策金利水準の想定(ドットチャート)では、2024年末までに0.75%(0.25%の利下げ3回分に相当)の利下げを想定するメンバーが複数名増え、2024年末の政策金利想定が総じて下方修正された。2024年に3回の利下げを想定しているメンバーの中に、パウエル議長ら主要参加者も含まれていると見られる。

実は、FOMCが開催された2日後の15日、ジョン・ウィリアムズNY連銀総裁が、「利下げについて協議しているというほどでもない」と発言した。

これは一見、FOMC後のパウエル議長の発言とは異なるように見える。ただ、実際には、この発言は、利下げについて「踏み込んだ議論」にはまだ至っていないとの意味合いだろう。

そもそもFOMCでは利下げが議題に挙がったのがほぼ初めてなのだから、メンバーが政策金利見通しを述べるにとどまったというのが実情ではないか。実際に、パウエル議長も、利下げについては「議論は初期の段階にある」と述べた。パウエル議長とNY連銀総裁の意見が異なるというわけではなく、利下げに関する具体的な議論が、今後進んでいくのだろう。

なぜFRBは急に態度を変えたのか?

では、なぜFRB内部での金融政策についての認識が、1カ月余りで大きく変わったのか。アメリカ経済は緩やかな減速が続いているが、経済活動の変調を示す材料は少なかった。例えば労働市場においては、非農業部門の雇用者数は毎月約20万人ずつ増え続けており、2023年の年末商戦の試金石だった11月小売売上高は底堅い伸びを示した。依然として、経済変調への警戒は、ほとんど高まっていない。

結局のところ、「インフレ鎮静化が順調に進んでいる」との認識が強まったことが、FRBの政策転換の主たる理由とみられる。この間、特に消費者物価指数(CPI)の減速の理由について、筆者には、単月の一部品目の下振れが大きく影響していたように見えたのだが、実際、直近発表された11月分CPIをみると、特に財価格において価格抑制が広がっていることが示された。

なお、同国のCPIコア指数(食品とエネルギーを除いて算出)は直近11月分でも前年同月比+4%となっており、このベースでみると目標である2%にはかなり距離があるように見える。

一方で、FRBが目標の参照とするPCE(個人消費支出)コア指数(食品とエネルギーを除いて算出)の直近11月分の統計は、半年前比の年率換算で1.9%台まで低下している。

FRBには2021年半ばからの高インフレの初期兆候を軽視したことがインフレ高進を招いたとの反省がある。「最近見られ始めたインフレ減速の兆候に迅速に対応する必要がある」との認識が、FRBによる素早い政策姿勢転換を促した、と筆者は見ている。

早期の利下げ開始がインフレ減速に対応した政策金利の調整であれば、金融引き締めによる経済下振れリスクが低下する。であれば、株式市場などリスク資産にもプラスの影響を及ぼす。

一方、利下げへの政策転換が時期尚早なら、経済を過熱させインフレ期待を再び揺るがし、FRBが教訓とする1970年代のようなインフレ抑制失敗で高インフレが長引く。この場合、FRBの政策への信認が揺らぎ、経済が不安定化するので株式市場の下振れ要因になる。

FRBの「早期政策転換」で景気下振れリスクは低下した

上記2つのどちらのシナリオも想定されるが、今回の政策転換は、前者のシナリオになる可能性がより高いと考える。

2021年以降、コロナ禍からの正常化が進み経済が復調する中で、供給制約が重なったことでインフレが上振れた。その後、高インフレが和らぎ2023年には供給制約緩和も手伝い、インフレ減速が予想外に進んだ。そして、供給制約の緩和によるインフレ抑制は2024年も続く余地があるのではないか、と筆者は見ている。

コロナ禍による供給制約が重なったことで「異例の高インフレ」が起きた経緯を踏まえると、インフレが2%程度に近づく初期の兆候をうけたFRBの迅速な政策対応は、適切であるようにみえる。そして、これまでは2024年にアメリカ経済は景気後退に陥るリスクがあると指摘してきたが、実際に利下げがスムーズに始まれば、景気後退に至らずソフトランディングする可能性が高まった、と位置付けられる。

すでに、FOMC後に、債券市場では早期の大幅利下げへの観測が強まっており、2024年内に6回分の0.25%の利下げに相当する約1.5%程度の利下げが織り込まれている。

実際には、利下げ期待が強まることで、今後の経済成長を押し上げることが想定される。インフレの趨勢が2%台に十分低下すると判断される時期は2024年の半ばに訪れると見られ、2024年の年間利下げ幅は1%程度ではないか、と筆者は考えている。

目先の市場における、FRBによる利下げ期待はやや過大に見えるので、市場は春先まではFRBの政策対応への思惑で揺れ動く場面があるかもしれない。ただ、FRBによるインフレと経済の安定化が成功する可能性が高まる中で、2024年の米国株市場は、2023年に続いて上昇が期待できそうな確率が高まっている。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

(村上 尚己 : エコノミスト)