ブランディングデザイナーの西澤明洋さんに「自己ブランディング」方法を聞きました(撮影:梅谷秀司)

2023年、コロナ禍の区切りが見えてきた……と思った矢先、AIの台頭や国際情勢の不安定化など、ビジネスに影響を及ぼす変化が押し寄せた。混迷の時代を生きるビジネスパーソンとして意識せざるをえないのは、環境が変わっても生き抜ける「個としての力」をつけることだ。

経験を積んだビジネスパーソンならば、自分なりのビジネススキルを持っていることだろう。しかしそのスキルを組織の外でもアピールできる「ブランド」として確立し、価値を持続的に高めている人は、はたしてどれほどいるだろうか。

変化の激しい時代にこそ「ブランディング」が必要

協同商事コエドブルワリー「COEDO」やヤマサ醤油「鮮度生活」などを手掛けたブランディングデザイナーの西澤明洋さんは、変化の激しい時代にこそ「ブランディング」が必要だという。

「社会の変化は『環境要因』と捉えられます。環境要因に変化があると、それまでうまくいっていたものがうまくいかなくなる。しかしそんなときでも、本質的な強みが損なわれているわけではないのです。ブランディングデザインの力で、その強みを新たな場で活かせる可能性は十分にあります」(西澤明洋さん 以下すべて)


環境要因の変化が激しい時代は、既存の価値体系が崩れ、新たな市場が生まれる時代と見ることもできる。自らのビジネス力をブランディングすることで、この変化をチャンスに変える可能性があるとすれば、見逃すわけにはいかない。本記事ではブランディングデザインのエキスパート、西澤さんに、自分でできるセルフブランディングのノウハウをうかがった。


「COEDO」は、西澤さんが20年近くブランディングデザインを担当している(撮影:梅谷秀司)

実際に西澤さんは数々のブランディングデザインの仕事で、サービスや商品のリブランディングを成功させてきた。

「商品やサービスは本質的には何も変えていないのに、ブランディングデザインによって唯一無二のブランドとなったクライアントの例があります。それが協同商事コエドブルワリーさんの『COEDO』です。

実はCOEDOビールはブランドリニューアル以前も人気でした。それが地ビールブームです。ところがブームの終焉とともに、売り上げが下がってしまっていた。それをどのように立て直すかということを社長の朝霧重治さんが考え、私は2005年からブランディングデザイナーとしてそのリニューアルに伴走しています。

今ではCOEDOビールは世界的に人気のブランドに成長していますが、それは市場の変化にしっかり対応したブランディングの結果なのです」                

COEDOビールはどうやってピンチを切り抜けたのか

今まであった需要が急になくなり、ビジネスが立ち行かなくなることは、これからの時代、多くのビジネス領域で起こりうる。COEDOビールはいったいどうやってそのピンチを切り抜け、人気ブランドとなったのだろうか。

「大前提として、以前からCOEDOビールは一級品でした。職人仕込みのビールは、リニューアル前よりドイツ大使館のパーティードリンクに選ばれる程の品質。それが売れなくなってしまったのは環境要因以外には原因はないということで、社長の朝霧さんはリポジショニングを目指されていました。

当時の地ビールとは、その土地のビールだから価値があるということで、言ってしまえば『お土産』です。しかしCOEDOビールの本質は、世界に打って出られる品質のビールなのですから、単なるお土産以上の価値をアピールできるはずだと、朝霧さんは考えられたのです。

朝霧さんは同社が本質的に大切にしてきた人間起点のものづくりやサステイナビリティーへの再評価が世界で進みつつあることに気付きました。クラフトマンシップやSDGsの理念を背景にしたムーブメントの1つに『クラフトビール』があるわけです。そこでCOEDOは日本で初めてクラフトビール宣言をしたのです」


ロゴなどのビジュアル面だけでなく、パッケージやさまざまなコミュニケーションアイテムを担当している

新たな需要を開拓する際に、日本という小さな市場にとらわれず、世界的な視野でビジネスを展望することが必要だ。朝霧さんと西澤さんは、当時欧米で広がりつつあったクラフトビールのムーブメントを本質的に捉え戦略的に市場創造に挑んだわけだ。

「重要なのは市場の文脈に自分を合わせるのではなく、自分自身が持つ本質的な価値を見つけ、市場のなかで居場所を創ること。その探求が最優先なのです。

私の仕事は、その探求に伴走し、そこで見つけた価値を広めることです。そのためにビジネスの商流のなかで潜在的ニーズが見込めそうなポジションを見つけ、そこにフィットする建て付けや、コミュニケーションの方法を考えます。

こういったブランディングデザインのノウハウは、ビジネスパーソンのセルフブランディングにも活用できると思いますよ」

多くの人は、就職活動以降、自己分析をする機会を持たずに社会の文脈に自らを合わせたキャリアを歩んでいるのではないだろうか。自らの本質的な価値を発見し、それを市場で位置づけることは容易ではない。ただ、西澤さんによれば、ブランディングデザインを構築するための、フレームワークが存在するという。

「フォーカスRPCD®︎」を体験

西澤さんはブランディングのための独自のフレームワークを持っており、『ブランディングデザインの教科書』(パイインターナショナル)『新・パーソナルブランディング──独立・起業を成功させる18のステップ』(宣伝会議)などの著書にまとめている。今回は東洋経済オンラインの読者のために、セルフブランディング用にフレームワークのエッセンスを解説してもらった。

「実際のパーソナルブランディングのステップは18に細分化されるのですが、概念としてはリサーチ(R)、プラン(P)、コンセプト(C)、デザイン(D)の4つの枠組みとして図示できますそれを私は『フォーカスRPCD®︎』と呼んでいます」


「フォーカスRPCD®︎」の概念図(画像提供:エイトブランディングデザイン)

「フォーカスRPCD®︎」の4つの枠組みとは、それぞれどのようなものなのだろうか。

まずはフォーカス(F)することを決める

ブランディングのコツは、一点にフォーカスすること。あれもこれもと欲張ると、焦点がぼやけてしまう。自分の強みがあって、情熱を持てることをブランディングの中心に据えよう。このときフォーカスすると決めたことは、以降のRPCDのプロセスで常に意識し、ブレないようにする。


「自分が強みだと思うこと」と「他者から褒められたこと」の重なる部分がフォーカスポイントになりうる(画像提供:エイトブランディングデザイン)

「自分が強みだと思うこと、他者から褒められたこと、それぞれを書き出してみると、フォーカスポイントを決める際の参考になります。自己認識と評価が一致している部分はあなたの強みであり、さらに成長する可能性が高いこと。また自分では強みだと思わなかったけれど、褒められるところには他者との差異化ポイントが隠されているかもしれません」

ブランドリサーチ(R)をする

ブランドリサーチの基本は「いいところ探し」と「違うところ探し」。違うところ探しは、市場や競合を丁寧に見ていく必要がある。

「競合が多いところで一点突破できる逸材もいますが、確率はあまり高くない。そこで必要なのが競合との『違うところ探し』なのです。

『自分には突出した個性なんてない』と思う人もいるかもしれませんが、他者と違う点を作るのは、実はそれほど難しくありません。有効なのは、あるモノにまったく別のモノを掛け合わせる方法。これは『アイデアのつくり方』(‎ ジェームス・W・ヤング CCCメディアハウス )という古典的名著で提唱されている方法です」


いくつかの強みを掛け合わせることで、他者との差異化ができる(画像提供:エイトブランディングデザイン)

西澤さん自身も「デザイン×経営」を掛け算する個性がある。経営に踏み込んだコンサルティングができるデザイナーというポジションで、唯一無二の地位を築いているのだ。

そのほかにも例えば、スポーツトレーナー兼料理人や、心理学の学位を持っている営業パーソン、保育士の資格を持っている現代アーティストなど、意外だが相乗効果をあげそうな掛け合わせはたくさんありそうだ。

独自性が際立ち、他者が踏み込んでいない点を探す

プラン(P)を立てる

ブランドリサーチを基に「いいところ」と「違うところ」が重なる部分で、独自性が際立ち、まだ他者が踏み込んでいないポイントを探そう。そこにブランドのポジションを置くプランを立てると、ブランドの独創性が増す。


オフィスの棚にはブランディングデザインを手掛けている商品がずらり(撮影:梅谷秀司)

「これは過去の私自身の例ですが、私が大学で建築を学んでいたときは『建築家として事務所を構え、安藤忠雄さんのような建築家になりたい』という希望を抱いていました。

安藤忠雄さんは時代の寵児で、当時、建築学科の学生の多くは、彼のようになりたいと思っていたものです。私も同様に、ロールモデルとして憧れていたわけです。しかしだからこそ私は、進路選択のときには、安易にその道は目指さず、本当に自分のやりたいことは何かを、自問自答しつづけました。

すでに周囲に認知されている成功例は、そこに続こうと希望する人も多いので、レッドオーシャンに打って出ることになってしまいますよね。ブランドとして唯一無二の存在になるためには、同時代の成功モデルのバイアスを外して、独自のポジションを見つけることがカギです。

私自身は建築ではなく、大学時代にのめり込んだ『デザインマネジメント』の分野で独立を目指すことにしました。私が学生だった1990年代当時、デザインを経営に活用するという研究は始まったばかりでした。そして偶然にも母校の京都工芸繊維大学は、デザインマネジメントを学ぶための学科ができた、日本で最初の大学だったのです。

まだ認知も十分でない分野に進むことは、リスクもありましたが、それ故にこの分野のパイオニアとなれたのだと思っています」

コンセプト(C)を決める

自分がフォーカスしたいことを、コンセプトとして言語化する。このブランドコンセプトは、自分の強みと差異化要素を短く、端的に表すものにすること。


西澤さんがブランディングデザインを担当したCOEDOビールのコンセプト「Beer Beautiful」。短い言葉で強みと差異化ポイントを表す

「ブランドの価値は人から人へ伝わって世の中に浸透していきます。そのためにはあなたというブランドを他者と差異化し、伝播させる言葉が必要です。

プランを立てるときに探した独自のポジションを、人々の記憶に残り、口コミしやすいシンプルな言葉にしてください。具体的には1単語や1文程度の短い言葉です。

加えて情報が伝播していくあいだに意味を取り違える人が出てこないように、ブランドコンセプトの意味を正確に記したブランドステートメントを用意します。こちらは大体300〜500文字ぐらいの文章としてまとめます」

いよいよブランドのコンセプトを具現化する

デザイン(D)を整える

今までのプロセスで決めたプランやコンセプトを基に、ブランドのコンセプトを具現化する。

「企業のブランディングデザインであれば、このプロセスで『事業計画』と『ブランド名』をつくります。私は個人の方でも同じだと思います。

なぜなら中期や長期の事業計画を持つことで、現在何をすべきかを明確にできるからです。例えば、30代のビジネスパーソンが40代でも同じ会社や働き方で満足できる場合は、このプロセスは不要かもしれません。

しかし、将来管理職になりたい、特定の年収を得たい、あるいは働き方を変えたいという目標や希望を抱いているなら、あらかじめそのような将来像を描いておくことが重要です。

そして企業の場合はブランド名を考えます。これをセルフブランディングに応用した場合、私は『オリジナルの肩書』を考えることをおすすめします。私自身も、自分で自分に『ブランディングデザイナー』という肩書をつけ、日本で最初に名乗りをあげているんですよ。

肩書をつけることで、その肩書にそぐわない仕事は来なくなるでしょう。それは最初のうちは怖いかもしれませんが、自然と自分の強みにフォーカスすることになり、あなたの価値がブランドとして伝わりやすくなります」

事業計画を作ることで今後の仕事の展望を、新しい肩書をつけることで自らのポジションを、「見える化」する。デザインというと、ビジュアルのデザインを思い浮かべるが、ブランドという抽象的な概念もまた、デザインすることができるのだ。

「フォーカスRPCD®︎」は西澤さんが数々のブランディングデザインを行ってきたフレームワークであり、彼自身も同じフレームワークを使って自らをブランディングしてきた。

西澤さんがフレームワークで得た自身が経営する会社のコンセプトは「ブランディングデザインで日本を元気にする」だ。ブランディングデザインによって実現される「元気な日本の姿」とは、どのようなものなのだろうか。

ブランディングで、日本の未来は変わるのか

「現在の日本では『ブランディング』と『マーケティング』の区別が曖昧です。個人的に考えるに、これらは明確に異なるもの。その違いとは、マーケティングは『売る』ためのノウハウであり、一方のブランディングは『伝える』ためのものだということです。

『ブランディングは伝言ゲームである』というのが、私の定義です。ブランディングデザインで最も重要なのは、商品の真の価値が人から人へ伝わるような、伝達の現象なのです。

ゲームを動かすには『誰かに伝えたくなる価値』が不可欠になります。ですからブランディングを成功させるためには、人々が伝えたくなるような『真の価値』の発見に全力を注がねばなりません。

この国の価値ある物事が正しく伝わり、ニーズがあるところに届くようにすること。それが私の目指すところです」


ブランディングデザインについての漫画を公開するなど、その普及にも力を入れている

派手なプロモーションによって一瞬の注目を集めるよりも、人から人へ伝播する真の価値を探求し、伝える。それが当たり前になれば、ビジネスは利害よりも価値観の一致でつながる、より骨太な構造に変化するのかもしれない。


「ブランディングデザインで日本を元気にする」。その前提として、1人ひとりが自らの価値に気づき、元気になることも重要なはずだ。もしもあなたが、現在の立ち位置に不安や物足りなさを感じているなら、セルフブランディングの第一歩を踏み出すために、このフレームワークを試してみてほしい。

(蜂谷 智子 : ライター・編集者)