どんなにエリートと呼ばれようとも思春期真っ只中の少年たち。痛々しい男子校生の実態とは(画像:「かしこい男は恋しかしない」)

別冊マーガレットで連載中の「かしこい男は恋しかしない」の作者の凹沢みなみさんと、女子校(女子学院)出身のコラムニスト・辛酸なめ子さんと、男子校(麻布)出身の教育ジャーナリスト・おおたとしまささんが痛々しい男子校生の実態について、語り合いました。

前編:『男子校の「残念な実態」描く漫画が注目される背景

全国の高校の中で女子校は6%男子校は2%

おおた:女子校の先生から聞いた話です。共同プロジェクトのために、近隣の男子校の高校1年生たちが何人か、その女子校の図書室に来たそうです。図書室のきれいな絨毯を見た男子たちが、何を始めたと思いますか?

辛酸:寝転んだ?

おおた:でんぐり返しを始めて、驚いたって。高校生にもなってよその学校の図書室ででんぐり返しって、社会化という意味では未熟なわけですけど、それをダメだと思うなら共学を選んだほうがいいわけです。

でもそれくらいのびのびしているほうがいいじゃんと思うのなら、男子校という選択をおすすめできます。共学がスタンダードなのだとしたら、男女別学校はある意味、オルタナティブ教育です。でも、全国の高校の中で、女子校は6%程度、男子校は2%程度しか残っていません。

辛酸:秘密結社みたいですね。

おおた:だからこそ男子校は世の中のいろんな妄想を掻き立てて、年がら年中下ネタで盛り上がっているんじゃないかみたいな偏見ももたれやすい。

辛酸:ボーイズラブが繰り広げられているんじゃないかという妄想も。

おおた:あるいは、いまだに男尊女卑の思想をたたき込んでいるんじゃないか、みたいな。……んなことあるわけないでしょ、という。「かしこい男は恋しかしない(以下、かし恋)」では、ちょっとデフォルメされてはいますが、だからこそ真実の男子校生に近いメンタリティーが男子校という秘密の花園に足を踏み入れたことのないひとにも伝わるんじゃないかと思います。

辛酸:2%だと聞くと急にプレミア感が出ますし、クイズ番組が人気なのを見ても、やっぱり高学歴萌えみたいなひとは一定数いると思うんですよ。そういうひとに、この漫画はすごく刺さるんじゃないかと思います。

私も「高校生クイズ」とかすごく好きなんですよ。一時期、純粋なクイズ番組ではなくなってバラエティー番組化して、共学の学校が楽しそうにやっていたんですけど、最近ガチな路線に回帰して、再びクイズに青春をかけている男子校生たちが活躍するようになりました。

おおた:それで久しぶりに開成が優勝したんですよね。

辛酸:このまえ、息子さんがクイズ研究会だというお母さんから聞いたんですけど、髪を染めてテレビに出て活躍した男子がやっぱり結構モテたそうで。でも、運動会で負けて坊主頭にすることになって、髪型補正がなくなったって。

凹沢:あぁ! 絶対坊主になりたくないから頑張るみたいなストーリーもありですね。登場人物が坊主になっちゃったら少女漫画としてはもう終わりですけど。

辛酸:このまえ中国のドラマを見てたら、みんな弁髪で出てきて見分けがつかなくて厳しかったです……。

男子校に超進学校が多い理由とは?

凹沢:男子校出身者って、病院とかにあるすごくきれいなアクアリウムの中の熱帯魚みたいな存在なんだと思うんです。親がお金をかけて、手をかけて、大事にしている。

おおた:観賞魚!?

凹沢:一部の大企業とか、社会の上流階級にいるひとたちなんだろうなと。そういうところでしか出会えないっていうか。


本作の舞台・開帝高校は、周りから見ると「エリート」であり、「将来の日本を動かす側」の存在(画像:「かしこい男は恋しかしない」)

おおた:でもそれは、いろんな歴史的な理由から、いまは学力上位層が男子校を選択することが多くなっているだけで、たとえば日比谷高校や渋谷教育学園幕張みたいな共学の超進学校がもっと増えていったら、いわゆるエリート層はそういうところを選ぶようになるはずで、風景は変わると思います。そうなれば、男子校はもっとのんびりした空間になるはずです。

凹沢:そういうことですか。

おおた:いまはたしかにエリート教育において男子校優位なので、男子校出身者がいまの世の中をつくってきたみたいな錯覚を多くのひとがもっていますが、男子中高一貫校が東大合格者の上位を占めるようになったのは1970年代後半以降ですし、東大において私立高校からの入学者数が公立高校からの入学者数を上回っていったのは1990年代のことですから。

辛酸:じゃあ全然最近のことなんですね。

おおた:だから、いまの社会をつくったのは男子校出身者だというのは間違いです。

辛酸:自民党のひとの出身高校を調べたほうがいいかもしれないですね。開成は岸田さんのイメージがついちゃいましたよね。増税するの!?みたいな。

おおた:ついでに言っとくと、男子校のほうが東大をはじめとする難関大学に入りやすいというのも錯覚で、そもそも東大は女子が2割しかいません。女子に高学歴は必要ないというジェンダー・バイアスがその一因です。しかも女子校は男子校の3倍もある。だから優秀層がばらけてしまって、1校当たりの大学進学実績は少なく見える。

逆にいうと、男子は限られた数の学校に優秀な生徒が集中し、しかも男の子なら少しでも偏差値の高い大学を目指せというジェンダー・バイアスが働いて、進学実績が高く見える。結果としていくつかの超進学校ができあがるわけです。

大学名や会社名でモテたって何にもならない

凹沢:筑駒の水田委員(同校では水田稲作学習がカリキュラムに組み込まれている)のみなさんに取材したときに、彼らが印象的なことを言っていました。「神童みたいな子ばっかり集まっているんでしょ?」と聞いたら、「この学校に入ると、上には上がいることを実感できて、一度はみんな挫折するから、みんな優しい」って言ったんです。

辛酸:優しいんだ。

おおた:それを挫折と呼ぶかどうかは微妙ですが、小学校では秀才扱いされて、常に優等生という役割を担わされていた子どもたちが、筑駒では「凡人」でいられるわけですからね。それは心地いいと思う。

辛酸:いままでは小学校を背負っていたわけで。

おおた:そうそう。

辛酸:筑駒の取材記事に、授業中に生徒たちが勝手に立って歩き回って、すごいひとのまわりに集まるってありますけど、これはどういうことですか?

凹沢:先生がものすごく難しい問題を出して、ごく一部、それを解けるひとがいて、そのまわりにほかの生徒が集まるみたいなことが起こるらしいんです。

オレたちの高校のほうが東大合格者が多い!

辛酸:一般的な学校で問題行動的に生徒が歩き回っちゃうのとは意味合いが違うんですね。

凹沢:ただ、この漫画をやっていてつくづく思います。勉強ができるってすごいことなんですけど、それをこんなに真面目にアピールするひとたちって、冷静に考えたら滑稽でしかなくて。

おおた:その通り。そこをうまくいじっているのが、「かし恋」ですよね。

辛酸:ひとの視線を勝手に意識したりとか。

凹沢:だってもう、オレたちの高校のほうが東大合格者が多いとか言っちゃってるひとって超ダサいじゃないですか。でも、かわいいですよね。


共学カップルに対する、これ以上なく情けない負け惜しみ。だが、男子校生には、こうやって心を落ち着かせるしかない……ときもある?(画像:「かしこい男は恋しかしない」)

おおた:作中でも、東大に入ればモテるはずだ、みたいに主人公が思っているふしがありますけど、そもそも「東大生だから」という理由で好意を抱かれてもちっとも嬉しくないじゃないですか。

辛酸:それなら、ハーバード最強ですよね。モーリー・ロバートソンさんとかパックンさんとか。


おおた:そう。モテない男が札束ちらつかせて女性の気を引こうとするとか、いちばんみっともないでしょ。そういうのに頼っている限り、実はいつも不安なはずですよ。もっと強いのが出てきたら、鞍替えされちゃうわけだから。

凹沢:たしかに、それって女性でいったら、「若いから付き合いたい」って言われるようなものですよね。じゃあ、年取ったらダメなの?みたいな。それはイヤですね。

おおた:大学名や会社名でモテたって何にもならないということに、「かし恋」の主人公たちがいつ気づくのかを、末永く見守りたいと思います。

(凹沢 みなみ : 漫画家)
(辛酸 なめ子 : 漫画家、コラムニスト)
(おおたとしまさ : 育児・教育ジャーナリスト)