少女漫画で描かれた男子校生の実態を、作者と女子校、男子校出身の専門家が語り合いました(画像:「かしこい男は恋しかしない」)

別冊マーガレットで連載中の「かしこい男は恋しかしない」のコミックス第1巻発刊を記念して、作者の凹沢みなみさんと、女子校(女子学院)出身のコラムニスト・辛酸なめ子さんと、男子校(麻布)出身の教育ジャーナリスト・おおたとしまささんが痛々しい男子校生の実態について、語り合いました。

後編:『全国に2%程しかない「男子校」の知られざる現実

受験システムに過剰適応してしまったひとたち

おおた:「かしこい男は恋しかしない(以下、かし恋)」がコミックス化しました。男子進学校を舞台にした、イタい系ラブコメ漫画とでもいうべき作品です。

辛酸:自意識過剰な男子校生のキャラがすごくリアルに描けてらっしゃるのですごいなと思って。女子校で育った私の中高時代に欠けていたものが埋められるような、青春の疑似感がありました。おおたさんは男子校出身者として、共感するところはありますか?

おおた:なんでオレ、50歳にもなって男子高校生たちに共感してドキドキしながら読んでいるんだろ。やべぇぞオレ、みたいな。

凹沢:ありがとうございます(笑)。

おおた:男子校出身者であればどこかしらに自分と同じ痛々しさを発見しながら読めると思います。

共学校のカップルにあてられた主人公たちが、その場でスマホでその学校の進学実績を調べるシーンなんかもあって。受験システムに過剰適応してしまったひとたちの痛々しさを構造的にとらえていて、とても立体的で必然的なストーリーに仕上げてしまう構成力が見事だなと思いました。


共学カップルに心をざわつかされた主人公・正直(まさなお)が、相手の高校の進学実績を調べ、溜飲を下げようとするが・・・・・・!?(画像:「かしこい男は恋しかしない」)

凹沢:私自身、人間がすごく小さいので「あ、コイツには勝てる」みたいなことをいつも考えています。それが主人公たちのキャラにも投影されているんだと思います。

おおた:男子校生の痛々しい実態と凹沢さんのキャラが化学反応してこの世界観がつくられているのですね。

辛酸:最上位の国立大志望の主人公たちが私立文系志願者に敵意を燃やすところとか。

凹沢:ある男子校に取材に行ったときに、私立文系コースだとカノジョがいる率が高くて、国立理系コースはカノジョいないみたいな話を聞いたんです。でも、超進学校という設定にしちゃったから、私の学力と違いすぎて、ネタをつくるのがつらいという状況になっています。

辛酸:一生カレシができない確率を求める数式とか。

凹沢:あれは大学の教授が統計学の参考書で書かれていたもので、ご本人の了承を得て使わせてもらいました。

辛酸:主人公がいきなり漢詩を暗唱し始めたり。

凹沢:学歴ネタをよく書く作家さんの作品の中に中国の科挙をパロディーしたものがあって、とても面白かったので、真似してみました。

ほとんどのひとは男子校の実態を知らない

おおた:主人公に絡む女子にも中学受験の洗礼を受けてきたようなキャラがいて、彼らに共通するのが、なんでもかんでも頭で分析して予測して損得勘定するというクセですよね。

辛酸:恋愛も受験にたとえて考えちゃったり。

おおた:そうそう。そんなことやってると生きづらいぞ、みたいな。

凹沢:いま指摘されてその通りだと思いました!

おおた:たとえば「四葉女学院」に通う女の子のキャラは、そうとうこじれてますよね。

辛酸:好きなひとの前ですごい怖い顔をしちゃうクセがある子ですよね。でも、雨の放課後のファミレスのシーンはすごく青春で羨ましかったです。

おおた:あのシーンを読んでいて、「あのときもうちょっと押せば良かったのかな?」なんて、つい30年以上も昔の自分に重ねちゃってる自分がおかしかったです。

凹沢:でもやっぱり男子校って憧れちゃいます。みんなすごく楽しそうなんですよ。みんな自分の趣味みたいなものを極めてますよね。モンゴル語をやってますとかカエルの研究をしてますとか。

辛酸:武蔵でヤギの鳴き声を解析するひとも良かったですね。

おおた:異性のグループがいない環境だからこそ、異性からどう見られるかということを度外視で、自分の好きなことに打ち込める。

辛酸:それは女子校も同じかもしれないです。

凹沢:学校のヒエラルキーって、勉強とスポーツとモテで決まるじゃないですか。でも男子校だとモテの要素がない。そのおかげですごく自由になれるんだと思います。

辛酸:女子校だとオシャレという観点もありました。

おおた:それは女子学院に制服がないからじゃないですか?

凹沢:麻布も制服はないですけど、文化祭とか行くと、別にそんなオシャレじゃないですよね。灘の子たちも言ってたんですけど、私服校のはずなのに、それぞれ同じ服しか着てこないから、私服が制服化している。

辛酸:筑駒も制服ありませんけど、同じです。お母さんが買ったやつ、みたいな。でも鉄緑会(東大受験指導の専門塾)の日だけオシャレするって、「かし恋」の取材ページでも書かれてましたよね。

凹沢:それは実際に筑駒の生徒に教えてもらいました。みんなを観察したら気づいちゃったって。別冊マーガレットには毎号取材ページがついていますが、第1巻には武蔵、聖光、暁星、浅野、筑駒が収録されています。

辛酸:あの取材ページは男子校のいまがよくわかりますね。

おおた:男子校って、全国の高校の中で2%くらいしかないから、ほとんどのひとが実態を知らない。

凹沢:もともと、連載が始まる1年前に共学校の男子3人組を主人公にした読み切り漫画を描いたんです。でも少女漫画誌の「別冊マーガレット」で連載をするなら、男子校という設定にしたほうが秘密の花園を覗いている気分になれて面白いはずだと編集長からアドバイスを受けて、「かし恋」ができました。

おおた:秘密の花園を覗いてみたら、痛々しい世界だった、みたいな。

辛酸:主人公の3人とも、かっこつけてるのに、女の子とお付き合いすらしたことがないんですよね。

おおた:男子校出身者のあるあるだと、共学出身者の中高時代の恋バナを聞かされたときに、「オレ、男子校だったからそういうのなくてさ」と返すやつ。ていうかオマエ、共学校に行っててもきっとカノジョできてないから、みたいな。

辛酸:男子校だったのを言い訳にできますよね。

おおた:言い訳にしている自覚があるならましなんですけど、共学校に行ってたら自分もモテたはずだと勘違いしてるのはヤバイ。

部活の試合や行事で……

おおた:息子を男子校に通わせているお父さんから聞いた話ですけど、お母さんたちが部活の試合やら行事やらで「○○くん、イケメン!」ってはしゃいでいるらしいんですよ。

凹沢:それもネタになるかも。お母さんたちに「イケメン」と言われたい男子校生徒、みたいな。でも、男女逆だったらアウトですよね。女子校の運動会で、お父さんたちが「○○ちゃん、かわいい」とか手を振ってたら……。

辛酸:完全アウトで、出禁ですね。

おおた:部活の試合や運動会で、いくらかっこいい男子がいたとしても、そこに女子もいっしょにいたら、さすがにお母さんたちもはしゃげないじゃないですか。それができちゃうのも男子校の特殊性かもしれないですね。

凹沢:お母さんたちからしたら、体育祭なんてまさに秘密の花園に足を踏み入れてる感覚で、はしゃいじゃうのかもしれないですね。自分の息子が名門校に受かったおかげで、特権的に覗けてるわけで。

辛酸:実際、男子校にはイケメンって多いんですか?

おおた:男子校だから多いということはないと思います。ちょっと補足しておくと、男子校出身者って、大学に入って二極化するんですよ。いつまでも女性と話せない奥手か、ガンガン行きすぎてしまう遊び人になるか。いずれにしても異性との適切な距離感を学ぶまでちょっと時間がかかる。

凹沢:男子校の陰キャが有名大に入った瞬間に弾けるってありますよね。

辛酸:ロンダリングチャラ男。


本作のヒロイン・黒木ちほねの偏見。男子校の抑圧から解き放たれて、大学で弾けてしまう人も中にはいる…のかも?(画像:「かしこい男は恋しかしない」)

おおた:こういう話をしていると、「男子校出身でもみんな結婚できてるから大丈夫」という反論があるんですけど、それもちょっと危険な論理で。

凹沢:というと?

男子校のアキレス腱とは?

おおた:どんな奥手でも、好きなひとができればそのひとなりに頑張ってコミュニケーションとるし、不器用なりに愛情表現はできるんです。世の中広いから、誰かしらとは愛し合える。そういう意味では男子校出身でも大丈夫。

でも本当の問題は、恋愛対象以外の約40億人の女性と、性別を超えた爽やかな関係性がもてるかなんです。そこはジェンダー教育なり、女子校との共同プロジェクトみたいなことで経験値を積まないと、社会に出てから大きな問題の種になる。そこを男子校のアキレス腱と僕は呼んでいるんです。

辛酸:恋愛対象になるかならないかって点で相手を区別しちゃうこともありそうです。なんていうか、目の焦点が合わないんですよ……。

凹沢:主人公たちの問題点は、女子との付き合いって、恋愛しかないと思ってるところかもしれないですね。


辛酸:共学出身のひとは、男子に「○○くん!」みたいな感じで自然にフレンドリーに接していて、羨ましいなと思ったことがあります。

おおた:だから男子校と女子校は積極的にコラボして、探究の授業とかを共同で進めるみたいな機会を設けたほうがいい。

凹沢:実際にやっている学校がいくつかありますよね。

おおた:毎日ともに生活しているわけではないけれど、何かのプロジェクトを推進するためならいつでも性別を超えたコミュニケーションができる。そういうスキルを中高生のうちに身につけられるなら、アキレス腱はかなり補強できるはずです。

後編:『全国に2%程しかない「男子校」の知られざる現実』

(凹沢 みなみ : 漫画家)
(辛酸 なめ子 : 漫画家、コラムニスト)
(おおたとしまさ : 育児・教育ジャーナリスト)