トム・クルーズ(写真:AP/アフロ)とジュリア・ロバーツ(写真:REX/アフロ)

近年、日本市場で洋画が振るわない。昨年は『トップガン マーヴェリック』が日本でも爆発的にヒットしたが、今年は興行収入トップ10のうち、洋画はたった2本だけ。しかも、そのうち1本は『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』だ(※2023年12月13日時点)。

元ネタは日本生まれのゲームで、任天堂が共同製作をしており、日本語吹き替え版で観たのなら、この映画を洋画と認識していない人も多いだろう。つまり、純粋な洋画としてトップ10に入ったのは、『トップガン』で人気を高めたトム・クルーズが主演する『ミッション:インポッシブル/デッドレコニングPART ONE』だけだ。

世界でハリウッド映画のパワーが減衰

実は、ハリウッド映画のパワーが昔より衰えているのは、必ずしも日本に限った話ではない。筆者は25年以上、ロサンゼルスでハリウッドスターや監督の取材をしてきているが、同じようにこの街に住んで自分の国に記事を書いてきた長年の仲間たちの多くから、「最近は自分の国で作られた作品に押されがち」という話を聞く。

それらの国の具体的な状況はわからないが、日本はとくにその傾向が強いのではないか。なにしろ、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』が首位デビューしなかった唯一の国なのだ。北米では1億5600万ドルの大ヒットとなり、イギリス、フランス、イタリア、オーストラリア、ブラジル、メキシコなど多くの国で首位デビューした『クリード 過去の逆襲』も、監督兼主演のマイケル・B・ジョーダンが来日したにもかかわらず、日本ではまるでだめだった。

全世界興収で今年トップの『バービー』も同様。『バーベンハイマー』騒動の影響も考えられるが、もしあれがなかったとしても、他の国のような大ヒットになったかと問われれば、首をかしげざるをえない。

この手の話になると、その流れでよく聞かれるのが、「ハリウッドにはビッグなスターが出てこなくなった」という声だ。

今のハリウッドでみんなに愛される映画スターといえば、男優ならトム・クルーズ(61)、トム・ハンクス(67)、ハリソン・フォード(81)、ブラッド・ピット(60)、レオナルド・ディカプリオ(49)、ジョニー・デップ(60)、キアヌ・リーヴス(59)、デンゼル・ワシントン(68)あたり。

女優なら、ジュリア・ロバーツ(56)、サンドラ・ブロック(59)、ニコール・キッドマン(56)、メリル・ストリープ(74)ら。みんな40代後半以降だ。

もっとも、新たな若い才能が出てきていないわけではない。たとえば、先週末は日本で、今週末は北米で、主演作『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』を首位デビューさせたティモシー・シャラメ(27)は、業界で引っ張りだこだ。


若手トップスターの1人、ティモシー・シャラメ(写真:REX/アフロ)

それに、『スパイダーマン』新3部作や『アンチャーテッド』に主演したトム・ホランド(27)。彼の私生活の恋人ゼンデイヤ(27)や、『ラストナイト・イン・ソーホー』、『ザ・メニュー』、また字幕版の『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』でピーチ姫の声を務めたアニャ・テイラー=ジョイ(27)、『ブラック・ウィドウ』、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』のフローレンス・ピュー(27)もいる。彼らよりはやや歳が上だが、33歳のマーゴット・ロビーは主演女優としてもプロデューサーとしても業界で非常にパワフルな存在だ。

スターの位置づけが昔から変化

それでも、これらの名前のリストを見て、クルーズ、ハンクス、ロバーツら、先に挙げたリストより弱い感じがするのは否めない。それは、ハリウッド映画、ひいては世の中におけるスターの位置付けそのものが変化したからだ。

その昔、観客は、「この人が出ているから」という理由で、観に行く映画を選んだ。だから、アーノルド・シュワルツェネッガー、シルヴェスタ・スタローン、メル・ギブソン、ブルース・ウィリス、クルーズなどは、毎回、高額なギャラを要求したのだ。

1996年には、ジム・キャリーが『ケーブルガイ』で2000万ドルを獲得し、新記録を達成。当然、他の大物スターも同じ額を要求するようになり、「2000万ドルクラブ」と呼ばれるハリウッドスターのエリートグループが誕生した(ギャラの男女差の象徴とも言えるが、女優はロバーツやキャメロン・ディアスなどでも2000万ドルクラブには入ることができていない)。

しかし、スーパーヒーロー映画が市場を牽引する時代になると、誰が出ているかより、コンセプトが重要になってきた。マーベルの映画のキャストは、マーベルの映画に出たから有名になるのであり、その人が出たから映画がヒットするわけではない。

マーベル・スタジオの第1弾『アイアンマン』に主演したロバート・ダウニー・Jr.は、それまでにも長いキャリアを築いてはきていたが、ブロックバスター映画に出たことはなかった。

ほぼ無名の新人を抜擢することも

実際、『アイアンマン』1作目の出演料は、わずか50万ドルである。続編ができるたびにギャラはアップし、『アベンジャーズ/エンドゲーム』では2000万ドルを手にしたが、実績に従っての昇給だ。「2000万ドルクラブ」のように、「この人が出るなら有無を言わさずギャラはこの金額」というのとは違う。

クリス・ヘムズワースも『マイティ・ソー』の主役に抜擢された時は無名の新人だったし、『キャプテン・アメリカ』のクリス・エヴァンスにしても、2009年に公開され、史上最高のヒット作となった『アバター』のサム・ワーシントン、ゾーイ・サルダナ(もっとも、彼女の場合は全編パフォーマンス・キャプチャーでそもそも顔が出ないのだが)にしても、当時、それほど有名ではなかった。

過去10年、北米でその年の首位になった作品を見ると、マーベル作品、『スター・ウォーズ』、『ジュラシック・ワールド』シリーズなどは、どれもブランド、コンセプト推しだ(唯一の例外は、クルーズが主演した昨年の『トップガン マーヴェリック』)。

もっとも、その前の時代にもそれは言えることで、『E.T.』、『ハリー・ポッター』、『ジュラシック・パーク』、『ライオン・キング』など、その年の首位を飾った映画は、「誰が出ているから」で成功したものではなかった。

つまり、年間トップになるような映画は、そもそもそういう作品なのだろう。それでも、その頃、その年の首位にまではいかなかったものの成功した映画の多くは、大人から子供にまで幅広く愛されるスターが出ているものだったのだ。当時は、そういうスターがたくさんいたのである。

だが、スタジオが、大型予算をかけて大きく儲けるか、ホラー映画のように思いきり低予算で作り、そこそこ稼ぐかの両極端な戦略を好むようになる中、その中間である作品は作られなくなっていった。

かつてはメグ・ライアン、ロバーツ、ディアスなどが主演するロマンチックコメディが愛されたが、高いギャラが必要な有名スターを使って、ある程度しか儲からないとわかっているこのジャンルの映画を作ることを、スタジオはしなくなった。こうしたことも、長い時間をかけて若手スターがビッグスクリーンでじっくりと魅力を発揮し、観客と関係を作っていく機会が減ったことに関係していると思われる。

スタローンは、「世界で最も知られた顔」と呼ばれた。現在は半ば引退しているディアスも、老若男女問わずファンがいた。ロバーツの笑顔は「100万ドルのスマイル」と呼ばれ、世界を魅了した。対して、先に挙げた現代の若手スターであるシャラメやゼンデイヤは、年配の方は知らない人も多いのではないか。

スターは多様で身近な存在に

だが、それは、文化の他の部分についても言えることだ。選択肢が増え、好みが多様化し、作品の絶対数が増えた現代は、音楽にしても、昔のようにすべての世代に受けるヒット曲は出なくなっている。

一方で、若い世代は多様なものを受け入れるため、昔なら出てこられなかったような人たちが才能を発揮するようになった。注目が一部の人に集中するのではなく、広く浅い時代になったということだ。もっと身近な感じにもなったともいえる。

多様化へのプッシュもあるし、今後はますますそうなっていくだろう。それは、良いことである。とは言いつつも、筆者の年齢かそれ以上の映画ファンにとっては、王道のハリウッドスターが与えてくれた、普通の人には手の届かないところにいる存在が減っていくのは、なんとなく寂しくもあるのではないかとも思わざるをえない。

(猿渡 由紀 : L.A.在住映画ジャーナリスト)