「ミシュランガイド東京2024」では、3年ぶりに新たな三つ星が誕生した(筆者撮影)

12月5日、「ミシュランガイド東京2024」が発表された。

ミシュランガイドが欧米以外で初めての都市として日本に上陸したのは2007年のこと。刊行は2024年版で17回を数える。

掲載軒数は前年の422軒から2割近く増え、過去最多の504軒に上った。

掲載範囲は東京23区のうち19区(掲載が1軒もない区がある)。横浜や湘南が特別版として東京とともに評価を受けた年もあったが、現在は23区内に戻っている。

12月5日の発表会は会場に多くの関係者が集い、発表とともにシェフが壇上に上がるセレモニーが開催された。

3年ぶりの新三つ星の誕生

2024年は3年ぶりに新たな三つ星が誕生した。

2006年開業の寿司店「青空(はるたか)」だ。店主の高橋青空氏は、東京の「すきやばし次郎」で21歳から12年間修業して独立した。

「すきやばし次郎」は、ミシュランガイド東京の初年度からミシュラン三つ星を長年維持し続けてきた小野二郎氏の名店。「青空」もミシュラン初年度から一つ星で掲載、2019年には二つ星に昇格していた。

また、2024年に新たに星を獲得した18軒のうち、新規で二つ星を獲得したのがイノベーティブ料理の「マス」。「マス」は南米ペルー・リマにあって「世界のベストレストラン50」で2023年に世界1位となった「セントラル」の支店だ。


「マス」の料理。「海岸砂漠 85MASL ホタテ - カボチャ - ウニ」もそもそとした食感は、ペルーの砂漠の乾いたイメージを感じさせた(筆者撮影)

「マス」のシェフ、サンティアゴ・フェルナンデス氏は、「セントラル」のヴィルヒリオ・マルティネス氏の提唱するコンセプト「マーテル・エレベーション(母なる標高)」を日本食材で表現。季節が高度によって変わるというペルーのユニークな自然環境を、独自の料理で伝える手腕が評価された。

星の位置づけを改めて見てみる

ミシュランガイドにおける星の位置づけは次のとおりだ。

三つ星:そのために旅行する価値のある卓越した料理
二つ星:遠回りしてでも訪れる価値のある素晴らしい料理
一つ星:近くに訪れたら行く価値のある優れた料理
ビブグルマン:価格以上の満足感が得られる料理

一つ星は138軒(新規16件)。2023年の149軒から11軒(約8%)減っており、「価格以上の満足感が得られる料理」を顕彰するビブグルマンは127軒(新規9軒)で、昨年の222軒からほぼ半減している。


(画像:日本ミシュランタイヤ プレスリリース)

減った分の多くはどこに行ったかというと、これが今回新たに設けられた「セレクテッドレストラン」というカテゴリーだ。

ミシュランガイド公式サイトでは「おすすめレストラン」という呼称になっている。

これはフランスなどで「The Assiette(アシェット)」、いわゆる「ミシュランプレート」と呼ばれていたものとほぼ同じと思われる。日本においても、九州などかつて刊行された特別版には「ミシュランプレート」の設定があった。東京で設定されるのは今回が初めてになる。

意外なことに「セレクテッド」は、今年新設されたが、すべて新規掲載店というわけではなかった。

「セレクテッド」194軒のうち新規掲載は142軒。つまり、残り52軒は2023年のビブグルマンか一つ星から移行した店で(それぞれ36軒と16軒)、その数は2024年の「セレクテッド」全体の26%に及ぶ。

そもそも「セレクテッドレストラン」はどんな評価なのだろうか。

実は、公式サイトや書籍にその定義ははっきりとは説明されていない。かつて日本国内の特別版では、「ミシュランプレート」に対して「ミシュランの基準を満たした料理 適正な食材で作られている」と説明されていた。

星には届かない評価であるのは間違いないところだろうが、ではビブグルマンと「セレクテッドレストラン」のどちらの評価が高いのかについては示されていない。

ミシュランは2023年3月から「お薦め店をいち早く紹介するため」、公式サイトで「お薦め店」の先行公開を始めた。ミシュランが特定の店を「お薦め」する前例はこれまでなく、この先行公開が結果的にどのような評価になるのか、すなわち星がつくかどうかに注目が集まっていた。

結果として、70軒紹介されたなかで星を獲得したのは17%(12軒)、ビブグルマン3%(2軒)、残り80%(56軒)はすべてセレクテッドで、星はとても「狭き門」だった。ミシュランガイドへの掲載に喜びの声が上がる一方、一部では星獲得を半ば確信していた店を落胆させた。

ビブグルマンの軒数が半減した理由

なお、ビブグルマンは、星とは別にカジュアルなレストランに与えられる評価で、「価格以上の満足感が得られる料理」と記されている。

ビブグルマンは毎年30〜40軒程度店舗の入れ替えがあり、価格以上の満足感のほかに、話題性のある旬の店がいち早く取り上げられる傾向にあったが、軒数自体がこれほど変動したのはここ数年なかった。

ビブグルマンの評価を受ける対象はこれまで「6000円以下で楽しめる店」が条件となっていた(2023年版から価格表示がなくなった)。

ミシュランがビブグルマンの評価をする際に、最近までこの価格の線引きはかなり厳密に守られていたようで、あるビブグルマンの店では、ミシュランがこの価格設定をしているからという理由で、6000円以下のコースをあえてメニューに残していたほどだ。

そして、ビブグルマンの店が半減した理由のひとつとして、レストランの形態としてカジュアル店と高級店に二分化できない、中間価格帯の店が増えたことがあげられるかもしれない。価格1万〜1万5000円前後、カジュアルな設えで個性的な料理。今回設定された「セレクテッドレストラン」の中にも、そのような店が多く含まれている。

星とビブグルマンの中間のようなスタイルの多様化。星とビブグルマンはどちらが上下ではなく別のカテゴリーであるならば、「セレクテッドレストラン」は、それら両方の店を、またその両方に当てはまりにくい店を顕彰する受け皿として機能しているようにも感じられる。

今年、星付きとビブグルマンの両方から「セレクテッド」に移行していることからもそれは読み取れる。

「セレクテッドレストラン」がこれまでの「ミシュランプレート」と同じものだとすれば、ミシュランを刊行しているほぼすべての国で「セレクテッドレストラン」に対応する店の評価がすでにあったので、設定のなかった東京は実はレアケースだった。

2007年に初めてミシュランガイド東京が刊行されたとき、掲載店がすべて星付き(他国のような「アシェット」、星なしという評価の店がない)という結果が世界中に驚きをもって受け止められた。

それはすなわち東京に星のレベルの店がそれほどまでに多いという証左でもあったのだが、刊行から17年を数え、飲食店の多い東京でも調査がより広く深く行えて、他国のような「セレクテッドレストラン」(星なし)の評価ができるようになった、と読み解くこともできる。

ミシュラン、パリの評価と比較すると…

そのほかに、この「セレクテッドレストラン」を設定することでミシュランガイド東京がどこを目指そうとしているのかの仮説として、ここで一つのデータをご紹介したい。ミシュランガイド本家フランスの中でも、パリ(パリ郊外を含む)に限った現在の星の数だ。

現在は、世界中のミシュランガイドの最新の掲載店舗がミシュラン公式サイトやスマホアプリで検索できるようになっており、この軒数が即時に出せるのも公式サイトのおかげである。


この軒数を見ると、2024年の東京は、2023年に比べて規模も評価の軒数もパリのそれに近くなってきている。

ミシュラン東京は当初より「世界で最も多くの星が輝く都市」というキャッチフレーズが掲げられ続けていて、それは今年も変わらない。

刊行されて17年が経ち、星付きやビブグルマンの軒数を大幅に減らす一方でセレクテッドレストランを設定し全体の軒数を大幅に増やすことで、時代に合わせて東京の料理の評価の総体としての規模を変えていこうとしているように感じられる。「セレクテッド」は生まれるべくして生まれたのだ。

ミシュランガイドは世界同一の評価基準を用いているとされ、ミシュランの評価が相対評価でなく絶対評価であるならば、軒数イコールその国の美食のレベルとみなすことができる。

しかし都市の規模や飲食店全体の軒数、また書籍として刊行する場合は書籍として形をなすかどうかなどの事情が星にまったく影響を与えないかというと、必ずしもそうとも言い切れないのではないか。

とくに、先日発表された他国のミシュランガイドの今年の評価を見るとどうだろうか。タイや台湾で今年新二つ星や新三つ星に昇格した店に筆者も2022年、2023年に訪れていて、ふりかえって東京の一つ星がそれらに及ばないかというと、決してそうは感じられなかったことから、今年の東京の評価は大変厳しいという感覚を持った。

その厳しさはすなわち、東京の中間〜高級店の価格帯の飲食店の、極端なほどの多さとレベルの高さを表している。

「世界で最も多くの星が輝く都市」という東京へのミシュランガイドの評価は、おそらく今後も変わることはないだろうと思われるものの、評価の変化のスピードは時代に合わせてかなり速くなっているといえるのではないだろうか。

(星野 うずら : レストランジャーナリスト)