今回のエッセイでは、銀座や六本木にふらっと行ける都心住まいならではの、お金を使わず楽しむ方法を伝授いたします(筆者撮影)

ロスジェネ世代で職歴ほぼなし。29歳で交通事故にあい、晩婚した夫はスキルス性胃がん(ステージ4)で闘病中。でも、私の人生はこんなにも楽しい。なぜなら、小さく暮らすコツを知っているから。

先が見えない時代でも、毎日を機嫌よく、好きなものにだけ囲まれたコンパクトライフを送る筆者の徒然日記。

先日、港区に住むとある芸人さん夫婦の生活ぶりが話題になっていました。


「チェーン店最強のモーニングを探して」の大木奈ハル子さんの短期集中連載です。連載一覧はこちら

行政の低所得者援助を利用して、家賃4万5000円の都営住宅で暮らし、帝国ホテルの缶詰ギフトを無料でもらう。

子供は補助金で私立幼稚園に通わせて、余ったお金でハワイ旅行に行くというもので、「うらやましい」という人と「けしからん」という人が真っ向対立し、SNSなどを中心に世間の議論を引き起こしたのです。

平均年収が1000万円を超えるとされる、港区ならではの話と言えるかもしれません。

かく言う私たち夫婦も、港区の狭くて古いワンルームマンションで暮らしているのですが、幸か不幸か、決して金持ちではないものの、かろうじて低所得者ではないため、このような手厚い支援は受けてはいません。しかし、それはそれとしても、都心暮らしにはならではのメリットや魅力があります。

「小さく暮らす」と題した本連載。家も暮らしぶりもつつましいのに、心豊かに暮らせているのは大都会の恩恵があればこそ。今回は都心暮らしならではの、お金をかけずにレジャーを楽しむ裏技をご紹介します。

【画像】やや貧乏夫婦の「港区ライフ」…その様子を画像で見る(14枚)

お金を使わず銀座を1日満喫する方法


銀座三越のダロワイヨでマカロンのサブスク(1カ月税込1000円で1日1個マカロンがもらえる)に、夫婦で登録して毎日銀座通いしていた時期も(筆者撮影)

東京の魅力って何だろう。繁華街の賑わい? 人気のお店が多いこと? でも、地元のイオンモールも賑わっているし、東京と同じお店だって揃ってる。あなたにとって東京の魅力ってどういうところですか?

私にとっての東京が持つ魅力のひとつに、日常に芸術と文化が根付いていることがあります。

「と言っても、お金がかかるでしょ?」

そう思われるかもしれません。もちろんお金がかかる場合も多々あるのですが、なかには無料で利用できる施設や、安価で楽しめるイベントもあるんです。

身近にアートと触れ合える暮らしは、いかに東京が恵まれた環境であるかを教えてくれます。


GGGはだいたい撮影OKです。2022年の細谷巖さんの個展での1枚(筆者撮影)/配信先サイトでは画像をすべて見られない可能性があります。その場合は、本サイト(東洋経済オンライン)でご覧ください

新進気鋭のアーティストたちの作品を無料で鑑賞

特に銀座は、ブランドショップが建ち並ぶショッピングの聖地でもあるのですが、実はアートの中心地でもあり、ギャラリーを巡るだけで、まる1日楽しめてしまいます。

「と言っても、美術館も入館料がいるんでしょ?」

いえいえ、銀座に行けば、GGG(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)や資生堂ギャラリー、銀座メゾンエルメス フォーラムにGINZA SIXの特設ブースなどで、新進気鋭のアーティストたちの作品を入場無料で鑑賞できるんです。

「そんなとこに着ていく服もないし……」

そんな心配もご無用。ドレスコードなんてないんだから、普段着上等。自分の好きな服で行けばいいんです。

少なくとも私はワークマンのジャケットにユニクロのデニムで、エルメスのギャラリーを利用して、利用客にバカにされたこともなければ、スタッフに失礼な態度をとられたこともありません。


2022年にGINZA SIX屋上庭園で開催された、クリスチャンディオールのインスタレーションイベント(筆者撮影)

「アートとか全然わからないし……」

そう思われるかもしれませんが、実は私も同じです。もともと芸術に造詣が深い訳でもないし、作者の略歴や作品の解説は読まないため、見識が深まることもありませんが、ただ眺めて「かっこいいなぁ」とか「おもしろいなぁ」とか「かわいいなぁ」とか、心が揺さぶられるだけで、けっこう楽しめてしまうものです。

気に入った作品に出会えば購入することもありますが、お気に入りの作家さんを見つけたらネットで調べる、SNSがあればフォローする、それぐらいの肩肘張らない気軽さで接することで、アートを身近に感じるようになりました。


シャネル銀座ビルディングの4階には小さなコンサートホールがあり、年に数回無料コンサートが開催されます(筆者撮影)

ブランドショップでお買い物したり、デパートのレストランや、おしゃれな路面店で食事をするのも楽しいですが、それ以外でも実は銀座を満喫できます。ギャラリーを巡って、疲れたらカフェチェーンでコーヒーを飲み、デパ地下で焼きたてパンをいくつか買って帰る。夫婦2人で銀ブラを楽しんでも、それならば1人1000円ほどで事足ります。

1人1000円で歌舞伎が観られる!?


2023年「錦秋十月大歌舞伎」で、中村獅童、寺島しのぶが共演した「文七元結物語」の初日を観劇(筆者撮影)

本記事の3分の2が終了したところで、まだお金を使っていない私たち夫婦。ですが、もちろん時には1000円とか2000円使うこともあります。

例えば、マイブームである、歌舞伎座の一幕見席。昼の部・夜の部のなかから好きな幕だけを観られるというもので、4階に専用席があります。これを利用すれば、演目によっては1000円以下で歌舞伎を観られるのです(だいたい2000円前後が相場です)。

東京に住む前は、歌舞伎なんて金持ちの好事家だけのぜいたく品だと思っていたのですが、さにあらず。一幕見席を利用すれば、テレビや映画で主演を張るような人気俳優の舞台をライブで体験できるのです。


専用入り口からエレベーターに乗って一幕見席へ。花道は一部視界から欠けるものの、舞台はすべて見渡せます(筆者撮影)

伝統文化だしハードルがもっと高いと思っていたのですが、派手な立ち回りや華やかな衣装はまさに和風のミュージカル。眺めているだけで気持ちが高揚し、口元がほころびます。事前にあらすじさえググっておけば、特に問題なく楽しめるため、最近ではライブハウスや映画館よりも頻繁に通うようになりました。

人間国宝である坂東玉三郎の女形はいやおうもなく美しく、市川團十郎白猿はかっこよく、中村獅童はチャーミング。めっきりテレビでみかけなくなった市川中車(香川照之)も元気に活躍しています。

休憩にはGINZA SIXの屋上庭園や、銀座三越のテラスを利用すれば、都会とは思えないほど緑豊かで開放感がある空間が広がり、ピクニック気分も味わえます(歌舞伎座にも屋上庭園があるのですが、飲食不可なのでご注意ください)。


銀座三越の新館9階に広がるテラススペース。銀座のど真ん中とは思えない、青々と茂る芝生と開けた青空が気持ち良い(筆者撮影)

銀座デートは、岡本太郎作品の前で

私たちの定番デートスポット数寄屋橋公園は、銀座のはずれにあります。背の高い街路樹がぐるりと囲む、緑豊かな公園の奥には、岡本太郎の作品「若い時計台」が、景色に溶け込んでいます。


銀座の数寄屋橋公園の岡本太郎「若い時計台」。太陽の塔の面影があるけれど、3mほどで意外と小柄です(筆者撮影)

東京でなければ観光スポットになるような、日本を代表する芸術家の作品であるにもかかわらず、公園の利用者たちはさしてありがたがる風でもないあたり、さすが東京です。

夫は大阪生まれ大阪育ちで小学1年生で大阪万博を体験し、原体験に太陽の塔が刷り込まれているため、太陽の塔に似たかっこよさのある「若い時計台」がいたくお気に召したようで、銀座に行くと必ずここに来たがります。

「大きすぎないところがいいねぇ。さりげないところがかっこいいよ」という夫に「トゲトゲがいっぱい出てて、強そうなところもいいよね」と同意しつつ、斜め向かいの「不二家」で買った甘いシュークリームをほおばって、持参した水筒のコーヒーをちびりと飲む。

気候の良い時期に公園のベンチに座って、「若い時計台」を眺めながらおしゃべりすると、幸せでじわーっと心が満たされていくのを感じます。こういう何気ない時間こそ、何にもかえがたい大切な時間なのかもと思うのです。


銀座の数寄屋橋交差点にある不二家で買った、税込330円の窯焼きダブルシュークリームはビッグサイズ(筆者撮影)

前回のエッセイでも触れましたが、我が家は日本聴導犬協会の子犬預かりボランティアをしているため、犬連れがOKな施設が多い六本木とお台場は、用事がなくてもなんとなく足が向く場所でもあります。


六本木ヒルズのクリスマスマーケット(2022年)。屋根の上にはトナカイとサンタが! ヨーロッパの映画の中に迷い込んだような、ワクワク空間です(筆者撮影)

森美術館に併設されている、ミュージアムショップとギャラリーは特にお気に入りで、太陽の塔のビッグサイズフィギュアや、増田セバスチャンのコラージュ作品など、我が家のシンボル的なアイテムの多くがここの出身です。

六本木ヒルズの無料イベントで、クリスマス気分を満喫!

クリスマスには、2018年からかかさず六本木ヒルズのイベントに参加しています。「wish a wish 1年後に届ける手紙」は、六本木ヒルズ内で配布しているクリスマスカードにメッセージと宛先を記入して、特設ポストへ投函すると、1年後のクリスマスに手紙が届くというもの。カードも無料で切手も不要の、完全無料イベントです。


2018年・2019年・2020年の夫からのクリスマスカード。書いた翌年の12月に郵送されます(筆者撮影)

12月になれば六本木ヒルズに行き、夫婦でお互い宛に来年のクリスマスカードを書いて特設ポストに投函するのが、我が家の恒例行事になりました。1年後の12月の最初の週にクリスマスカードが届くのですが、1年前に想像していたのと違う未来を歩んでいたり、普段は直接伝えないような熱烈なラブレターが届いたりと、とにかく面白い。

どうやら私は、年の瀬になると食べすぎてしまい、毎年ダイエットを宣言しているようです。2019年には1年後にダイエットが成功していると予測した夫は「ちょっとスマートになりすぎたから、ケーキをたくさん食べようね」と書いています。

それが、2020年には「きっとダイエット成功だ!」という願望になり、2021年には「ダイエットはむずかしかったね」と、失敗を見越して手紙を書いています。読み返すと、だんだんと夫の諦めがにじみ出てくる過程がわかり、思わず笑ってしまいます。


2021年・2022年のクリスマスカード。今年ももちろん参加予定です(筆者撮影)

カードを書いたら、外国の街角に迷い込んだようなクリスマスマーケットをひやかして大きいクリスマスツリーの前で記念写真をパシャリ。夜はけやき坂のライトアップをそぞろ歩けば、どこもかしこもロマンチックで、デート気分は最高潮です。

全部ひっくるめて無料でクリスマス気分を満喫できてしまう。六本木ヒルズは、まるで大人のためのサンタクロースです。部屋にクリスマスツリーを飾らなくとも、存分にクリスマスを味わえる。なんとまあ、東京は小さな暮らしにぴったりな街であることか。

都会だからこそ成立する小さな暮らし

築50年30平米のワンルームマンションに暮らし、車もない40代と60代の2人暮らし夫婦。卑屈になるほど貧乏ではないけれど、決して裕福とは言いがたい。ハタから見ると負け犬みたいに見えるかもしれませんし、駅チカの団地住みならさておき、私たちのようにオンボロマンションに住むことを羨む人はそう多くないでしょうが、大都会の小さな暮らしが性に合っているようです。


小さな家で好きなものに囲まれて暮らす。無料のギャラリー巡りで手に入れた、我が家のシンボル的アート作品たち(筆者撮影)

小さな部屋で好きなものに囲まれて暮らし、ブランドものじゃなくても気に入った服を身にまとい、一歩外に踏み出せば、近所にはお金がなくても楽しめる文化や娯楽がたくさんある。多少の不便や不満はあるものの、それを軽く凌駕する恩恵を享受できる東京都心部での日々を、豊かだなと感じています。

【画像】やや貧乏夫婦の「港区ライフ」…その様子をもう一度、画像で見る(14枚)

家族構成や仕事内容、経済状況や人間関係、それになにより趣味嗜好によって、理想の暮らしは千差万別です。「広い家でぜいたくな暮らしをするのが幸せ」という人を否定するつもりはありませんし、「自然に囲まれた田舎暮らしのほうが豊かだ」「コンパクトで暮らしやすい地方都市がベストだ」と思う人だっているのも、もちろんわかります。「港区なんて……ケッ」とか「お金持ちに囲まれて暮らすのなんて嫌だ」と思う人がいても、好みは人それぞれであり、それは仕方のない話です。

ただ、「狭い家でコストをかけずに、都心部の恩恵を受けて暮らす」というライフスタイルも、意外と悪くないというのが、このエッセイを通して伝わったらいいなぁと思うのです。

(大木奈 ハル子 : ブロガー・ライター)