岸田文雄首相(写真:© 2023 Bloomberg Finance LP)

10月の所得税減税の発表が潮目となり、岸田文雄内閣の支持率が急落したところに、12月になって安倍派を中心とした派閥の裏金問題が表面化し、内閣支持率は世論調査によっては20%を切り、不支持率は70%を超えつつある。政権としては危険水域に入っていることは間違いない。

数字だけ見れば、岸田内閣退陣へのカウントダウンともなりそうだが、この問題は幾重にも広がっており、内閣の交代となるのはまだ先だろう。というのは、岸田首相の失策、自民党の構造的な資金疑惑、自公政権のゆるみという3つの要因が絡み合っているからだ。

絡み合う3つの要因

第1には、昨年の安倍元首相の死去を受けて、岸田首相は突然国葬実施を決定したが、旧統一教会と安倍元首相との関係が疑われるにつれて、国葬に反対する世論の声が高まり、以後内閣支持率は20〜30%台と低い水準にとどまるようになった。

事態は、2023年5月のG7広島サミットでも8月の内閣改造でも好転しなかった。「増税メガネ」とSNSで揶揄された首相は、10月にこらえきれずに所得税減税を発表したことで、さらなる支持率の低下を招いた。この間解散をことあるごとに口にした岸田首相は、結局解散権を行使できなかった。こうした首相の政治姿勢に対しては、根本的なところで国民の間に不信感が渦巻いている。

第2には、安倍派を中心とする政治資金問題が、高負担と物価高による生活苦にあえぐ国民の強い反発を招いている。自民党とりわけ安倍派の構造的な金権体質が改めて浮き彫りになり、政治改革への着手が不可避となっている。特に各種世論調査では、自民党の支持率が下がり始めた。今や与野党全体で政治資金問題に取り組むことが、何にもまして必要となっているのである。

第3には、同じ与党の枠組みの中でも、公明党との関係が対立含みであることだ。解散が取り沙汰されていた2023年5月、東京都で公明党との選挙協力が一度は解消された。新設選挙区に公明党が候補擁立を希望したのに対して、自民党側が候補擁立に固執したからである。その後両党は改めて選挙協力をすることで合意したが、信頼関係の回復に至ったとは言いがたい。岸田首相自らは公明党に近いリベラルな政策志向はあるものの、敵基地攻撃能力を認めた防衛関係3文書の改訂などでは公明党側の懸念に応えていない。

そして11月に池田大作創価学会名誉会長が死去し、公明党の集票力の低下が危惧されるようになった。選挙協力の効果は薄れながらも、連立解消までは至らないという両党の関係は、政権の支持基盤を次第に弱めつつある。

自公政権そのものが弱体化

このように、岸田首相への信頼感の失墜もさることながら、現在の自民党さらには自公政権そのものが弱体化している中で、首相の交代という看板の付け替えだけでは、内閣支持率の回復は望めない。2024年9月の自民党総裁選挙の前に「岸田おろし」を仕掛けるメリットは党内にはないのである。

とはいえ、そもそもの問題は岸田政権の性格にある。2021年9月の総裁選挙で勝利して成立した岸田政権は、安倍元首相と安倍派の支援が最大の政治資源であった。岸田首相は、党内第4派閥であるがゆえに最大派閥の支持は不可欠である上に、7年8カ月の長期政権を担った安倍元首相のアドバイスと支援を頼りにしつつ、政策を推進した。

そして岸田首相は、かつての安倍首相のように官邸主導を果たそうとした。新しい資本主義、デジタル田園都市国家構想など、政策革新の旗を掲げた。だが、それらが十全な政策として実を結ばないまま、政権は、新型コロナやウクライナ戦争への対応から花粉症対策・悪質ホスト対策に至るまで、そのときどきの課題への対症療法に終始した。

特に安全保障面では、防衛関係3文書の変更やウクライナ戦争への対応などは、安保重視の安倍政権の延長線上にある。つまり、岸田政権は、独自の政策の果実を提示できないまま、安倍政権の政策スタイルを踏襲して今に至っている。安倍元首相と安倍派への配慮が、政権の政策革新を阻んでいたのである。

苦境を乗り越える覚悟はあるか

だが、安倍首相が死去し、安倍派が解体へと向かいつつある現在、岸田政権にとっては、その発足時に掲げたような政策革新を果たしうる条件が整いつつある。そこで必要なのは、岸田首相自身の特定の政策に対する強い信念である。

筆者自身、官邸で首相に直接、新型コロナ対策の政府司令塔の案について説明をしたことがある。首相は重要なところでうなずくなど、説明内容を十二分に咀嚼していたが、政治手腕を駆使してこれを実現する熱意の片鱗はうかがえなかった。これまでの2年間は、そのときどきで重要と見定めたものについて、とりあえずの処理はしていたものの、政治リーダーとして内心深く刻んだ信念とともに特定の政策に思いを入れこみ、それを持続的に展開するものではなかった。

現在の苦境を乗り越えるには、首相の気迫がすべてであろう。かつて橋本龍太郎首相は、「火だるま」になっても行政改革をやり遂げると発言し、その言葉通り、諸々の反対を受け止めつつも、自身が議長となって省庁再編の原案を作り上げた。岸田首相は「火の玉」になっても政治資金問題に取り組むと発言したが、あの橋本首相に匹敵する覚悟があるかどうかが問われている。

いま自公政権にとり必要なことは、与党間の協調関係を回復した上で、政治改革に取り組んで世論の期待に応えることである。だがこれは、自民党内で深い亀裂と対立を生むであろう。

ロッキード事件に直面した三木武夫内閣は、「三木おろし」に直面し、結局は総辞職を余儀なくされた。リクルート事件で首相自ら疑惑の渦中にあった竹下登内閣は、政治改革委員会を設置し、その最終決定である政治改革大綱を受け取ったあと総辞職した。

以後、選挙制度改革を進めるかどうかで自民党内に深い亀裂が生まれる中、東京佐川急便事件が竹下派の政治資金疑惑となるに及んで、小沢グループが離党するなど党が分裂して、宮澤喜一内閣は崩壊し、自民党は野党に転落した。

残された時間はそう長くはない

過去の例を見れば、自民党の中枢に関わる政治資金疑惑に直面した政権が、そのまま長期政権となることはまずない。岸田政権は、その終焉を覚悟しながら、政治改革に不退転の決意で取り組むという姿勢をとれるかどうかが問われている。

殊に不手際やさらなる不祥事が続き、内閣支持率1桁台にまで降下して総辞職も避けられなくなる事態もありうるとすると、政治改革のための検討会議を設置し、信頼に足る委員を任命するといった措置を早急にとらないと、何もしないままの退陣という不名誉な結末で終わることになりかねない。この問題で最初の引き金を引くまでに残された時間はそう長くはないのである。年明け通常国会で岸田首相がどう振る舞うかに注目したい。

(牧原 出 : 東京大学教授)