子どもが「お金で苦労」しないために、親が伝えられることとは何なのか、元ゴールドマン・サックスのトレーダーが解説します(画像:ryanking999/PIXTA)

「お金の本質を突く本で、これほど読みやすい本はない」

「勉強しようと思った本で、最後泣いちゃうなんて思ってなかった」

経済の教養が学べる小説きみのお金は誰のため──ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」には、発売直後から多くの感想の声が寄せられている。本書は発売1カ月半で10万部を突破したベストセラーだ。

著者の田内学氏は元ゴールドマン・サックスのトレーダー。資本主義の最前線で16年間戦ってきた田内氏はこう語る。

「みんながどんなにがんばっても、全員がお金持ちになることはできません。でも、みんなでがんばれば、全員が幸せになれる社会をつくることはできる。大切なのは、お金を増やすことではなく、そのお金をどこに流してどんな社会を作るかなんです」

今回は、わが子を「お金で困らせない」ために、親が考えておきたい「三原則」を解説してもらう。

「年収の高い仕事がいい」と考える落とし穴

僕は大学院を修了してから17年間近く世界の金融市場で金利や為替のトレーダーとして働き、日本銀行の金利指標改革などにもたずさわってきました。その後もお金に関するビジネス書や高校の教科書の執筆、また金融教育などの講演活動も行っています。


そういった講演やSNSなどで、お子さんを持つ親御さんからよく尋ねられることがあります。

「子どもには、どのようにお金の教育をすればよいのか?」

ここで期待されているのは、お金の大切さを教えることだったり、投資などのマネーリテラシーをどのように上げるかということだったりします。

そして、彼らの多くは「自分の子どもがお金に困らないように、年収の高い仕事に就かせたい」と考えています。

この言葉の裏には、「お金を味方につければ、将来は安泰だ」という考えがあるのですが、実はこの考えこそが失敗の原因です。

親御さん自身がこの考えを改めないと、結果的にお子さんがお金に困ることになります。

そのため、このような質問を受けたとき、僕は真顔で答えます。

「お金よりも、仲間のほうが大切だと教えてあげてください」

これが結論です。

ところが、多くの大人はニヤッと笑います。子どもの前だからキレイ事を言っているんですねという含み笑いです。

繰り返しますが、僕は17年近く、金融市場でトレーダーをしてきました。キレイ事を言うだけで生きてこれるはずがありません。この答えが、お金というものを突き詰めて考えたときの結論です。

親が知っておきたい「お金の正体」

この話を伝えたくて、今回、小説『きみのお金は誰のため』を書いたのですが、お子さんやその親御さんに知ってもらいたいのは、お金という道具の役割です。小説の冒頭では、そのお金の役割を考えてもらうために、先生役の“ボス”は、お金の驚くべき正体を語ります。

「お金の正体……ですか?」

七海が整った眉をひそめた。

「簡単なことや。たったの3つの真実や」

ボスが小さな指を立てながら、数え上げる。

「一、お金自体には価値がない。

 二、お金で解決できる問題はない。

 三、みんなでお金を貯めても意味がない」

真実も何も、すべてが真逆じゃないか。そう思った優斗は疑問をそのまま口にした。

「謎すぎますよ。だって、明らかにお金には価値があります、よね?」

味方を探して隣を向くと、七海がうなずいて続けてくれた。

「私もそう思います。お金で解決できない問題もありますが、多くの問題はお金で解決します。お金を貯めることにしても、将来に備えるためには必要なことです」

『きみのお金は誰のため』19ページより

七海という登場人物は投資銀行で働いていて、一般的な認識に近いことを主張しています。それは、中学生の優斗にとっても当たり前のことです。

個人としての視点では正しいのですが、社会全体の視点においては見え方が変わります。お金の正体はまったく真逆で、ボスの言う三原則のとおりです。

一、お金自体には価値がない。

二、お金で解決できる問題はない。

三、みんなでお金を貯めても意味がない。

それぞれの詳しい説明は本小説に任せますが、僕たちがお金に絶対的な力があるように錯覚するのは、社会全体が見えていないからです。

「お金を支払えばお寿司が食べられる。『お腹が空いた』という問題が解決するじゃないか」と思われるかもしれませんが、お金を食べているわけではありません

「お腹が空いた」という問題を解決してくれたのは、漁をする人であり、魚市場で働く人であり、寿司を握る人です。社会全体が見えていないから、お金には価値があるし、お金で問題が解決できると考え、お金を貯めれば将来は安泰だと考えるのです。

社会全体を見ることができれば、先程の三原則には違和感がなくなります

たとえば、10人くらいで無人島に移り住むことを考えてみましょう。その場合、そもそもお金を持っていくでしょうか。

お金という紙切れが無人島で効力を発揮できそうには思えません。それにお金を使っても解決できることはなさそうです。そして、無人島での生活の将来に備えるには、お金を貯めるよりも食料を貯めておいたほうが良さそうです。

お金の正体は「知らない人に働いてもらうチケット」

では、お金の役割とはいったいなんなのでしょうか。

ここで、縄文時代や弥生時代の住居を思い浮かべてみてください。まだお金が使われていなかった時代、少数の家族が肩を寄せ合って共同生活をして、お互いに助け合って生きていました。一緒に暮らすほかの家族と協力して住居を作っていたため、大きさや質には限界があります。

それに比べて現代社会で僕たちが暮らす家やマンションは、はるかに高機能で頑丈です。もちろん建築技術が発達したこともありますが、一番大きい理由は、お金を支払って大勢の専門家の人たちに協力してもらえるようになったからです。知り合いにガラスの専門家がいなくても、お金を支払えば、ガラスの窓をはめこむことができます。

一言でいうと、お金というのは、「知らない人に働いてもらうためのチケット」です。お金の発明によって仲間以外の人にも協力してもらえるようになりました。お金は仲間を増やすための道具だとも言えます。

そのように考えると、僕たちが生きて行くために一番必要なのは、生活を支えてくれる仲間の存在です。その仲間を増やすためにお金が使える場合もあるというだけの話です(必ずしも、お金を払えば自分のために協力してくれるわけではありません)

さて、冒頭に紹介した「年収の高い仕事に就かせたい」という親の願いはどこがいけなかったのでしょうか。

その願いを応援してくれる「仲間」ができるか

それは、子どもが「年収の高い仕事をする」ことを目標にしても、それを応援する仲間がいないことです。周りにいる人々にとっては、彼や彼女が高い年収をもらうことには何の興味もありません。

想像してみてください。「僕の年収増やしたいから、いつも100円で売っているパンを200円で買うことに協力してくれよ」とお願いされて、協力するでしょうか。

それに加えて、「年収の高い仕事をする」ことを目標にする人たちは大勢います。孤独で熾烈な戦いを強いられるのは明らかです。自分1人の能力によほど自信がない限り、実現させるのは相当難しそうです。

勝ち目のある戦いをするには、仲間を増やすことです。これは難しいことではありません。人を楽しませるとかみんなの不便を解決するとか、ほかの人の幸せが含まれる目標にすれば、仲間はたくさん増えて、実現しやすくなります

例えば、「本を書いて、その印税でお金儲けしたい」という目標をたてても、誰も見向きもしません。読者も出版社も取り合ってくれないでしょう。

でも、「本を書いて、お金で悩む人の役に立ちたい」という目標ならどうでしょうか。本を買ってくれる読者も多いでしょうし、出版を引き受けてくれる会社も多そうです。お金に詳しい人が、本を書くアドバイスをしてくれるかもしれませんし、有名人がSNSで紹介してくれるかもしれません。一気に協力者が増えます。

自分の能力にかなりの自信があるなら、「年収の高い仕事をしたい」「お金を儲けたい」という自己中心的な目標を立てることを止めませんが、そうでないなら、目標に公共性を持たせて、多くの人にとって役立つことを考えたほうがいいのです。

小説の中盤では、七海と優斗は3つの原則についてようやく理解します。

エアコンの送風音が聞こえてくる部屋の中で、七海がぽつりとつぶやいた。

「私たちは、お金を過信しているんですね」

その言葉に、ボスが顔を輝かせる。

「まさに、それなんや」

それこそが、3つの謎を通して、ボスが伝えたかったことのようだ。

「お金は無力なんや。それに気づかへんと、お金を集めることだけに夢中になる。ここからがスタートや。ようやく君らと未来の話ができる」

『きみのお金は誰のため』114ページ

スタンフォードの学生が「起業」する真の意味

日本の大学生の多くは、高い給料がもらえる安定した大企業で働くことを目指すそうです。ところが、お金や社会の仕組みについて理解しているスタンフォードの大学生はまったく別の進路を選びます

大企業で働くことよりも、未来を良くするために自分が何をすべきかを考えるそうです。社会が抱える不便さや問題を解決するために仲間を集め、さらに投資してくれる仲間も集めます。投資を学んでお金を増やそうとするのではなく、投資してもらう側に回るのです。

そして、結果的に彼らのほうが高い年収を手にします

お金の教育は、子どもだけの話ではありません。来年からNISAもはじまり、投資について学ぼうとされる人たちが増えています。どんなに投資に詳しくなっても、お金自体について知らないと、道具であるはずのお金自体を目的にして、お金に振り回されることになります。

ぜひ、この機会にお金の三原則の意味について考えてみてください。親がお金と正しく向き合えていれば、心配しなくてもお子さんがお金に困ることはないと思うのです。

(田内 学 : 元ゴールドマン・サックス トレーダー)