偏差値35から2浪で東大に入った西岡壱誠氏が、横浜創英中学・高等学校で改革に取り組む工藤勇一校長に、子どもの「自律」を促す言葉を聞きました(撮影:今井康一)

千代田区立麹町中学の校長として、「宿題廃止・定期テスト廃止・固定担任制廃止」などの教育改革がメディアなどで話題となった工藤勇一氏。現在は横浜創英中学・高等学校の校長として同校の改革に取り組むとともに、『考える。動く。自由になる。――15歳からの人生戦略』などの書籍執筆をはじめ、さまざまな媒体で本質的な教育改革の提言を続けている。

そんな工藤氏に、偏差値35から2浪して東京大学に合格し、『「考える技術」と「地頭力」がいっきに身につく 東大思考』などの書籍執筆を続けながら、全国の中高生に勉強法を伝授するカルペ・ディエム社の代表を務める西岡壱誠氏が、教育の本質について聞いた。

前編:「人のせいにする子ども」大量に生んだ日本の教育

中編:子どものケンカ「仲直りを促さない」凄い教育の訳

大人が子どもに「正解」を語れない時代

工藤勇一(以下、工藤):保護者の方から、「うちの子は、何がわからないかがわかっていないので、教えてやってください」と言われることがあります。


それは、主体性と学ぶ力を失った典型的な子どもの姿です。常に人に頼り、指示してもらわないとできないということが定着してしまうと、将来ずっと、自己決定できなくなります。そうした子は劣等感でいっぱいです。そしてますますやる気を失います。

そうした子には、「勉強なんかいつからでもできるよ。15歳なんて、人生始まってないようなものだよ。今、勉強ができなくたって、たとえやる気がなくたって大丈夫、大丈夫」と話してあげることだって、時には大切です。

西岡壱誠(以下、西岡):普通の学校の逆ですね(笑)。

工藤:そういうことが言いやすい時代にもなりました。

日本は、人口急増に下支えされて国内消費が増え、必ず物が売れる時代を経験しました。今の価値観は、その時代に作られたものです。

工藤:ところが、今度は人口が極端に減少して、消費する人間がいなくなった。淘汰される企業も出てきます。大人が子どもたちに助言できない時代になったわけです。

西岡:これからの世界がどうなるかわからない。大人の言う「正解」が、子どもにとって正解かどうかわからないということですね。

受験して、いい大学に進学するのが正義だよと言っていればよかった時代は崩れてしまいましたね。

子どもに自己決定させる質問

工藤:日本には、従来の教育を受けたせいで主体性を失ってしまった子どもが大勢います。こうした子どもたちには、もともと備わっていた主体性を復活させてあげるリハビリが必要です。


西岡:どんなことをすればよいのでしょう。

工藤:基本的には、「君はどうしたいの? 何か手伝うことがあれば言ってよ」。この繰り返しです。これを言い続けると、子どもは自分で決定せざるを得ないので、自己決定するようになります。

例えば、不登校で昼夜逆転した子どもに悩む方には、まずいちばん上位の目標をちゃんと意識するようにアドバイスします。

昼夜逆転を元に戻すことが目的になってしまうと、毎朝子どもといざこざが起きますよね。子どもの身になれば、起きられないことに罪悪感を抱えているのに、追い打ちをかけられるわけですから、ますます頭に来る。

子どもはうまくいっていないことについて、自分を責めているので、親を責めないとやっていけないんです。親も同じで、自分を責める分だけパートナーを責めたり、子どもを恨んだりしてしまいます。家族にとって最悪の不幸ですよね。

でも、こうした状況を変える方法はある意味すごく単純です。子どもに自己決定させるだけです。

前日に「明日は起きたい?」「何時に起きたい?」と聞くのです。子どもが起こしてほしいと自己決定したら、起こします。

朝の出勤時間が迫るなら、「お父さんとお母さんは〇時までに働きにいかなければいけないけど、その時、まだ寝ていたらどうしたらいい?」「泣いても無理やり起こしていい?」とすべて聞く。これをくり返すのです。そして、子どもが望んだ時だけ、やってあげればいいのです。

西岡:なるほど。自己決定させるための質問ですね。

工藤:子育ては実験的に試行錯誤することが大切です。夫婦で「この声かけはダメだったね」「これは良かったね」と話し合うとよいでしょう。


工藤 勇一(くどう ゆういち)/横浜創英中学・高等学校校長。1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、千代田区立麹町中学校長に就任。2020年3月まで校長を務める。宿題廃止・定期テスト廃止・固定担任制廃止などの教育改革がメディアなどで話題となった(撮影:今井康一)

大事なことは1つひとつに本気になりすぎて、うまくいかなかったことを互いに責め合ったりしないことです。

両親の責め合いは、必ず子どもに伝わります。ただでさえ落ち込んでいる子どもが、自分のことが原因で両親の関係もおかしくなったと感じて、さらに落ち込み、当事者性を失わせます。

ですから、最初に、夫婦で「自分たちの教育なんて大したものじゃない。うまくいくわけがないよ」という意識を共有するとよいでしょう。

自分のおかげで子どもが育つなんて思いすぎちゃいけないんです。そこを理解して、実験のように何度もやってみる。

大事なことは、何が正しいかではなく、子どもが自己決定できるようにすることなのですから。

子どもに心理的安全性を与える言葉

西岡:思春期の難しい年齢の子どもにはどう接すればよいでしょう。

工藤:思春期になると、子どもの自己肯定感がとても低くなる可能性がありますね。いつも劣等感に苛まれていると、「自分はダメだ」と思ってしまうからです。それを簡単に改善する方法があります。

子どもが大きくなると、大抵、褒めることがなくなってくるんです。褒めようとしても、腫れ物にさわるような声のかけ方をするから、子どもに見透かされてうまくいかない。

そんな時は、自分が褒めたいと思っていることを、人の言葉で伝えればいいんです。

例えば、「昨日、お父さんがあなたのこと褒めてたよ」。子どもは気になりますから「えっ、なんて?」と聞きますよね。そうしたら「忘れちゃった」と言えばいい(笑)。

工藤:すると、子どもは、なんだか知らないけど、お父さんとお母さんが自分の良いところを褒めていたんだと思います。

つまり、この家の中で、自分は守られているんだという感覚になるわけです。この心理的安全性は、本当に重要なものです。ここを保った家庭を作ることができれば、子どもは必ず変化します。

僕は、数え切れないほどの多くの子どもたちとその保護者の方々と付き合ってきましたが、この方法で改善しなかった子は1人もいません。心理的安全性と自己決定、これがすべての子育ての基本です。

型にはまらないこと

西岡:子どもたちに、これからは自己決定していかなければならない時代なんだよと話し、危機感を煽るという手法はいかがでしょうか。


西岡 壱誠(にしおか いっせい)/現役東大生・ドラゴン桜2編集担当。1996年生まれ。偏差値35から東大を目指すも、現役・一浪と、2年連続で不合格。崖っぷちの状況で開発した「独学術」で偏差値70、東大模試で全国4位になり、東大合格を果たす。 そのノウハウを全国の学生や学校の教師たちに伝えるため、2020年に株式会社カルペ・ディエムを設立。全国の高校で高校生に思考法・勉強法を教えているほか、教師には指導法のコンサルティングを行っている(撮影:今井康一)

工藤:脅しになってしまいますね。日本は型を求める文化ですが、教育において「こうでなければならない」ことは何もありません。

その本質を考える場所が学校のはずなのに、その学校が「こうでなければならない」という価値観を勝手に作ってきてしまったのだと思います。

いまは、都市部での生活だけでなく、半分自給自足で暮らす方法に転換する人もいますし、街づくりや地方活性化を考える人もいます。つまり、いろんな幸せ感があるわけです。

大事なのは、今はまだ一般的なことしか考えていない人が多い中で、君たちにはすごくチャンスがあって、いろんなことができる面白い時代なんだよと教えることです。

だから僕は、常に、自分の頭で考えて、いろんな経験をしてみるといいんじゃないかと話しています。

西岡:工藤先生のお話をうかがって、自分自身「こうあるべき」という従来の価値観に染まっていることに気づかされました。大変勉強になりました。ありがとうございました。

(構成:泉美木蘭)

(工藤 勇一 : 横浜創英中学・高等学校校長)
(西岡 壱誠 : 現役東大生・ドラゴン桜2編集担当)