政治家と住民の交流がDX化で活発になるのか。政策実現プラットフォーム「イシューズ」ではさまざまな困りごとについて、意見交換されている(写真:issuesウェブサイト)

ある平日の朝、小学生の息子が急に熱を出した。休ませないといけないが、欠席届は学校へ持参しなければならない。ああ、インターネット上で手続きができれば楽なのに――。

2018年設立のスタートアップ、株式会社issuesは、有権者の身近な要望を地元議員へ届け、問題解決に導くためのプラットフォーム「issues(イシューズ)」をウェブ上で運営する。

2019年3月のサービス開始後、少なくとも全国25自治体で17種類以上の政策が実現。冒頭の欠席届については、東京23区を中心に17自治体以上でオンライン受付に制度が変わった。

約4万2000人の利用者のうち、約9割は20〜40代、約76%が無党派層だ。日常生活に根ざした「困りごと」をフックにすることで、普段は政治とは縁遠い現役世代の支持を獲得。議員側も全国200以上の地方議会から約440人が参加し、届いた生の声を政策作りに役立てている。

議員と住民が直接やり取り

イシューズの仕組みはこうだ。まず運営側が利用者からの要望などを基に、トピックをサイト上に掲載して賛否を募る。地域や生活に関わるテーマに絞って選定し、例えば「憲法9条を改正するべきか」といったイデオロギー色が濃いものは取り扱わない。

実際にサイトをのぞくと、「災害時にペットを連れて避難できるようにしてほしい」「保育園へのおむつの持参を不要にしてほしい」など、普遍性のある話題が並ぶ。

利用者は賛成か反対を投票し、メッセージや体験談を投稿する。これらのデータは、入力した人が住む選挙区の登録議員へ届く。議員側は個別に返信してニーズを探りながら、自治体へ働き掛けたり、議会で取り上げたりして政策の実現を目指す。

一般市民のサービス利用は無料。議員は無料と有料のプランがあり、無料の場合は送信できるメッセージ数に上限がある。月額5980円のプランではメッセージ数に制約がなくなるほか、独自の政策をトピックとして掲載できる月額7980円のプランがある。これが収益の柱となっている。

政治活動のDX化は遅れている。議員が有権者と関わろうとして、一般的に取り組むのは街頭での辻立ちや、チラシとポスターの作成。あとは地域行事でのあいさつや支持者との懇親会だ。働き盛りの世代は忙しく、こうしたアナログな手法で接点を持つのは難しい。結果として、投票率の低下や政治への不信につながることが懸念されている。

届いた声を議会へぶつける

「学校がある期間は給食があります。ただ、夏休みや冬休みといった期間においては、両親が(子供の)お弁当を用意しなければなりません。家庭によっては朝4時に起きて作っているという話も聞きますし、大きな負担となっています」

今年6月に開かれた兵庫県西宮市議会の定例会。自民党の坂本龍佑市議はこう訴え、長期休み中の学童保育で、希望者が宅配弁当を購入できる仕組みを整えるよう求めた。

西宮市こども支援局は「利用児童やその保護者、指定管理者のご意見をお聞きしながら、全育成センター(学童保育)で導入できるよう検討を進める」と答弁。前向きな姿勢を引き出すことに成功した。

坂本市議がこの問題を議会で取り上げたきっかけは、イシューズで目にした住民たちの声だった。2023年1月、目前に迫っていた統一地方選を前に有料会員登録。「知人に子供の弁当作りが大変だと聞いたな」と思い出し、トピックの1つで休み期間中の選択制弁当の是非を問うた。

反響は想像以上だった。4月ごろには計99件の賛成票が集まり、「睡眠時間が取れない」「毎日しんどい」といった切実な体験談が次々と寄せられた。数十件に及ぶ長文のメッセージに1つひとつ返信して対話を重ねるうちに、「この政策は需要がある」と確信できたという。

「自分が良いと思ってやることでも、どれぐらいの市民の役に立っているのか、本当のところは分からないこともあります。そういう意味で、たくさんの意見を集められると、政策を進めていく上での自信や使命感につながります。役所に『予算がない』と渋られたとしても、『どうしても必要なんだ』と説得する材料にもなります」(坂本市議)

坂本市議は当選後の5月、すでに同様の制度を導入済みの近隣自治体や、宅配弁当の業者にヒアリング。市の担当職員も同席させ、調査と根回しを進めた。8月には市内2カ所の学童保育で試験導入が実現。来年の夏休みは全域で実施できるよう、市側と協議を重ねている。

変わる議員の意識

東京都板橋区議会の元山よしゆき区議(自民党)は、現在5期目のベテランだ。ホームページやSNSなどを駆使した発信に注力している。

デジタルに目を向けた契機は、コロナ禍だった。自身のホームページ上で、感染者数などの情報発信を始めるとアクセス数が急上昇。経験したことのない認知度の広がりを感じた。

同時に「住民は対話を求めている」とも気づかされた。いつの間にか自分の支持者ばかりを見て、そのほかの大勢の区民には背を向けるようになっていたのではないか――。そんな反省から、今年の統一地方選前にイシューズへ登録。これまでに延べ1000人以上の住民とメッセージを交わしたという。元山区議はこう語る。

「有権者に意見を伺って区政に反映させていくのは、民主主義の在り方として健全だと思います。しかも、イシューズで出会える人たちは、あいさつ回りや集会といった普段の政治活動では絶対に遭遇しない層。それが魅力的です」

元山区議の言う「普段は絶対に遭遇しない層」とは、イシューズのメインユーザーである無党派層や、20〜40代のことだ。「現在の社会は、彼らの声を吸い上げることが構造的に難しい」と株式会社issuesの廣田達宣・代表取締役(35)は指摘する。


イシューズの廣田達宣代表は2度目の起業で「政策DX」を選んだ(提供:イシューズ)

廣田氏は慶応大学在学中に児童・学生向けの学習補助アプリで起業。後に大手予備校の駿台グループへ売却した。ほかにも病児保育などを手がけるNPO法人フローレンスで、ふるさと納税を用いて貧困家庭の子供へ定期的に食事を届ける「こども宅食」を立ち上げた経験を持つ。

2度目の起業のきっかけは、2016年2月にウェブ上に投稿された匿名のブログ記事だった。「保育園落ちた日本死ね!!!」と題され、子育てと仕事を両立できない状況を訴えた内容は話題を呼び、国会でも取り上げられた。

この記事を読んだ時、廣田氏は妻にプロポーズする1カ月前だったという。「未来の自分たち夫婦もこうなると直感しました。同じ状況の人々の課題を解決したいと、何か事業を始めることに決めました」(廣田氏)。

「中間組織」の代替ツールに

アイデアを練っていたある日、受動喫煙の防止条例への賛成を地元議員に呼びかけよう、という趣旨の投稿をSNS上で見つけた。賛意を示す「いいね!」は約500件あったが、実行したとコメントを残していたのは1人だけ。「課題があっても、市民はどこに伝えて良いのか分からず、結果的に放置されるのでは」と仮説を立てた。

かつての日本社会では、町内会や自治会、労働組合といった市民組織の構成率が高かった。集まって顔を合わせ、生活上の困りごとを話し合っているうちに、課題は地域の共通意識に。こうした組織は集票力の観点から議員と距離が近く、要望を直接伝えられた。また、自らが主体となって自治体などへ働きかける力もあった。組織がいわば、住民と政治をつなぐ中継役を担っていたのだ。

ところが、2000年代以降はライフスタイルの多様化に伴い、市民の組織化が難しくなった。都市部では特に顕著だ。中継役との関係が希薄化したため、市民側のニーズが現実の政治と切り離された。

結果的に「自治体や政府は何もやってくれない」という失望感が生まれ、さらに政治を遠ざける。選挙の投票率も低下し、負のスパイラルに陥った。廣田氏は市民や議員、役人など100人以上にヒアリングを繰り返し、こうした実情を把握。イシューズの創設につなげた。

「自分も以前は政治に関心がなく、選挙にも行っていなかった」と話す廣田氏は、こう訴える。「議員と有権者のマッチングを果たすためのインフラを、現代風に作り替えたのがイシューズ。普通の人たちが、生活をより良くするための手段として、気軽に政策を利用できるような世の中にしたいです」。

政治の広報活動支出は年間約2000億円

issuesは今年8月、日本ベンチャーキャピタルなどを引受先に第三者割当増資を実施し、約2億円を調達。人材の新規採用やマーケティング強化を進め、事業規模の拡大を図っている。これまでは地方議員に対象を絞っていたが、同月から国会議員やその候補者向けのサービスも始め、現在13人が利用している。

同社によると、日本の政治家や関連団体は1年あたり計約2000億円をチラシ作成や懇親会などの広報活動に支出している。議員とオンラインでの面談に持ち込んだ際の課金成約率は約5割という。2020年代後半には全国で市民500万人、議員1万人の登録者数を目指す。

政治活動の“空白層”をDX化で埋めることができるのか。連続起業家の手腕が問われている。

(石川 陽一 : 東洋経済 記者)