(写真:beauty-box/PIXTA)

ノーベル賞のパロディとして創設され、世界中の独創性に富んださまざまな研究や発明の中からさらに「人々を笑わせ、同時に考えさせる研究」に贈られるのがイグノーベル賞です。私たちの日常で遭遇するぼんやりした「?」や滑稽な出来事、事件を科学的に解き明かして、見事イグノーベル賞を受賞した研究を紹介した書籍『ヘンな科学 “イグノーベル賞”研究40講』より一部抜粋・再構成してお届けします。

ポテチは音がするとより美味しく感じる

イギリスの「The Fat Duck」というミシュラン三つ星常連レストランに、「The Sound of the Sea」という名の一風変わったメニューがある。タピオカで作った「砂浜」の上にお刺身を盛って、貝殻の中に入れたiPodから海の音を流し、ヘッドフォンでその音を聞きながら食べる、というものだ。

魚介料理は海の音を聞きながら食べると、より味わい深く新鮮に感じるという研究結果に基づき考案されたこの一皿。お客の中には感激して泣いてしまう人もいるらしい(今度、スーパーのお刺身で試してみると良いかも?……なんて言ったら食のプロたちから怒られてしまいそうだ)。

そんな感動的なメニュー開発の原点ともいえる研究は、2008年に栄養学賞を受賞した、ポテトチップスに関するものだ。ポテチを食べている間に美味しそうなパリパリ音を流すと、さらに美味しく感じることについて調べた研究で、オックスフォード大学のチャールス・スペンス教授と、共著者のマッシミリアーノ・ザンピーニ博士によって行われた。スペンス教授はこれまで、五感がどのように連携し合っているかを研究してきた。

ポテチの研究の前は、車を運転する時の危険感知シグナルの開発に携わり、音や映像の刺激を使い、運転手に効果的に危険を知らせる方法について研究していた。

この研究では、危険を知らせる音が運転手の後ろから聞こえてきた時のほうが、横から聞こえてきた時よりも、注意がすばやく前方に向くことを突き止めた。研究の成果は、実際に某メーカーのトラックに生かされている。

ボランティア200人を集め、防音室でポテチを食べる

ポテチの研究を思い立った当時は、洗剤会社と連携した研究で「パリパリに乾いてしまった手をすり合わせた時に音を聞こえにくくすると、手が実際よりもしっとりしていると感じる」という発見を実用化しようとしていた。ある日、飲み屋でおつまみのポテチを見て、「ポテチのパリパリ感も音に影響されるのでは?」とひらめいたことが、イグノーベル賞受賞研究を始めたきっかけだった。

そこで2人はボランティア200人を集め、1人ずつ防音室でプリングルズのポテチを食べてもらった。プリングルズを選んだ理由は、ポテチ1枚1枚が均一に作られていて、公正な比較がしやすいからだ。また、食べる時は前歯だけでかじってもらい、噛み方によるばらつきが生まれないように配慮した。

ボランティアには防音室でマイクと向かい合わせになり、ヘッドフォンを着けてもらった。マイクはボランティアがポテチをかじった時の音を拾っており、ヘッドフォンからはマイクが拾った音を流した。つまり、自分がポテチをかじった時の音が、ヘッドフォンを経由して聞こえる仕組みになっている。

その際、ボランティアには知らせずに、ヘッドフォンに流れる音を研究者たちがコンピューターで操作し、音を大きめにしたり、高音域の音(2〜20キロヘルツ)を強めに出したりした。

こうしてポテチの新鮮さとパリパリ度を評価してもらったところ、同じポテチでも音量を大きくしたり高音域を強く出したりした時のほうが、15%程度かみごたえが強く、新鮮に感じられることが分かった。音が、食べ物の味わいを変えた、というわけだ。

食は五感で楽しむもの


リンゴ、セロリ、ニンジン、クラッカーなど、カリカリ、コリコリした食べ物なら同様の効果が得られるという。また、別の研究者たちがこの発見をちょっといじり、ポテチの音をガラスが砕ける音に差し替えたところ、被験者の顎が固まってしまった、なんてこともあったそう。

聴覚以外の五感も味の感じ方に影響しており、スペンス教授は研究を通して食品会社の商品開発やマーケティング戦略を手伝ったり、有名シェフとコラボしたりしている。これまでに行った研究として次のものがある。

・いちご味のムースは、黒い容器で出されるよりも白い容器で出されるほうが10%甘く感じる。
・コーヒーは、ガラスのコップから飲むよりも白いマグカップで飲むほうが2倍ほど濃く感じる。
・ヨーグルトの容器を70グラムほど重くすると、満腹感が25%アップする。
・食事の際に高い音域の音楽を聞くと食べ物を甘く感じ、低い音域の音楽や金管楽器の音を聞くと苦く感じる。
・人は、アルファベットの「k」に苦いイメージを、「b」に甘いイメージを抱く。

他にも五感以外で、食事をする時の体験そのものが美味しさを左右するとして、こんな知見も集めてきた。

・食事に出かけた時、グループの中で最初にオーダーする人が一番食べ物を美味しく感じる。
・2人で食事をする時は1人の時よりも35%多く食べ物を食べる。これが4人の場合は75%にまで増える。

ここまで言われると、「食べ物は味がすべて」というわけではないことがよく分かる。ならば巷でよく聞く「見た目は悪いけど味は良い」というのは、ただのお情けから出た言葉なのだろうか。

そして最近よく見かける「フォトジェニック」な食べ物は、巧妙に的を射ているようにも思える。我が家でも近々、フォトジェニックにスーパーのお刺身を並べて、波の音でも流しながら食べることにしようか。

(五十嵐 杏南 : サイエンスライター)