今期の連続ドラマでそれぞれ主演を務めるムロツヨシさんと木南晴夏さんの魅力とは(写真:「勇者ヨシヒコ完全図鑑」HPより)

今期の連続ドラマでそれぞれ主演を務めるムロツヨシと木南晴夏。この2人には共通点がある。それは、かつて『勇者ヨシヒコ』シリーズで共演していたということだ。山田孝之の主演で深夜に放送され、ファンも多いこのシリーズにはいまも私たちを惹きつける独特の魅力がある。それがどのようなものなのか、ここで改めて探ってみたい。(敬称略)

今期ドラマ主演で光るムロツヨシと木南晴夏

ムロツヨシは、現在『うちの弁護士は手がかかる』(フジテレビ系)で主演を務める。エリート新人弁護士とコンビを組む元芸能事務所マネージャーのパラリーガルという役どころだ。我が道を行く弁護士役の平手友梨奈とそれに振り回されるムロというバディの対照の妙が面白い。いつもながら、ムロはとぼけた表情とシリアスな表情の転換が絶妙の演技を見せてくれている。


(写真:「うちの弁護士は手がかかる」HPより)

そのふり幅は、今年のNHK大河ドラマ『どうする家康』の豊臣秀吉役でも際立っていた。家臣相手にも偉ぶることなく自らおどけてもてなすかと思えば、裏では怖いほど醒めた冷徹な姿を見せる。天下人の傲慢さと孤独を同時に表現しなければならない大役を印象的に演じ切った。

一方、木南晴夏は、『セクシー田中さん』(日本テレビ系)に主演。これがゴールデンプライム帯の連続ドラマ初主演となる。

木南が演じるのは、会社ではまったく地味で目立たず、周囲から変人と思われている経理部のOLの田中さん。ところが彼女には別の顔があり、夜はベリーダンスの踊り手としてステージに立っていた。そしてそれを偶然知った会社の後輩(生見愛瑠)がその姿に感動し、年齢差を超えた友情が生まれる。


(写真:「セクシー田中さん」HPより)

最近では『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系、2023年放送)など、これまでの木南晴夏はどちらかと言えば作品の良きアクセントとなるバイプレーヤーの印象が強かった。

だがそこで長年培ってきた演技の蓄積が、この『セクシー田中さん』で花開いた感がある。コミュニケーション下手で無表情に見える田中さんの感情の機微、隠された可愛らしさを繊細に表現して惹きつけられる。

斬新だった『勇者ヨシヒコ』シリーズ

今期演技面で光るこの2人をみて思い出すのは、やはり『勇者ヨシヒコ』シリーズ(テレビ東京系)だ。

深夜に放送され、第1シリーズの放送からはすでに10数年が経つが、いまだに忘れがたいひとも少なくないのではなかろうか。それ以前からキャリアを積んでいたムロツヨシと木南晴夏も、このドラマがきっかけで多くの視聴者に注目される存在になったように思う。

『勇者ヨシヒコ』シリーズは、2011年から2016年にかけて放送された。

主演は山田孝之。その時点で山田も『世界の中心で、愛をさけぶ』(TBSテレビ系、2004年放送)や『白夜行』(TBSテレビ系、2006年放送)などですでに注目されていたが、この作品の前後から変幻自在に役柄をこなす「カメレオン俳優」と呼ばれ、加えて本人の個性的なキャラクターにも注目が集まるようになった。その意味では、出世作と言っていい。

ドラマ自体もユニークだった。物語の舞台は、あのロールプレイングゲームの名作「ドラゴンクエスト」、いわゆる「ドラクエ」の世界。

山田孝之演じるヨシヒコは勇者で、その仲間としてムロツヨシ演じる賢者のメレブ、木南晴夏演じる魔法使い(登場時は村の娘)のムラサキ、そして宅麻伸演じる戦士のダンジョーが加わる。この4人のパーティが、ラスボスの魔王を倒す旅に出かけるという設定だ。

ただ、その描き方には一ひねりも二ひねりも加えられている。何と言っても脚本・監督は、『今日から俺は!!』(日本テレビ系、2018年放送)など多くのコメディで知られる福田雄一である。一筋縄で行くはずがない。

たとえば、ドラクエ好きの心をくすぐるこんな場面があった。ヨシヒコたちが、見知らぬ民家に入っていく。なぜか縦一列に並んだ隊形だ。そして無言でその家のタンスを勝手に開けたり、ツボを割ったりする。住人は驚き、「人の家でなんてことするんだ」と怒り始める。

ドラクエをプレイしたことのあるひとならもうおわかりだろう。ドラクエの世界では、メダルやアイテムを手に入れるために他人の建物のなかに入り込んでまったく同じことをする。ただゲームのなかでは、その犯罪行為(?)を誰もとがめない。では、それを現実でやったら? というパロディである。

今でこそ登場人物がゲームの世界に入り込むという設定はよくあるが、当時はとても斬新だった。それまで似た設定がまったくなかったわけではないが、それをネタとして昇華させたところに独自のものがあった。

しかし、ドラクエには感動もある。とりわけ、長い旅を経てのラスボスとのバトルの場面などは最たるものだろう。

『勇者ヨシヒコ』シリーズも、その点はよく心得ている。途中の小さな闘いはモンスターがチープな張りぼてだったり紙芝居で済ましたりするなどネタに走るところもあるが、ラスボスとの闘いではCGを駆使し大物声優を起用するなど本格的な演出が施されていた。他の場面とのふり幅もあってワクワク感も生まれ、思わず感動してしまう。

『勇者ヨシヒコ』シリーズが、いまも私たちの心をとらえ続けているひとつの理由は、このようにゲームという共通体験を笑いながら感動もできるドラマにしてくれたパイオニア的存在だったところにあるに違いない。

楽しさを支えていた俳優たちの演技力

一方でその楽しさを支えていたのは、ドラマのコンセプトを理解したうえでの俳優たちの確かな演技力だった。『勇者ヨシヒコ』シリーズは、キャラクターとその掛け合いの面白さももうひとつの魅力だった。

まず主役の山田孝之のキャラクターが秀逸だった。勇者というヒーロー的役柄でありながら、天然ボケで突拍子もない行動に出たりもする。魔法にかかりやすく、効きすぎて大変なことになることも。最近では『どうする家康』の服部半蔵役でもそうだったが、シリアスに見えて実はクセの強い役を自分のものにするうまさはこの頃から変わらない。

ベテラン二枚目俳優の宅麻伸も負けていない。他のドラマではいまや渋い役柄を演じる重鎮だが、ダンジョーの場合は、漢気あふれる戦士ではあるものの美女を前にすると突然だらしなくなり、「俺は『たくましいんだ』」などと自分の名前に引っ掛けたおやじギャグで口説き始めるユーモアあふれる演技を見せてくれた。

突如空中に巨大な姿を現し、旅のお告げを伝える仏役の佐藤二朗も、このドラマで知名度を上げたひとりだろう。

仏のはずなのに、お告げの内容はかなり適当でヨシヒコたちにも信用されていない。それでもまったくめげる様子もなく早口かつアドリブでまくしたてるので、しまいにはウザがられてしまう。さらに不倫していたことがバレてしまうなど一見散々な役柄だが、逆にそこがクセになる部分もあって爪痕を残した。

そして夫婦漫才のような丁々発止の掛け合いを繰り広げたのが、ムロツヨシ演じるメレブと木南晴夏演じるムラサキである。

メレブが使う魔法は、相手の着ている服を臭くする「ナマガワー」などほとんどが戦闘の役に立たない。そしてその実験台にされることが多いのがムラサキである。彼女にとってはいい迷惑なので、メレブに対しては自然に当たりが強くなる。メレブも黙ってはおらず、なにかと口撃する。そこで掛け合いが生まれるわけである。

たとえば、ムラサキは貧乳がコンプレックスという設定。それをメレブが「ムネタイラさん」などとネタにする。するとムラサキはすかさずキレながらツッコむ。

コンプライアンスへの意識が高まった現在だともはや難しいネタかもしれないが、当時は深夜の放送でもあり、かなり自由にできたところがあった。結局こうした突き抜けたコメディ路線がひとつの原動力になり、テレビ東京は深夜ドラマの一時代を築くことになる。

「真顔」の演技のDNA

演出もあってのことだろうが、『勇者ヨシヒコ』シリーズのヨシヒコをはじめとした面々には、共通して「真顔」の面白さがある。真面目な顔でとんでもないことを言ったり、冷静にツッコんだり、毒舌になったり。

体の動きも大げさにするとか、いかにもコミカルにギャグっぽく振る舞うわけでもない。だがだからこそ面白い。いわば全員が、「真顔」の演技の達人である。

作風は異なるが、『うちの弁護士は手がかかる』のムロツヨシの演技にも、また『セクシー田中さん』の木南晴夏の演技にも、「真顔」の表現力がより豊かになっているのが感じられる。『勇者ヨシヒコ』シリーズのDNAは健在だ。

(太田 省一 : 社会学者、文筆家)