薬局が陥るさまざまな課題。どう解決できるのでしょうか(写真: IYO / PIXTA)

感染症の流行が薬不足に拍車をかけています。季節性インフルエンザの流行拡大と、まだ終息していない新型コロナウイルス感染症、そしてアデノウイルスによる呼吸器感染症や咽頭結膜熱(プール熱)の患者が急増しています。

このため、せき止め薬やたん出し薬の需要が高まり、全国の薬局で欠品が続いています。実際に調剤薬局で「処方薬がすぐに用意できない」と言われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

長く続く薬の欠品問題の背景と、その解決策として注目されている医療デジタルトランスフォーメーション(医療DX)の重要性について解説します。

薬不足はなぜ起こったか

「薬が足りない」――。薬局で処方薬を求めようとしても、いつもの薬がすぐには手に入らない。そんな異常事態とも呼べる薬の供給不足が全国各地で起こっています。

事の発端は、2020年に後発薬メーカーの小林化工株式会社で起こった品質不正です。爪水虫などの治療薬に睡眠導入剤の成分が混入し、服用した人が意識を失うなど重い健康被害が発生しました。こうした後発薬メーカーによる不祥事やトラブルは小林化工1社だけにとどまらず、業界全体で業務停止命令や改善指導が相次ぎました。

すると、不祥事を起こしていない製薬会社に薬の生産注文が殺到するわけですが、これらすべての増産に対応することは難しく、多くの薬で出荷が制限されるようになりました。この出荷制限は現在も解消せず、全国的な薬不足を生み出しています。そうした最中で、冒頭で挙げた感染症の流行が薬不足に拍車をかけました。

薬不足が後発薬メーカーの不祥事によって始まったことは確かですが、増産に対応できないほどメーカーの体力が乏しい理由についても注目してみましょう。国の方針と製薬業界の構造がこの事態を生んだと筆者は考えています。

厚生労働省が発表した「保険者別の後発医薬品の使用割合(令和5年3月診療分)」によると、日本では後発薬(ジェネリック医薬品)の使用割合が80.89%にまで達しています。この拡大には、医療費抑制を目的とした、政府による強い後押しがありました。

後発薬はすでに研究開発が終わった先発薬を後追いで作るため、医療用医薬品の価格である薬価は先発薬より低く設定されます。

政府は安価な後発薬を普及させるために、後発薬を一定割合以上処方する病院や薬局に対して診療報酬を加算するなどの措置を採ってきました。メーカーに対しても供給体制の拡充を求め、日本の後発品普及率は向上しました。

海外製薬会社の動向にも影響

問題は、後発薬の薬価が、毎年引き下げられる改定がされるところにあります。年々薬価が下がってしまうことで、後発薬メーカーの利幅は大きく減り、薬をいくら作っても儲からず、むしろ赤字が続く状況に追い込まれるわけです。

収益性が上がらなければ、生産能力も上がりません。高い品質を維持することも難しいでしょう。採算が見込めない薬の増産に後発薬メーカーが及び腰になるのもうなずけます。

そして日本の薬価の低さは、海外の大手製薬会社の動向にも影響を与えます。「日本は利益を期待できない、魅力が薄い市場」と判断され、新しい薬を投入する優先度が下げられ、薬不足につながっています。

もちろん、増大する医療費を抑制することも大切ですが、薬の安定供給を前提とした薬価制度の見直しも求められているのではないでしょうか。

薬不足の問題に加えて、医療業界で大きな課題になっているのが「人材不足」です。近い将来、医療現場と国民の生命に深刻な影響を及ぼすと考えられています。

近年、「2025年問題」や「2040年問題」といった言葉を耳にする機会が増えました。これらは、超高齢化社会で生じるあらゆる問題のことを指します。

医療や介護の側面でみると、高齢者が増えてニーズが高まる一方で、労働力不足がますます深刻化する恐れがあります。そのため、今のうちにさまざまな手を打っておく必要があります。

2023年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針 2023」においては、「持続可能な社会保障制度の構築」として、2025年問題と2040年問題を見据えた医療・介護サービスの改革が盛り込まれています。

この改革の基本方針によると、今後の超高齢化社会で、高い品質の医療・介護サービスを安定して提供するには、労働力の確保と効率化、そしてデジタル技術の導入が必要であると定めています。この改革の柱となるのが、医療DXです。

医療DXの具体的な方向性

デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、デジタル技術の導入によって社会や生活、ビジネスのスタイルそのものを変革することを意味します。では、医療DXとはどういうものなのでしょうか。

厚生労働省がまとめた第1回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チームの資料によると、医療DXとは、保険・医療・介護のすべてにおいて、デジタル技術を用いて業務効率化を進め、より良質な医療やケアを国民が受けられるようにすることを指します。医療DXは「全国医療情報プラットフォーム」「電子カルテ情報の標準化」「診療報酬改定DX」を3つの骨格として、ロードマップを作成しています。

医療DXの推進に関する工程表〔全体像〕では、2023年に大きな話題となったマイナンバーカードと健康保険証の一体化についても明記されており、保険・医療・介護の包括的な改革がすでに始まっていることがうかがえます。

医療DXが普及すると、患者さん自らが、自分の医療情報についてマイナポータル上で確認できます。病院での診療情報の履歴や、薬局で処方された薬剤の情報を素早く簡単に閲覧でき、自分自身の健康管理に活かせるようになっています。

スマートフォンやPC上で自分の医療情報を気軽に管理できるようになると、健康への意識はおのずと上がっていくものです。

新型コロナウイルス感染症の流行で「手を洗うこと」などの日々の生活で行える感染予防に改めて注目が集まったように、病気を防いで健康を守る方法は、私たちの生活のなかにもたくさん存在しています。

健康意識が高まると、薬の需要も抑えられる

健康への意識が高まって、病気になる確率が下がれば、治療や薬の需要も抑えられるわけですから、長い目で見ると、医療DXは薬不足のリスクを下げることにつながるでしょう。

また、患者さんと医療従事者とのコミュニケーションもスムーズになるはずです。入退院や救急搬送時に「いつ、どの病院で治療を受け、どの薬局でどんな薬を処方されたか」や「どんなアレルギーがあり、どのような薬が禁忌であるか」などのデータを素早く共有できれば、より効果的な治療計画を策定できます。

医療DXが普及することで、個人の病気の予防と健康づくりに貢献し、ひいては薬局の薬不足解決の一助となることが期待されます。

(新上 幸二 : アクシス取締役)