シダックスの子会社化に踏み切るオイシックス・ラ・大地の郄島宏平社長。同社として過去最大の買収で、「武者震いを覚える」と言う(撮影:今井康一)

2023年11月、給食事業などを展開するシダックスがMBO(経営陣による買収)を行うと発表した。創業者で取締役最高顧問の志太勤氏が代表取締役を務める、志太ホールディングス(HD)が2023年12月25日までTOB(株式公開買付)を行い、スクイーズアウト(強制買取)に必要な3分の2超の取得を目指す。TOB価格は1株800円。

約28%を保有する筆頭株主、オイシックス・ラ・大地も応募する。TOB終了後、オイシックスは志太HDに66%出資、間接的にシダックスを子会社化する予定だ。

オイシックスは昨年、混乱の末、日系投資ファンドのユニゾン・キャピタルからシダックスの株式を取得した経緯がある(詳細についてはシダックスTOB、混乱を収束させた「直接交渉」を参照)。そのわずか1年後、オイシックスはシダックスの創業家と共同で同社を非公開化、子会社化に踏み切った。

オイシックスの郄島宏平社長に買収の狙いやスキームの妥当性について聞いた。

――昨年のTOBから約1年でシダックスの子会社化を発表しました。子会社化の狙いについて改めて教えてください。

昨年のTOB以前から私とシダックスの志太勤一社長との間で、現場同士で「もっと協力できる部分がある」というコミュニケーションをしていた。そして私がシダックスの社外取締役に就任した今年1月以降、より具体的な協業のアイデアが浮かんできている。

オペレーション面の共通点が多い

シダックスに限らず給食業界の環境は、人手不足と原材料高騰で非常に厳しい。われわれが展開してきたミールキット事業はそのソリューションになれる。給食の食材をミールキット化することで、調理にかかる時間や人を節約することができるからだ。

当社の食材は市場からではなく、生産者から直接調達しており、農薬不使用の野菜など付加価値も高い。そのため、食材費の削減と価値向上の両面を追求できる。昨年以降、こういった分野を中心にシダックスとの協業を模索しており、実験の成果も着実に出てきている。

ただ、こうした実験はデイリーでPDCA(仮説・検証)を回すことが不可欠だ。例えば、導入した保育園で園児の完食率が下がるといったことがあれば、食材の保存状態や加工具合、製造工場の変更など細かな調整をしなければならない。オイシックス側の工場で行っていた加工を、給食製造の現場で行うということもあるだろう。こういった2社間の取引形態の変更がある度に、双方の会社の決議を待つ、というのは非常に時間がかかる。

今夏、広島に本社を置くホーユーの破産による学校給食の停止が全国的なニュースになったように、業界の経営環境は激変している。スピードが重要だというシダックス創業家との共通認識のもと、今回の結論に至った。

当社としても「オンラインのto C(消費者向け)サービス」から事業領域を広げたいと常々思っていた。特にサブスクのto B(法人向け)フード事業、すなわち給食は「毎日『同じ』顧客に『違う』商品を提供し続ける」という点で、既存のサブスク事業とオペレーション面の共通点が多い。給食事業への参入は、3〜4年前から検討していた。

――昨年10月下旬完了のTOBでシダックス株の28%を取得、今年1月に郄島さんがシダックスの社外取締役に就任、そして今年6月上旬に今回のスキームの検討が始まっています。このスケジュールを考えると、最初のTOBからすべて「子会社化ありき」で進んできたようにも感じます。

私たちだけが狙ってできるものではない。私は20年以上、創業家と個人的なお付き合いがあるが、それは勤一社長との関係だ。(勤一氏の父親であり)創業者の志太勤氏としっかりコミュニケーションをとれるようになったのは昨年から。さまざまな協業パターンを議論し、子会社化についてお互いの合意が得られたのが、今回のタイミングだったということだ。

車両運行事業も「ぜひ挑戦したい」

――シダックスはフード事業以外にも、車両運行事業のように既存のオイシックスの事業とシナジーが薄い事業も展開しています。給食事業だけの買収も選択肢にあったのでしょうか。

結婚と同じで、こっちの希望だけ通す、ということはできない。一方で、私がシダックスの社外取締役となる中で、その他の事業に対しても理解が深まったという面はある。

シダックスは給食事業のほかに、ヒューマンサービスと車両運行を持つ。地方自治体からの受託事業である前者はとても魅力的に感じており、特に学童保育は全国で1000カ所以上受託している業界トップだ。この分野での協業の検討も積極的に進めている。例えば、給食のない長期休暇中、学童の子どもたちに昼食、しかもオイシックスの安全な食材を使用したお弁当を提供する、といったことだ。この冬休みから一部の受託施設で実験を予定している。

確かに車両運行事業は、われわれの領域から最も遠い分野で、あまり検討は進んでいない。しかし今、ライドシェア解禁に向けて議論が進んでいる。都心部や観光地などはいろいろな議論がなされているが、地方の担い手はなかなか見当たらず、シダックス以外ないと思っている。こういう「変化の時」というのは、経営者としての血がたぎる。ぜひ挑戦したい。

――今回のTOB価格800円は、TOB公表前日の株価に対して約10%のプレミアムしか加算されていません。他のMBO案件と比べて、かなり割安ではありませんか。

安く買えた、という感覚はまったくない。水面下で交渉している間に、株価がじわじわ上がってしまい、当初想定よりかなり背伸びした金額になった。志太HDはMBOの資金を銀行から調達するため、今後はグループとしてそれを返済する負担も生じる。

今までのM&AはB to C、つまり自分たちがよく分かっている事業の買収ばかりだった。一方、シダックスはto Bのビジネス。業態を広げるために、過去にない最大規模の投資をしていく。絶対にこのチャンスを生かさないといけない、というむしろ武者震い的な感覚に近い。

――では今後、M&Aは控えめになる?

大規模なものは当面やらないと思う。ただ特にto Bに関しては、事業価値を高めていくための、いわば石と石の間を埋める小石のような機能的な分野への投資は継続していく。

シダックスのガバナンスはクリアできている

――引き続き創業家はシダックス株の34%を握り、勤一氏が社長を担います。昨年のTOBを巡る混乱は、創業家の利益相反問題が根底にありました。シダックスのガバナンスは改善したといえるのでしょうか。

ガバナンスの問題はクリアできていると思っている。というより、昨年の時点でその問題はなかったという認識だ。創業家のガバナンスの問題は過去にはあったのかもしれないが、そこはユニゾンさんが相当尽力し、好き勝手できない仕組みが作り上げられていた。


たかしま・こうへい/1973年生まれ。東京大学大学院修了後、98年にマッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社に入社。2000年にオイシックス(現オイシックス・ラ・大地)を設立し、代表取締役社長に就任。23年1月からはシダックスの社外取締役も兼ねる。24年に子会社化後、シダックス代表取締役副社長に就任予定(撮影:今井康一)

ただそれとは別の問題があったのは事実だ。昨年は一時的に私たちのTOBの提案に反対意見が出されるなど、シダックスの取締役会が創業家とそれ以外のグループに分かれてしまっていた。現在の取締役会は一枚岩になっており、そういう意味でガバナンスは改善したと考えている。

――反対意見が出る環境こそガバナンスが利いているとも言えます。

それはその通り。多様性があることは大前提だ。一方で、多様性があっても意思決定ができないことをガバナンスだとは思わない。意思決定をすることまでが重要である。現状もシダックスの取締役会は多様な意見が担保されていると思っている。

――今回のスキーム開示後、証券会社がシダックスの株式を一時大量保有しました(その後売却)。株価もTOB価格をわずかに上回って推移しています。

ここは私も正直、疑問に思っている。この件では昨年以降、いろんなことが起きた。TOB終了まで油断はしていない。

(冨永 望 : 東洋経済 記者)