AIをめぐる規制は各国でばらつきがある(イラスト:Hokyoung Kim/The New York Times)

2021年4月、人工知能(AI)を規制するために作成された125ページに及ぶ法律案を提出したヨーロッパ連合(EU)の首脳たちは、それがAI規制の世界的モデルになると自賛した。

ヨーロッパ議会の議員たちは、他国ではAIが議題にすら上らなかった頃から、3年にわたって何千人という専門家の見解を聴取。その結果、「将来も時代遅れになることのない」「画期的な」政策が生まれたと、27カ国から成るEUでデジタル政策を統括するマルグレーテ・ベステアー氏は断言した。

その後、ChatGPTが登場した。

ChatGPTに出し抜かれた規制案

プロンプトに対して独自の回答を生成することで昨年話題をさらった、この不気味なほど人間的なチャットボットは、EUの政策立案者たちに不意打ちを食らわせた。

EUの法案ではChatGPTを動作させている種類のAIに対する言及がなく、政策議論の主要な焦点とはなっていなかった。議員やその補佐官たちは、このギャップに対処するため盛んに電話やメールで連絡を取り合った。その一方で、テック企業の幹部たちは、過度に厳しい規制はヨーロッパを経済的に不利な立場に追いやる可能性があると警告した。

EUの議員たちは今なお、何をすべきかをめぐって議論を続けており、AI規制法案は危機に瀕している。「私たちはこれからも、つねにテクノロジーのスピードに後れをとり続けるだろう」と、AI法案の作成に携わったヨーロッパ議会のスヴェーニャ・ハーン議員は言う。

EU、アメリカ、その他の国々の議員や規制当局は、AIを規制する戦いに敗れつつある。この強力なテクノロジーが仕事を自動化して人々から雇用を奪い、偽情報の拡散を加速させ、最終的には独自の知性のようなものを発展させるのではないかという懸念が高まるなか、各地の規制当局は大急ぎで後れを取り戻そうとしている。

各国はAIの潜在的な危険性に対処するべく迅速に動いてきたが、ヨーロッパ当局はテクノロジーの進化に不意を突かれることとなった。アメリカの議員たちは、AIの仕組みをほとんど理解していないことを大っぴらに認めている。

各国の対応はバラバラなものとなっている

その結果がまとまりのない対応だ。ジョー・バイデン大統領は10月、AIが国家安全保障にもたらす影響に関する大統領令を発出、議員たちは対策があるとすれば、どのような法案を成立させるべきか議論している。

日本はAIについて法的拘束力のないガイドラインを策定中だが、中国は特定のAIに制限を課した。イギリスは、既存の法律で十分にこのテクノロジーを規制できるというスタンス。サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)は、AI研究に国費を注ぎ込んでいる。

このように各国の対応がバラバラなものとなっているのは、当局と技術の間に根本的な差があるためだ。AIシステムがあまりに急速かつ予測不能に進歩しているため、議員や規制当局がそのペースに追いつけていないのである。

両者のギャップは、AIに関する政府の知識不足、複雑に入り組んだ官僚制度、さらに規制が多くなりすぎるとAIがもたらすメリットを不用意に制限することになりかねないという懸念によって、一段と深刻化している。

テクノロジー規制におそらく世界で最も積極的なヨーロッパでさえ、AIは政策担当者たちを混乱させている。

EUは、最新AIシステムの開発企業の扱いをめぐって議論が割れている状況でも「AI法」の立法を推し進めてきた。最終合意案では、リスクの高い使用を制限する措置や、土台となっているシステムが機能する仕組みについて透明性要件が設けられる可能性がある。

しかし、法案が可決されたとしても最低18カ月間は施行されない見込みであり、その間にAIが新たな劇的進化を遂げる可能性は十分に考えられる。法律がどのように施行されるかも不透明だ。

「このテクノロジーを規制できるかどうかについては、まだ結論が出ていない」。ブリュッセルにあるシンクタンク「ヨーロッパ政策研究センター」の上級研究員アンドレア・レンダは、「このEUの法案は、前時代的なものに終わるおそれがある」と指摘する。

当の開発者もAIの潜在力を理解できていない

こうしたルール不在は、AI企業に空白をもたらした。グーグル、メタ、マイクロソフト、ChatGPTの開発企業オープンAIが、先進的なAIシステムを開発し、そこから利益を得ようと競い合うなか、そうした企業の行動を縛るものは自主規制しかない状態が続いている。

開発を加速させる自由をもたらす拘束力のない行動規範を望む多くの企業は、提起されている規制をより緩いものにしようとロビー活動を展開。自身に有利な条件を引き出そうと、各国の政府を互いに競い合わせている。

当局者の間では、各国政府は団結した行動を早急に起こさないと、AI開発企業とその技術革新からさらに取り残されてしまうおそれがあると警告する声がある。

「そうしたシステムの開発者ですら、誰一人として、何ができるようになるのかわかっていない」。11月に28カ国が参加したAI安全サミットを主催したイギリスでリシ・スナク首相の顧問を務めるマット・クリフォードは、「リスクに対処し、リスクを軽減する能力が政府にあるのかというリアルな問題の存在が、事態の緊急性を生み出している」と語る。

AIスタートアップ企業アンソロピックの創業者ジャック・クラークは、何年も前からワシントンを訪れ、議員たちにAIに関するレクチャーを行ってきたが、ほとんどの場合、姿を見せるのは数人の議会補佐官だけだった。

ところが、ChatGPTが話題になると、レクチャーは議員や補佐官でいっぱいになり、誰もがクラークのAI短期集中講座に参加し、ルール作りに関する意見を聞こうと大騒ぎになった。

技術的な専門知識に欠ける議員たちは、AIの仕組みに関する説明を受け、ルール作りを助けてもらうため、アンソロピックやマイクロソフト、オープンAI、グーグルといったAI開発企業にますます頼るようになっている。

AI規制を封じたアルトマンの「世界ツアー」

テック企業は、有利な立場をがっちりとつかみ取った。ロビー活動に関する開示情報によると、今年上半期には、マイクロソフトとグーグルに所属する合計169人のロビイストの多くが、議員や政府関係者と面会してAI立法に関する議論を行った。オープンAIは同社初のロビイストを3人登録。ある技術系ロビー活動団体は今年、AIの恩恵を宣伝する2500万ドル規模のキャンペーン計画を発表した。

それと同時期にオープンAIのサム・アルトマンCEOは、前下院議長のケビン・マッカーシー氏(共和党・カリフォルニア州選出)や与党・民主党上院トップのチャック・シューマー氏(ニューヨーク州選出)を含む100人以上の議員と面会。5月に議会で証言した後、アルトマンは世界17都市を巡るツアーに乗り出し、各国の首脳たちと会談した。

ワシントンでは、AIをめぐって慌ただしい活動が繰り広げられてきたが、その成果を示す法律はまだ1つもできていない。

マイクロソフトのブラッド・スミス社長によると、5月にホワイトハウスでAIに関する会議が行われた後、マイクロソフト、オープンAI、グーグル、アンソロピックの首脳たちに対し、それぞれのシステムをより安全にする自主規制を策定するようにという要請が出された。

ホワイトハウスはその2カ月後、この4社がAIの安全性に関する自主的なコミットメントに合意したことを発表した。そこには第三者監督機関を通じて自社システムをテストすることなどが含まれるが、それらはすでにほとんどの企業が行っていることにすぎなかった。

5月にはEUのベステアー氏、アメリカのジーナ・レモンド商務長官、アメリカのアントニー・ブリンケン国務長官がスウェーデンのルーレオで会談し、デジタル政策での協力について話し合った。

「他国の緩い規制はあなたにも影響を及ぼす」

2日間にわたる協議の後、ベステアー氏は、ヨーロッパとアメリカがAIのリスクを予防するための共通の行動規範を「数週間以内に」公表すると発表した。ベステアー氏はこれを「負けが許されないレースにおける大きな一歩」と呼び、ブリュッセルにいる同僚たちにメッセージを送って、自身がこの協定についてソーシャルメディアにアップした投稿をシェアするよう頼んだ。

それから数カ月経っても共通の行動規範は発表されず、代わりにアメリカは独自のAIガイドラインを発表した。

AIに関する国際的な協力はまるで進んでいないのが現状だ。各国は経済競争と地政学的不信感から抜け出せずにおり、AIという国境のないテクノロジーに対して多くの国々は独自のルールを定めようとしている。

しかし、「他国の緩い規制はあなたにも影響を及ぼす」とインドのラジーブ・チャンドラセカール技術相は言い、アメリカのソーシャルメディア企業をめぐるルールの欠如が世界的な偽情報の波につながったと指摘した。

「こうしたテクノロジーの影響を受ける国々のほとんどは、政策を決める議論の場に参加できたことはなかった」とチャンドラセカール氏は言う。「AIは(これまでのテクノロジーよりも)管理するのが何倍も難しくなるだろう」。

(執筆:Adam Satariano記者、Cecilia Kang記者)
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