ミネベアミツミはパワー半導体などを含めたアナログ半導体を成長ドライバーとして位置づける(撮影:今井康一)

EV(電気自動車)だけでなく、巨大化する世界の電力市場のニッチ分野で競争力のあるメーカーを目指す――。

そう高らかに宣言したのは、精密部品の大手ミネベアミツミの貝沼由久・会長兼CEOだ。M&A(合併・買収)巧者として知られる貝沼氏が、2023年11月の中間決算説明会で発表したのは、パワー半導体メーカー買収の決定だった。

買収するのは日立製作所の子会社「日立パワーデバイス」。買収金額は非公表だが、約400億円とみられる。パワー半導体は、電力の変換や制御などを担い自動車や家電、産業機器などで幅広く用いられている。

ミネベアミツミは2017年、旧ミネベアと旧ミツミ電機が経営統合して誕生した。ミツミ電機が展開していたアナログ半導体事業は当時、約200億円の売上高だった。その後M&Aを繰り返し、現在は800億円規模に成長している。さらに今回の買収で「1000億円を超える」(貝沼氏)という。

主に電池や電源、センサーの領域で存在感を示してきたところに、パワー半導体という「第4の柱」が加わる形だ。さらなる買収を含め、2030年度には売上高3000億円まで伸ばすことを目標としている。

実は売却候補だった半導体事業

拡大を続ける一方、「ミツミ電機と統合した当初、半導体事業は売却候補だった」と、貝沼氏は決算説明会の場で明かした。それを覆した背景には、ある男の熱意があった。

その男とは、同社の矢野功次・常務執行役員(61)だ。半導体事業部長を兼任し、関連するM&Aを立案。統合後の急成長を牽引してきた立役者でもある。

2017年の2社統合の際、両社の幹部が集まり、泊まり込みで今後の経営について話し合う「マネジメント合宿」が2回開かれた。矢野氏は当時、ミツミ電機側の半導体部門の責任者だった。

関東近郊のホテルで、矢野氏はミネベア社長だった貝沼氏と向き合い、アナログ半導体事業の必要性を訴えるプレゼンに臨んだ。

実はミネベアには半導体に苦い思い出があった。1980年代にデジタル半導体の製造に参入したが、技術革新のスピードについて行けず、事業を他社へ譲渡していたのだ。

その過去を知っていた矢野氏は、「とにかくデジタルとアナログの違いを理解してもらおうと必死だった」と振り返る。

「半導体」と聞いて一般的にイメージされるのは、CPU(中央演算処理装置)やメモリーなど計算や記憶をつかさどるデジタル半導体だろう。回路の微細化が進み、最先端の設備がなければ作れないため、莫大な額の投資が必要になる。

ピリリと辛い山椒のような存在感

一方、アナログ半導体は、音や光などの数値化されていない情報をデジタル信号に変換する役割を担う。人間の機能にたとえると、デジタル半導体は脳、アナログ半導体は視角や触覚などに該当する。製造方法も異なり、アナログ半導体で最終的な性能の優劣を決めるのは、技術者の腕だという。


ミネベアミツミの矢野功次・常務執行役員はもともと半導体設計の技術者だ(写真:ミネベアミツミ)

「簡単に言うと、デジタル半導体は、小さなレゴブロックを並べたり積んだりして作るイメージ。アナログ半導体は、さまざまな形状の電子部品を少しずつすり合わせ、1つに形成していく」(矢野氏)

つまり、アナログ半導体は職人芸で勝負できる分野なのだ。この点、矢野氏には確かな自信と自負があった。こう貝沼氏を口説いたという。

「ミツミ電機には、すごい技術力があります。たとえ小粒だとしても、ピリリと辛い山椒のように、ニッチ分野では必ず存在感を示せます。大海ではなく、湖でいちばん大きな魚を目指しましょう」

矢野氏はもともと、半導体設計の技術者だ。1985年に日立の半導体子会社「日立北海セミコンダクタ」へ入社。当初はデジタル半導体を手がけたが、転機となったのは2004年だった。ミツミ電機が北海道千歳市の事業所を譲り受け、矢野氏も移籍。そこでアナログ半導体と出会った。

「ものすごい額の投資をしなくても、知恵と匠の技があれば生き残れる。製造する過程も面白い。部品同士が調和し、ピタッとハマって優れた物を作れた時は、本当に気持ちいい」(矢野氏)

そんな魅力に取り憑かれた男の言葉が、貝沼氏の心を動かした。貝沼氏は「アナログ半導体事業は売却候補だったが、旧ミツミ電機から素晴らしいプレゼンがあり、逆にしっかり取り組もうとなった」と振り返っている。

アナログ半導体でも買収を駆使

事業の継続が決まり、最初に設定された目標は売上高500億円。当時の規模から倍以上の数字だ。矢野氏はまず、得意のニッチ分野をさらに磨き上げる戦略をとった。2020年にアナログ半導体の国内メーカー、エイブリックを買収したのだ。

狙いの一つは、スマートフォンなどで広く使われるリチウムイオン電池保護ICの強化だった。バッテリーの劣化を防ぐための部品で当時のシェアは、ミネベアミツミが約4割と世界1位、エイブリックは約3割で同2位。買収後は約8割の世界シェアを誇り、確固たる地位を築くことに成功した。

次なる目標は売上高1000億円。これを達成するためには生産能力の増大が不可欠と考えて2021年、滋賀県にあるオムロンのアナログ半導体工場を買収。2022年には千歳事業所を含めてパワー半導体の生産能力を3倍に増強した。

さらに貝沼氏は今年、半導体の生産能力を2〜3年のうちに倍増するとメディアの取材に公言している。

まだまだ成長の歩みは止めない。2030年度の売上高3000億円と新たな目標を設定し、これまでと比べてもグッと高い山を登り始めた。今回の日立パワーデバイスの買収は、実現のための一手となる。

もともと、日立パワーデバイスはミネベアミツミと深い縁があった。ミツミ電機の流れをくむ千歳事業所は、矢野氏が最初に所属した日立子会社から歴史が始まっている。言うならば、両者は親戚同士のようなものだ。昔から人的交流も活発だったという。

こうした背景もあり、ミネベアミツミは日立側からパワー半導体の製造を受託していた。技術導入も受け、それを基に設計したチップを販売するビジネスを展開。一方、半導体デバイスとして完成させる後工程の能力は有していなかったため、最終製品のメーカーとの直接取引は難しかった。

そこに日立パワーデバイスのモジュール技術が加わり、パワー半導体においても、設計から後工程までをカバーする垂直統合型の体制が整う。

顧客が広がり先端技術も取り込める

矢野氏はその意義を「商売の相手がグッと広がる。さらに、ミネベアミツミが持つ電源やモーターなど、ほかの主力製品と掛け合わせて新たな価値を生み出せる可能性もある」と強調する。

日立側の先端技術を取り込めることも利点だ。「サイドゲート」と呼ばれる独自技術では、主に高電圧下で使われるIGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)を3割ほど小型化できる。シリコンに代わる次世代の半導体材料、炭化ケイ素(SiC)の扱いにも長けている。


ミネベアミツミの貝沼由久会長CEO。日本とアメリカの弁護士資格を持つ点でも異色(撮影:今井康一)

市場調査会社の富士経済によると、2035年にパワー半導体の世界市場は約13兆円に達し、2022年と比べて約5倍に。EVが牽引役として期待される中で、ミネベアミツミが狙うのは、やはりニッチ分野だ。貝沼氏は先の決算説明会でこう語った。

「ターゲットのいちばんは(鉄道などの)輸送機器、(太陽光発電などの)パワーグリッド。自動車が『ど真ん中』というわけではない。われわれは、大きな市場に大量供給していくことを考えていない」

日立パワーデバイスとの具体的な統合の日程は未定。その進捗に注目が集まっている。新たな挑戦が、どんな湖での大魚に育つのだろうか。

(石川 陽一 : 東洋経済 記者)