子どもが本来もっている「主体性」を取り戻す教育について、横浜創英中学・高等学校の校長として同校の改革に取り組む工藤勇一氏が提言します(撮影:今井康一)

千代田区立麹町中学の校長として、「宿題廃止・定期テスト廃止・固定担任制廃止」などの教育改革がメディアなどで話題となった工藤勇一氏。現在は横浜創英中学・高等学校の校長として同校の改革に取り組むとともに、『考える。動く。自由になる。――15歳からの人生戦略』などの書籍執筆をはじめ、さまざまな媒体で本質的な教育改革の提言を続けている。

そんな工藤氏に、偏差値35から2浪して東京大学に合格し、『「考える技術」と「地頭力」がいっきに身につく 東大思考』などの書籍執筆を続けながら、全国の中高生に勉強法を伝授するカルペ・ディエム社の代表を務める西岡壱誠氏が、教育の本質について聞いた。

前編:「人のせいにする子ども」大量に生んだ日本の教育

対立を乗り越えるための教育

西岡壱誠(以下、西岡):前編で、学校の存在意義には2つあるとおっしゃいましたが、もう1つはなんでしょうか。


工藤勇一(以下、工藤):多様性を受け入れ、対立を対話で解決する方法を教える場所だということです。

第2次世界大戦後、ヨーロッパを中心として教育は大きく変わりました。

ヨーロッパは地続きですから、何万年も前から争いが絶え間なく続いてきましたが、さすがに第2次世界大戦はヨーロッパ中のすべての国々に甚大な被害をもたらしました。科学技術の進化により戦争に使われる兵器の威力は計り知れないものになり、多くの建物や人々の命をあっという間に奪いました。

自分の国さえ良ければという考え方では人類は持たない、そんな思いがヨーロッパの教育を変えていったのだと思います。

そもそも、多様な人々が生きていくのだから、対立が起こるのは当たり前。平和で持続可能な社会を築いていくためには、多様性の中で対立を解決する対話の技術を、子どもたちに教えておかなければ、という考え方です。

それが市民教育として広がりました。その基になっているのが民主主義という考え方なのです。

日本の間違った幼児教育

工藤:いったん対立が生まれると、人はどうしても感情的になってしまいます。すると、ますます自分の考えを変えられなくなり、争いは続いてしまいます。


日本社会では人の気持ちを考えて、対立を解決しようとすることを幼いうちから教えられていますが、民主主義的な考え方では、むしろ人の気持ちに目を向けません。互いの利害の対立に目を向けます。国同士の争いごとにおいては、まさに「平和を実現させよう」という上位概念です。これさえ合意できれば、たとえ感情の対立は解決できなくても、互いにとってもっと重要な利害の対立が解決できることになります。

西岡:それを子どものうちから教えるわけですね。

工藤:そうです。体験を通して教えていくことが大切です。ところが日本で近年目立つのは、対立を起こさないよう、大人がなんでも子どもに手を貸してしまいます。

例えば、公園の砂場では、親が「友達にシャベルを貸してあげたら?」と自分の子に促します。借りた子の親は「ありがとうね。ほら〇〇ちゃん、ありがとうは?」といった感じです。

ヨーロッパの教育では、基本的にほったらかしです。子どもがどうするのか、見ていればいいのです。

人のシャベルを勝手に取ってトラブルも起きますが、泣くことによって自尊感情が芽生えますし、次の日には「貸して」「いや」「なんで?」「返してくれないから」という会話も生まれる。これは大事な社会性の学びですよね。

この体験をしている子どもたちは、対立を解決するために利害に注目し、感情をコントロールできるようになります。

でも、大人が手を貸して解決し続けた子どもたちは、大人が警察官になり裁判所になれよと要求する。うまくいかないと、「あいつをどこかへやってくれ」「お母さん、あの子意地悪だからなんとかして!」となる。これでは当事者として多様性を受け入れる社会は作れません。

西岡:親の責任の大きさを感じます。

工藤:子どもの当事者意識を失わせる親も、そのように教育されてきたのだから仕方ありません。変わらなければならないのは、専門家である教育者です。

工藤流「自己決定させる教育」

工藤:学校が変わって、社会が変わるのです。教育の専門家がそのことに気がつかなければなりません。子どものうちから、トラブルを自分で解決する方法を経験させてあげることですね。


工藤 勇一(くどう ゆういち)/横浜創英中学・高等学校校長。1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学理学部応用数学科卒。山形県公立中学校教員、東京都公立中学校教員、新宿区教育委員会教育指導課長などを経て、千代田区立麹町中学校長に就任。2020年3月まで校長を務める。宿題廃止・定期テスト廃止・固定担任制廃止などの教育改革がメディアなどで話題となった(撮影:今井康一)

西岡:日本は、そもそも子どもに失敗させない教育が多いですね。受験指導も、その子が行きたい大学ではなく、浪人を防ぐために「行ける大学」を指導します。

工藤:横浜創英中学・高等学校も、僕が校長になる4年前まではサービス提供型の学校でした。今は生徒の主体性と当事者を育てる教育に転換をしているところです。

西岡:どんな取り組みをされていますか?

工藤:簡単に言えば、修学旅行の企画運営のすべてを子どもたちに任せるなど、生徒たちを学校運営の当事者に変える取り組みや、学習活動において、学ぶ内容や学び方を生徒自身が自分で決めることができる取り組みをしています。

2025年度には中学1年生から高校3年生までの6年間で、すべての教科で個別最適な学びを最大限追求し、学年を柔軟に越えた学びができるようにすることを目指しています。中学生で英検準1級を持っている子が、高3のクラスで上級生と学び合うなんていうのも普通にできるようにしたいですね。

現在、それに向けて、いろいろな取り組みを試行しています。中学の英語では、AI教材、学習アプリ、YouTube、「マインクラフト」英語版などのソフトウェアを活用したり、英会話スクールとの連携による特別授業など、さまざまな学び方を選べるようになっています。

西岡:勉強に向いていない子が、ずっと「マインクラフト」で遊んで成績が落ちるということはありませんか?

工藤:ないですね。むしろ逆ですね。英語なんか勉強したくないと思っていた子が、「マインクラフト」の中で英単語をどんどん覚えていく。そのほうが、はるかにプラスです。

工藤:逆に言えば、自分で勉強する気のない子は、従来のような授業を受ければもっと勉強しなくなるだけですよ。

学校が変わって、社会が変わる

工藤:うちでは、学校説明会や入学式で「勉強したくないならしなくていい」と話します。授業中に小説を読もうがゲームしようが、他人の邪魔にさえならなければ怒りません。

ただし、他人が勉強したい自由を妨げる自由はないとはっきりと教えています。もちろん、そうした場合には、教員が介入します。

似たようなことは日頃の生徒指導でも教えています。例えばケンカです。ケンカが起きた時は、「先生はケンカを止めに入ることはできるけど、始まることを止めることはできないよ」「それを止められるのは君たち自身だ」ということを機会あるごとに繰り返し教えます。

生徒たちに対しては、指導というより常に支援を重視しています。殴り合いが起こった時には「運が悪ければ取り返しがつかないような大怪我をするよ。怪我をしたほうは当然つらいけど、怪我をさせたほうだってつらい。君のそういう姿は見たくないんだけどな」という話は常にします。

中学は体も急激に成長する時期です。子どもたちには体が大きくなれば自分の体が大きな破壊力をもつ凶器に変わるという事実を教え、自分を客観視する力を持たせたいと考えています。

仲直りをさせる支援は基本的にしません。暴力を続けることはまったく得にならないということに目を向けさせ、互いに「もう殴り合いはしたくない」と言えば、「それなら一致しているね。同じ考えなら何とかなるんじゃないか」と助言します。

西岡:利害の調整をしてあげるわけですね。


西岡 壱誠(にしおか いっせい)/現役東大生・ドラゴン桜2編集担当。1996年生まれ。偏差値35から東大を目指すも、現役・一浪と、2年連続で不合格。崖っぷちの状況で開発した「独学術」で偏差値70、東大模試で全国4位になり、東大合格を果たす。 そのノウハウを全国の学生や学校の教師たちに伝えるため、2020年に株式会社カルペ・ディエムを設立。全国の高校で高校生に思考法・勉強法を教えているほか、教師には指導法のコンサルティングを行っている(撮影:今井康一)

工藤:そうです。概念化してあげて、あくまでも自分で考えて、自分で決めたことを手助けするのです。

こうしたことを繰り返す中で、子どもたちは自分をコントロールできるように成長していきます。保護者の方々はこの一連の流れと自分の子どもが成長する姿を見て、次第に大応援団に変わってくれます。

西岡:保護者も一緒に、トラブルも経験しながら教育の価値観を変えていくわけですね。社会にとって非常にプラスですね。

工藤:学校教育が変われば、社会は変わります。民主主義のプロセスをきちんと言語化できた子どもたちを社会に大量に放出すれば、それぞれの会社や組織を改革してくれます。国を背負って政治家になる子もいるでしょう。

ヨーロッパの学校教育が努力しているように、民主主義を体験的に正しく学んだ子どもたちが社会を埋め尽くしていくことによって、未来の社会はブラッシュアップされていきます。だからこそ、学校教育は重要なのです。

(後編に続く 構成:泉美木蘭)

(工藤 勇一 : 横浜創英中学・高等学校校長)
(西岡 壱誠 : 現役東大生・ドラゴン桜2編集担当)