1992年に発売されたモスチキン(1本320円・5本パック1500円)。米粉を使用したカリカリッとした食感と、しょうゆベースの和風味が特徴。冷めてもおいしく食べられるよう開発されている(撮影:今井康一)

クリスマスと言えば、ケーキと並んでの定番がチキンだ。アメリカ大陸の開拓時代の七面鳥ローストにルーツがあるが、七面鳥は日本では一般的ではない。代わりに食べられるようになったのが、チキンの骨つき肉のロースト。

そして1970年にケンタッキーフライドチキンが上陸して以来、クリスマスにオリジナルチキンやパーティバーレルを注文する習慣が一気に広まり、「クリスマスと言えばケンタッキー」のイメージが定着していた。

1992年、クリスマスチキン戦争勃発

1992年、そこへ参入し、クリスマスチキン戦争の戦端を開いたのがモスバーガーだ。今では各ファストフードチェーンやコンビニもそれぞれのチキンを発売して参戦し、クリスマスディナーの選択肢はますます豊かになっている。

今回は、そのクリスマスチキン戦争の立役者、モスチキンに焦点を当ててレポートしていきたい。

アメリカ生まれのKFC・オリジナルチキンがクリスマス市場を席巻していた時代、対抗できる商品として、モスチキンは開発された。

オリジナルチキンと比較したうえでの大きな特徴が、カリカリッとしたその食感にあるだろう。

これは衣に米粉を使用していることが一つの理由。そして、衣の厚みを均一にせず、天ぷらの花揚げのように仕上げ、衣に凸凹をつくることで食感に変化を出した。

また、胸肉の骨のついた部分を使用しているのもポイント。

オリジナルチキンは圧力釜で揚げる独自の手法で調理しており、骨から身がほろっと外れるほどやわらかいのが特徴。だが部位によってさまざまな形があり、骨から身が剥がれにくい場合がある。口の周りや手がベトベトになってしまうので、デートではちょっと食べづらい。

一方モスチキンのほうは、骨がついているのは胸肉の付け根のみで、大部分が可食部分だ。また骨が取っ手として役立つ。骨の周りについている皮により適度な脂肪分が加わり、胸肉だがジューシーに仕上がる利点もある。

さらに味付けは和風のしょうゆ味となっている。当時の開発者によると、日本人の好きな唐揚げをイメージしたという。

モスバーガーは日本生まれのチェーンとして、和の素材を使用することで独自性を訴求してきた。テリヤキバーガーやモスライスバーガーなどがその代表的なメニューだ。KFCとの差別化、そして日本生まれのDNAを受け継いでいるため、モスチキンは「和風フライドチキン」として誕生することになったのだ。

発売は1992年9月15日。反響は同社で予想していた以上に高く、店舗の人手が足りなくなったり、生産が追いつかず、店舗への納品数に制限をかけざるを得なくなったほどだった。

このようにモスチキンにより、モスバーガーにとってクリスマスは、「一年でもっとも忙しい日」になったのだという。


モスチキン5本パック1500円(撮影:今井康一)

そのモスチキンの販売数が、ここ数年伸び続けている。

背景としては、冒頭に述べたようにホットメニューとしてのチキンがコンビニで入手しやすくなり、日常食としての認知が高まったことがある。コロナ禍ではテイクアウトの唐揚げ店が増加した。つまりチキン市場が拡大したのだ。

夏の定番商品「ホット スパイスモスチキン」

夏のモスチキン需要アップ策として、2021年7月から発売した期間限定の「ホット スパイスモスチキン」(350円)も、2カ月で例年の倍の190万本を売り上げるほどのヒットに。夏の定番商品となり、3年目を迎えている。


工場で一度揚げて冷凍したものを店舗で揚げていく(撮影:今井康一)

実はこの「ホット スパイスモスチキン」、過去に何度も発売しては失敗してきた商品だ。それがなぜ、夏の定番商品へと返り咲けたのだろうか。

モスフードサービスのマーケティング本部商品開発部長の濱崎真一郎氏に聞いたところ、「お客さまが食べているところを想像し、改良を加えた結果」だという。


モスフードサービス マーケティング本部商品開発部長の濱崎真一郎氏。同社におけるプロダクトマーケティングを率いる人物だ(撮影:今井康一)

過去の商品では、モスチキンにスパイス粉末やソース等を別添えするスタイル。味はおいしいが、食べるまでにひと手間がある、手が汚れるなど、食べにくさが難点となっていた。そこで改良した商品では、あらかじめスパイスオイルをかけてから提供する形に変更したという。

小さな変化だが、これはモスフードサービス内部における、体制の変化を象徴している。同社ではちょうどコロナ禍に入る2020年から、商品開発とマーケティングがいっしょになったプロダクトマーケティングの体制へと切り替えてきた。

これにより、客が商品を知ってから、購入し、口に入れる瞬間までのシチュエーションを想像し、商品開発を行うことができるようになったのだ。

客から見れば、プロモーションも含めて商品を楽しみながら、購入したあとは余計な手間などに阻害されることなくおいしさを味わえる、ということだ。

上述の「ホット スパイスモスチキン」のほか、2022年7月に期間限定で発売し、350万食を販売した「白いモスバーガー」、ついに月見戦線に参戦した商品「月見フォカッチャ」なども、プロダクトマーケティングによる商品だ。


左:2022年7月に期間限定で発売し、350万食を販売した「白いモスバーガー」500円。2023年7月にも復活している/右:バーガーチェーン各社が繰り広げる月見戦線に、2022年に初参加。「月見フォカッチャ」580円 ※価格はいずれも改訂後(写真:モスフードサービス)

これらの結果、モスフードサービスのコロナ前の売上2019年3月期売上高662億6400万円に対し、2023年3月期の売上高は850億5900万円、店舗数1300店舗(11月末現在)となっている。テイクアウト率がもともと高く、コロナ禍で強みを発揮できたという理由もあるが、同社がおいしさへのこだわりを、消費者に向けて多面的に伝えられるようになったことも大きいと考えられる。

チキンの「上下の向き」が変わった

そして体制変化による影響は、1本売りのモスチキンの包装にも及んでいる。

モスチキンの包装は袋状で、真ん中あたりに横方向に切り取り線が入っており、袋の上部を取り除くことで、手を汚さずに食べられるようになっている。

その袋に入れられているチキンの、上下の向きが変わったのだ。

従来は、取手になっている骨の部分が上になっており、袋の空き口を折り返してあった。つまり骨を持って食べるには折り返した部分が下になる。そのため、骨を持って食べられるという特性が客に伝わりにくかった。袋に説明書きもあったものの、気づかない人が多かったのだ。

現在は、骨の部分を下にして入れられており、さらに内部にあるチキンの絵が袋に書いてあるので、わかりやすくなった。


モスチキンの包装は袋状で、真ん中あたりに横方向に切り取り線が入っており、袋の上部を取り除くことで、手を汚さずに食べられるようになっている(編集部撮影)

しかしそもそもなぜ逆に入れていたのだろうか。

骨のほうをトングで掴んで袋に詰める場合、骨が上になったほうがオペレーション面ではやりやすい。袋の口を折り返し、逆さにして使うという従来の袋は、骨のほうを持って食べてもらいたいという意図と、オペレーションを簡易にしたいという意図のせめぎ合いの姿だったのかもしれない。それが、客にとっては「わかりにくさ」となっていた。

それがこのたび、開発とマーケティングを一体的に行うようになって変わった。商品開発とお客の間に1つあった壁が、なくなったような印象だ。

なお、モスフードサービスでは2022年よりネット通販もスタートしている。冷凍モスチキンも5本入り1500円から購入可能だ。一度揚げたものを冷凍しており、家庭で揚げても店の味を手軽に再現できるそうだ。

人気上位の「テリヤキチキンバーガー」

最後に、チキンつながりで、密かに人気上位のテリヤキチキンバーガー、通称「テリチ」にも触れておきたい。


隠れた人気商品の「テリヤキチキンバーガー」450円。焼き鳥をイメージして開発されたものだという。店舗でタレをつけながら直火で焼くため、しょうゆの香ばしさが感じられる(写真:モスフードサービス)

テリチはしょうゆだれに漬け込み焼いたもも肉、レタス、玉ねぎを挟んだバーガー。

テリヤキという名称からは「テリヤキバーガー」の甘辛味が想像されるが、試食してみると、チキンのほうは甘さ控えめで、甘いのが苦手な筆者にも食べやすい。フレッシュなレタス、マヨネーズ、ふわふわのバンズと、シンプルな組み合わせゆえに、素材のおいしさがダイレクトに感じられるバーガーとなっている。

モスのメニュー中での人気順位は4〜5位だそう。


一度メニューから消えたが、カムバックの呼び声高く翌年復活した「チキンバーガー」360円(写真:モスフードサービス)

鶏胸肉のチキンフライを千切りキャベツ、オーロラソースと挟んだチキンバーガーは、これに対して17位。あまり人気がなかったため、5〜6年前にいったんメニューからなくしたが、復活希望の声が高く、翌年復活した。

前出の濱崎氏によると、定番バーガーや期間限定メニューを食べた後の「2個目のバーガー」として選ばれているのでは、とのことだ。

以上のように、今回はモスチキンについてフィーチャーしながら、商品から垣間見える、モスフードサービスの戦略について述べてきた。KFC・オリジナルチキンの対抗馬として31年前に開発されたモスチキンには、まだまだ底力がありそうだ。今後その真価がどのように発揮されるのか、同社の動きが注目される。

(圓岡 志麻 : フリーライター)