OpenAIでのサム・アルトマンCEO追放騒ぎは、なぜ全世界のビジネス界からも大きな注目を集めたのか(写真:SeongJoon Cho/Bloomberg)

さる11月に起こったOpenAIでのサム・アルトマンCEO追放騒ぎは、テクノロジー界のみならず全世界のビジネス界からも大きな注目を集めた。

2022年11月に同社がリリースしたChatGPTはAIの最先端で何ができるのかを見せつけ、ここから未来が生まれると信じさせるに十分だったからだ。

ChatGPTに問いかけをすると、まるで頭脳明晰な人間のように詳細な答えを返す。作文も翻訳も難なくこなし、そのうち言葉で告げるだけで絵まで描き出すようになった。ビジネス界は先を争って生成AI技術を応用し、今や社会の隅々にまで浸透し始めていると言っても過言ではない。そこで起こったこの騒ぎ。人々は、これがAI開発の未来について何を物語るのかを見定めようとしたのだ。

起こるべくして起こった「解任劇」

結局アルトマンCEOは、追放された数日後に舞い戻るというどんでん返しを演じたわけだが、この動きによって舞台裏の一部が報道により明らかになった。そしてそれは、AI開発について必ずしも明るい未来が約束されているのではないと感じさせるものでもある。

今から思えば、騒ぎは起こるべくして起こったことだった。

2015年に創設されたOpenAIは、もともと人類のための安全なAI開発を行うNPOとしてスタートしている。イーロン・マスクやピーター・ティール、リード・ホフマンら、いわゆるペイパルの共同創設者の「ペイパル・ギャング」が創業資金面でのバックアップの中心だった。アルトマンは当初理事会メンバーとして関わっていたが、2019年にCEOに就任している。

この2019年はOpenAIが大きく転換した年だ。OpenAIというNPOの傘下に営利部門を設け、マイクロソフトから10億ドルの資金注入を受ける。創設当初は10人に満たず、2018年でも五十数人しかいなかった社員数は、この後倍々ゲームで増加していき、2022年には330人以上、そして2023年の追放騒ぎの時には770人と伝えられている。

大規模言語モデル(LLM)によるAI開発のために優れたAI研究者、開発者を集める必要があるというのが営利化の理由で、社員は他のスタートアップと同様に未公開株を得ている。同社が成功裡のうちにイグジットを果たせば、社員はミリオネア、ビリオネアになるという筋書きだ。

それでもOpenAIは、今回の騒ぎまでNPO的な価値観を保持していることをアピールしていた。営利部門は投資の100倍と利益に制限を設けていることもそうだが、理事会メンバーにはNPO創設時の価値観を掲げるメンバーが留まっていた。マイクロソフトから送られるメンバーがいないこともその証とされた。

投資畑出身者とNPO的価値観の「溝」

ただし、騒ぎで報道されたように、理事会メンバーらはアルトマンが進める加速度的な開発に懸念を抱いており、ChatGPTの公開も安全性を顧みない早まったものだと進言していたにもかかわらず、最終的には振り切られたことになる。

そもそもアルトマンは、Yコンビネーターというシリコンバレーでよく知られるスタートアップ育成、投資会社のトップを長年務めていた人物だ。いかに短時間にバカ売れする製品を作るかに注力してきたわけで、NPO的な価値観との間にはどうしても溝がある。開発が進むにつれ、社内での分断はますます深くなっていったようで、そのために同社を去る社員も少なくなかった。

さて、4人のボードメンバーのうち創設当時の価値を頑なに守ってアルトマンの解雇を決めた3人のメンバーは、ともに「効果的利他主義(effective altruism)」という信条や、それに基づいて活動する組織とつながりを持っていた。

効果的利他主義とは、「どうすれば最大限他者のためになるかを、エビデンスと論理を基に考える」という社会運動で、2000年代初頭に始まり社会貢献や寄付の行動へつなげられてきた。

中でもAIが火急の課題とされ、AI研究者や開発者の中には、効果的利他主義を安全なAI開発の基礎と捉える人々も多い。OpenAIの創設をバックアップしたマスクやティールも、少なくとも当初はその信奉者だった。

しかし、OpenAIの理事会メンバーのそうした信条は、営利目的の組織に集まってきた800人規模の社員の中では化石のようなものだった。アルトマンが解雇後に一時マイクロソフトへ移籍するとされた際、社員のうち700人が追従すると報じられたが、それはアルトマンへの支持や理事会メンバーに対する反抗というより、OpenAIが当初とは全く異なった組織になってしまっていたことの証左と言える。

「効果的加速主義」が牛耳り始めた?

アルトマンが返り咲き、上述3人の理事会メンバーが交替した今、OpenAIは何に沿ってAI開発を進めるのか。OpenAIのホームページには、依然として「全人類のために」云々の文言が見られるが、その具体的な方法は不明だ。

外部からは、効果的利他主義者が一掃され、代わって「効果的加速主義」が牛耳り始めたのではないかとも見られている。

効果的加速主義とは、テクノロジーの開発は足枷をはめることなく推進されるべきで、そうしてこそ結果的に複雑なシステムが出来上がると信じるものだ。AIについて言えば、安全性への懸念や規制は不要で、行けるところまで突っ走れというアプローチと受け取られる。究極的には、人類がAIにとって代わられても構わないという危険思想だと見る専門家もいる。

効果的加速主義は、いわば効果的利他主義への対抗路線として生まれてきたのだが、一方効果的利他主義が完全に「善」だったわけでもない。この場合の利他主義の嘘っぽさもさることながら、白人男性が中心の運動であることや、ビリオネアたちのエリートコミュニティーがサポートしたものであること、現在ではまるでカルトのような閉鎖性も見受けられるなど、さまざまな欠点が指摘されている。

最大の資金援助者だった暗号通貨取引所FTX創設者のサム・バンクマン=フリードが詐欺罪で有罪になったことも、効果的利他主義への信頼を失墜させている。

もともとOpenAIは、AIの次に来る「AGI(artificial general intelligence=汎用人工知能)」を標榜していた。現在のAIはChatGPTにしても多くのデータを学習し、統計学的な手法で回答を導き出す。人間のようにも感じられるが、人間がプロンプトを出さないと起動せず、物理世界に接することもない。

他方AGIは人間と同等、あるいはそれ以上の知性を持ち、独立して思考し判断する。場合によってはロボットの手を動かして、何らかのボタンを勝手に押してしまうこともできるだろう。

現実味を帯びてきたAGIとASI構想

数年前までAGIはマイナーな研究分野で、学会も変わり者が集まるような場所だった。だが、生成AIが関係者たち自身も不意を突かれるような突然の進化を見せたことで、AGIやASI(artificial superintelligence=人工超知能)がにわかに現実味を帯びてきた。OpenAIも、生成AIの向こうにAGI開発のロードマップを描いているはずだ。

折しもアルトマンCEOは、投票権を持たないオブザーバーとして、マイクロソフトの理事会参加を認めようとしていると伝えられる。CEO追放劇にいたる前に、マイクロソフトが製品化に圧力をかけていたことも報じられている。今後、安全性よりもビジネスにはっきりと重心が移ることも予想されよう。

人類に危害を加えないAIは本当に実現され得るのか。現在のOpenAIの状況を見る限り、とても楽観的にはなれないというところだろう。アメリカや欧州連合(EU)でのAI規制の動きも、開発の速度に追いつききれずにいるように見受けられる。AIと人類との競争はすでに始まっているのだ。


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(瀧口 範子 : ジャーナリスト)