マンションで清掃業務に従事する「代務員」。"アクティブシニア"が活躍できる仕事の一つだ(写真:筆者撮影)

最近、改めて感じるのはお年寄りが元気なことだ。

筆者が子どもの頃に接していた祖父や祖母らに比べると、明らかに活動的でイキイキとした人たちが増えている。これは筆者の印象だが、少なくとも身体能力について、かつてのお年寄りより向上しているというデータもある。

スポーツ庁がまとめた「令和4年度 体力・運動能力調査」によると、高齢者の体力・運動能力は、握力や上体起こし、開眼片足立ち、6分間歩行など、コロナ禍の影響で一時的な落ち込みはあったものの、ほとんどの項目で年々、向上傾向にある。



ちなみに、WHO(世界保健機関)による2023年版の統計によると、平均寿命(男女)が最も長い国は日本で84.3歳だった。男女別では、男性はスイスが81.8歳、女性は日本が86.9歳でそれぞれ1位。日本の男性は81.5歳で2位であり、1位との差は0.3歳に過ぎない。

日本人が世界トップクラスの長生きであることは疑いようのない事実。加えてお年寄りの元気の良さに触れる機会が増え、近年盛んに言われる「人生100年時代」について、さもありなんと腑に落ちるようになった。

元気なお年寄り「アクティブシニア」

さて、ご長寿・元気は非常に喜ばしいことだが、同時に少子化も進み、労働人口が減ってきている。毎日のようにさまざまな業種が人材不足にあえいでいる様子を耳にするし、それを実際に目にすることも増えてきた。

なかでもバスやタクシーなどの交通機関、トラックなどの運輸業界、医療・介護など、人々の暮らしを支える職業での人材不足について耳にすると、日本はどうなってしまうのだろうかと不安になる。

そこで、健康で元気なお年寄りの力を借りることで、この社会課題を改善できるのではないか、というのが今回のテーマ。なお、元気なお年寄りという表現がまどろっこしいので、以下では「アクティブシニア」と表現したい。

アクティブシニアは、環境を整備することで想像以上に働ける−。

そう指摘するのは、全国1万社棟超の分譲マンション管理を代行する「うぇるねす」(本社:東京都新宿区)の下田雅美会長だ。

同社では2500人以上(今年8月末時点、コンシェルジュを含むと約3000人)のアクティブシニアが働いている。

マンションの管理員もまた、人材不足が深刻化しつつある業種の1つ。新築マンションの供給が続き管理戸数が増え続けているという背景もあることから、管理会社はこの人材難の中、管理人の確保に四苦八苦している。


マンション増加も管理員不足の要因となっている(写真:筆者撮影)

彼らは日々の巡回や清掃などを通じ、入居者の安心・快適な暮らしに貢献する存在。

管理を疎かにすれば分譲マンションの資産価値にも影響するため責任は重く、担い手が少ないのだ。

そこで注目されているのが「代務員」。管理会社の常駐管理員が休暇や退職などで不在となる際に派遣されるスタッフのことだ。管理会社にとっては常駐者の仕事の負担を減らし、働き方改革につなげられるといったメリットがある。

90歳も「代務員」で活躍

「うぇるねす」の代務員が行う業務は主に清掃だ。しかし、入居者が管理に求める内容や質は常駐者であれ、代務者であれ変わらない。そのため代務員は、建物の巡回業務や入居者対応など責任ある業務まで担うケースも多い。

実際に今、「うぇるねす」への代務員の派遣依頼が増えているという。代務員の平均年齢は70歳。なんと最高齢90歳の人も働いているとのことだが、それを可能にしているのは何だろうか。

1つに勤務体系がある。業務契約で定年がなく、一定水準の体力と意欲、コミュニケーション能力があればいつまでも働ける。

勤務時間は3時間、5時間、8時間に分かれ、体調や都合に合わせ「働く・休む」を選べる高い柔軟性を備えているのも特徴だ。

1人あたりの月間平均勤務日数は10日程度というから、無理なく働けそうだ。このように「うぇるねす」のビジネスモデルは代務員を求める管理会社と、働きたいアクティブシニアのマッチングサービスだと言える。

管理会社と「うぇるねす」、代務員の情報のやりとりはWEBを通じて行われる。このうち、代務員は専用アプリの入ったスマホで、現場トラブルの情報共有や出退勤、業務報告などをする。

アプリ自体も使いやすいように工夫されているため、懇切丁寧な指導によって全員が使いこなせるという。また、仮に現場での解決が難しいトラブルが発生すれば、管理会社や「うぇるねす」の社員が対応する。

私たちには「シニアはデジタル弱者」というイメージがあるが、機能を限定し使いやすい仕組みにすれば支障なく業務に活用できるわけだ。

働くことによる安心感

一方、アクティブシニアといってもやはり高齢者。健康面での懸念がつきまとう。そのための配慮として「エリア会」という横のつながりが設けられており、定期的にその単位ごとに集まり、情報交換や助け合いを行っている、とのことだ。

代務員は1人で現場に行き作業する、という孤独な立場であるし、近年、1人暮らしの高齢者も増えている。

仕組みの下で仕事をし続けていれば、社会から孤立することなく暮らしていけるだろう。そのような安心感が理由で、代務員の仕事を選んで働いている人も多いようだ。


研修会の様子。大勢のアクティブシニアが集まり真剣に取り組んでいた(写真:筆者撮影)

気になるは業務の質だが、どのようにして技量や知識を高め、維持しているのだろうか。それを確認するため研修会にお邪魔したのだが、そこで筆者はアクティブシニアのパワーに圧倒されることになった。

というのも、研修会場ではキビキビ、真剣に研修に励む人たちの熱気が充満していたからだ。

研修中だからというのもあるのだろうが、筆者のような現役世代でもここまで実直に取り組めるだろうかと、ただただ圧倒されるばかりだった。

前出の下田氏は「人は生き甲斐や緊張感、そして仕事の対価を得ることが大切。そこに喜びを見いだせる人なら100歳であっても働ける」と胸を張る。なお、下田氏自身も80代である。

ところで日本には労働に関して年齢だけでなく、性別や学歴が長く大きな壁、先入観として存在してきた。「うぇるねす」の取り組みを見ると、人材不足が本格化した今、ようやくそうしたことに真剣に向き合うべき時代が到来したように感じられる。

筆者が主に取材している住宅を中心とする建設業界にも、先入観を払拭することで人材不足の課題に対応する動きがある。ハウスメーカーのAQ Groupの「特別採用枠」(募集期間11月〜来年2月。翌年4月入社)がそれにあたる。

この枠は何らかの理由で高校に通えなかったり、途中退学したりした15〜24歳の若者を対象にしたものだ。日本社会は一度、レールを外れた人に対して風当たりが強い。そうした状況に一石を投じる取り組みである。

風当たりが強いのは企業の側が受け入れる体制に慣れておらず、強い負担を感じるからだろうが、もうそのようなことも言っていられない時代だ。貴重な「人財」として活かすための努力を惜しむべきではないだろう。

最後に余談かつ月並みで恐縮だが、「ネコの手も借りたい」という言葉がある。いくら人材不足が深刻化しようとも本物のネコの手は借りられないが、シニアの手なら十分に借りられる。

年齢の先入観を払拭できるか

「戦力化」などというおどろおどろしいものではなく、シニアの人たちについては「借りる」というくらいでいい。そんなイメージだと彼らも仕事をしやすいし、雇用側も大きな負担を感じずに済むだろう。

今回紹介したマンション管理だけでなく、さまざまな分野に手を借りられる、活躍が期待できる仕事があるはずだ。

大切なのはそれぞれの職種の仕事内容を精査し、専門的な知識や技術、体力が必要な業務と、そうではない業務を分けること。後者についてはシニアの力を借りられることも多いだろう。

そう遠くない将来、シニアが今以上に労働力として求められる時代が間違いなく来る。その際に、そのようなメンタリティの労使関係が実現できれば、少しは明るい超高齢化社会を期待できるのではないだろうか。

(田中 直輝 : 住生活ジャーナリスト)