東武南栗橋工場の100系スペーシア。車体をアーチ型クレーンで吊り上げて移動する(記者撮影)

2023年は、なにかと「新型スペーシア」の話題で盛り上がる1年だった……と聞いて思い浮かべる対象は、車好きと鉄道好きで分かれそうだ。

スズキは11月9日、6年ぶりにフルモデルチェンジした主力車種「スペーシア」を発表。東武鉄道は7月15日、新型特急N100系「スペーシア X」の営業運転を開始した。どちらも広くて居心地のよい室内空間が売りという点では相通じるものがあるが、今回は鉄道に焦点を絞りたい。

東武のスペーシア Xは、最上級のコクピットスイートからスタンダードシートまでそろえた、日光・鬼怒川方面の新たなフラッグシップ特急の位置付け。6両編成2本がデビューして以降、「連日の満席」といい、2024年春のダイヤ改正でさらに2本を導入して毎日6往復運転する。

1990年登場の100系「スペーシア」

その先輩格にあたる100系「スペーシア」は1720系「デラックスロマンスカー」(1960年登場)の後継として、1990年6月1日に営業運転を開始した。スペーシア Xとともに主力特急車両としてまだまだ活躍中だ。

外観は前面の丸いボンネットが目を引く。浅草方の先頭の6号車は4人用個室が6つ並ぶコンパートメント。普通席も前後の間隔が1100mmの回転リクライニングシートとなっている。外側へ斜めにせり出してスライドするプラグドアを乗降扉に採用するなど、開発当時の先端技術を取り入れた。

東武日光線の急勾配に対応するため、主電動機(モーター)がすべての車軸に取り付けられた全電動車で、編成出力は3600kW。有料座席特急の営業列車として初となるVVVFインバータ制御を採用した。

東武の都心の玄関口、浅草駅からは東武スカイツリーラインと東武日光線を経て東武日光駅までを結ぶ「けごん」、蒸気機関車(SL)「大樹」の拠点がある下今市駅から東武鬼怒川線に入って鬼怒川温泉駅まで走る「きぬ」として運行する。

また、JR新宿駅から東武日光駅へ直通する「スペーシア日光」の定期運行のほか、JR新宿―鬼怒川温泉間の「スペーシアきぬがわ」、JR八王子―鬼怒川温泉間の「スペーシア八王子きぬ」の臨時運行を担うなど、JR東日本の路線でも存在感を放っている。

メンテナンスの裏側

12月11日、東武鉄道で唯一のメンテナンス拠点となる南栗橋工場に109編成の姿があった。6両編成の各車両はバラバラに切り離されている。

工場棟は幅75m、奥行きが312mの巨大な建物。車両の分解を伴う重要部検査(4年または走行60万km)、全般検査(8年)をグループ会社の東武インターテックが担当する。工場内はレールの間を動く自動搬送装置が車輪を押して車両や台車を移動させるほか、無人搬送車が重たい部品を運ぶなど、自動化が進んでいるのが特徴だ。

今回は重要部検査。スペーシアの場合は入場から出場まで計11日間を要する。その前段階でシートやカーペットの張り替えなどを実施する。入場時には、床下自動気吹装置の中を通り、時速252kmの風で付着したホコリやゴミを吹き飛ばす。その後、アーチ型クレーンで車体と台車を分離。台車は主電動機(モーター)を取り外し、台車洗浄装置で「丸洗い」する。


下から見上げたスペーシアの先頭部。床下には機器がびっしり取り付けられている(記者撮影)

工場内では台車・空制・回転機・電機の4つの職場に分かれて整備・修繕。台車職場は輪軸や台枠、空制職場はブレーキ弁やドア装置、ワイパー、回転機職場はモーターや電動発電機、電動空気圧縮機、電機職場は運転台や断流器、制御器などを担当する。

台車職場の技術職場長、須藤裕志さんはアーチ型クレーンでの上げ下ろしについて「後ろの職場へバトンを渡す最初の作業のため、とくに慎重になる」と説明する。クレーン操作を担当する技術員の荒川亮太さんは「1つのミスが大きな事故につながるので誤動作がないように指差確認をしながら作業をしている」と話す。


台車洗浄機の出口からは湯気がもうもうと立ちのぼる(記者撮影)


台車職場。車体の重量がかからない分、両側から機械で押し付けて平行にする(記者撮影)

「地味だが重要」な仕事

空制職場の技術職場長、守家圭一さんは「地味ではあるが、きちんとブレーキがかからないと電車は停まれない。重要な部分を担っている」と自負する。100系のワイパーやプラグドアはとくに手入れに苦労するという。主任の寺門歩さんは「床下の狭くて汚いという人が嫌がる場所で、パパッと交換作業をこなしていくのは、やっていて楽しい」と語る。


空制職場は狭いスペースで作業することが多いという(記者撮影)

回転機職場の技術職場長、工藤亨さんは「100系は交流モーターなので直流モーターに比べてメンテナンスの作業量が少なく、故障しにくいメリットがある」と指摘する。班長の芳賀洋介さんは「全部で14種類のモーターを扱っていて、部品や治具、道具が違うので注意を払っている。100系のモーターは長距離を走行しスピードが出せるように当時の最新技術が用いられたと思う」と話す。

電機職場の技術職場長、宮野稔さんは「細かい調整などの作業が中心で、神経を使うことが多い仕事」という。技術員の廣澤秀朗さんは「神経を使う分、うまくいったときの達成感も大きい。整理整頓をする習慣はプライベートにも表れる」と明かす。


取り外された主電動機がずらりと並ぶ(記者撮影)

「いちごスペーシア」として出場

109編成は交換した部品などを取り付け、塗装や試運転を経て営業運転に戻る。入場時と異なり、赤とピンクのカラーリングとなって出場。車内は6号車のすべての個室と、2・5号車の15列目のシートをいちご柄の装飾に模様替えし、12月24日から約3年間「いちごスペーシア」として運行する。


塗装を終えたスペーシア109編成(写真:東武鉄道)

いちごスペーシアは栃木県誕生150年を記念した企画の一環。これまでも同社は6月から1年間の予定で、東武宇都宮線に「『いちご王国』ライン」の愛称を付け、駅名看板の変更や、20400型「ベリーハッピートレイン」の運行といったPR策を展開している。

2024年1月14日には新鹿沼駅の駅舎を「いちごカラー」に装飾。同駅から東武日光駅へ向けて「いちごSL大樹ふたら」を初運行する。

スペーシアの109編成は装いを新たにして走り続ける。行く先々で注目を集めるカラーリングの誕生の舞台裏には、日々地道な作業を続けるメンテンス現場があることも覚えておきたい。


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(橋村 季真 : 東洋経済 記者)