石油元売り最大手のENEOS(エネオス)ホールディングス。2代連続で経営トップが不祥事で辞める事態となった(写真:papa88/PIXTA)

石油元売り最大手のENEOS(エネオス)ホールディングスは12月19日、斉藤猛社長(61)を解任したと発表しました。2代連続で経営トップが不祥事で辞める事態となっていますが、筆者は「さまざまな論点が浮かぶが、コンプライアンスにかかわるガバナンスが利いた結果だ」と指摘します。

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日本を代表する企業から、ふたたび不祥事

「日本で一番の大きな会社はどこ?」。先日、息子と話していた。これが売上高の意味とすれば、もちろん1位はトヨタ自動車だとわかった。なお、2位は三菱商事で、3位はホンダだ。面白いと思って、その続きを調べてみると、意外なことに4位はENEOSホールディングスで、5位は三井物産である(当原稿執筆時点)。

イメージと違うかもしれない。とくに4位のENEOSホールディングスを想像しなかった読者は多いだろう。同社は、日本を代表する企業だ。売上高は15兆円にいたる。ホールディングスの傘下にはENEOS、ENEOSマテリアル、ENEOS Power、ENEOSリニューアブル・エナジー、JX石油開発、JX金属を抱えている。

ガソリンスタンドの印象が強いだろうが、とんでもない。LNG(液化天然ガス)の独自開発を行い、バイオマテリアルの開発を推進し、水素エネルギーの活用や二酸化炭素の吸収技術も有する。すなわちエネルギー事業全般を行うジャイアントだ。

そのようなエネルギー・ジャイアントの企業から、ふたたび不祥事が聞こえてきた。

同社は、12月19日に斉藤猛社長を解任したと発表した。正確には代表の役は解任され、取締役は辞任。その理由は、内部通報で不適切行動が指摘されたからだ。11月末に内部通報があり、調査と事実確認を進め、この決断にいたった。


解任された斉藤猛氏(出所:ENEOS公式サイト)

内容は酩酊状態で、女性に抱きつく事態があったという。なお、昨年に当時の会長が性加害で辞任しているから立て続けの“事件”となる。


12月19日の記者会見で頭を下げるENEOSホールディングス社外取締役の西岡清一郎監査等委員(中央)ら。斉藤猛社長をはじめ、不祥事を起こした取締役は会見の場に現れなかった(撮影:尾形文繁)

同氏は自制が利かないほどの飲酒だったとした。同時に同席した副社長は辞任した。また同じく同席した常務執行役員は、不適切な発言があり月額報酬を3カ月、30%減額する。

2年連続の不祥事、さすがに多くの論点が浮かぶ

なお、ざっと考えただけで次の論点が思い浮かぶ。

・同社は決算資料でも女性活躍推進や従業員エンゲージメントの向上を、相当に力を入れて説明していた。ただ、それを説明する上層部の意識改革が進んでいなかったのではないか。
・同社のコンプライアンスでは「従業員が上長との面談を通じ、疑問・懸念を含めたコンプライアンス上の問題点を洗い出し、法令等違反行為の未然防止と早期の発見・是正」と謳われているが、上長の存在しない上層部は防げないというわけか。
・内部通報の一報の前に、同席していた他の取締役や執行役員(やその他社員)は、その場で注意を促さなかったのだろうか。

ところで、これは同社と関係がない、ただの一般論というか私の独り言だ。

これまで何十年と酒席の場で寡黙に飲み続けていた人が、いきなり女性に抱きついたりするものなのだろうか。おそらく、周りが驚いて狼狽したり、止めたりするにちがいない。昔から似たようなことをやっていた可能性があると思う。そして若い頃からハラスメント行為をする傾向のある社員を、上に引き上げるのはきわめて危険な時代になったといえるだろう。

なお、ここまでで私の独り言は終わる。

ところで、冷静に論じるのであれば、大企業としてENEOSのコンプライアンスにかかわるガバナンスが利いた結果ともいえよう。

令和の今でも、未だにトップがこんなことをしている企業は、中小企業を含めれば、まだまだ残っているはずだ。もしあなた自身やあなたの家族が勤務する会社の飲み会で同様のことが起きた場合に、経営トップであってもきちんと処分されるのか……そう問われて、自信を持って「はい」とうなずける人はどの程度いるだろうか。

今回の行動そのものや、2代続けて経営トップが不祥事を起こしたことは決して褒められることではないが、簡単に批判できるものでもないのも、悲しいが現実ではないか。

監査役の仕事内容、役割とは?

ところで私が某大企業で勤務していたとき、「監査役」なる人の仕事内容を知らなかった。たまにエレベーターで会って会釈するくらいの接点しかない。冠のような仕事だと感じていた。

しかしとんでもない。監査役は現在では重要な役割を担っている。企業は内部通報制度を有する。そしてその内容は監査役がチェックする。そして重要な事象については対処する。

会社は株主のものである。株主は取締役を選ぶ。取締役会は代表取締役を選ぶ。株主は業績向上を通じて、企業価値(資産価値)を最大化してくれるか激しくチェックする。そして取締役会で経営の重要事項を決定し、それを執行役員以下が実務を遂行する。

株主はつねに企業内部を監視できるわけではない。ハラスメントなど、めちゃくちゃな行為が横行しているのは社会通念的にも許されない。そこで、監査役は経営陣を牽制しながら、健全な企業経営を実現させる。

もちろん、経営陣が女性に抱きついているので、同社を「褒める」という表現はおかしいかもしれない。ただ同社の対応を見ると、やるべきことをやっている。

・コンプライアンスホットラインに通報があると、すぐさま調査を開始(なお11月末でありスピード感がある)。監査等委員会ならびに外部弁護士と連携し、事実であると認定
・前述の通り、速やかに3氏の処分を決定。取締役会において勧告、実施
・クローバック・マルス条項を適用し、(元)代表取締役社長の月額報酬・賞与・株式報酬の一部返還・没収を行う。*なお、クローバック条項は「役員に重大なコンプライアンス違反等があった場合、支給後の役員報酬の全部または一部を返還させる条項」であり、マルス条項は「同様の場合、支給前の役員報酬の全部または一部を没収する条項」で、同社はガバナンスにおいて謳っている(https://www.hd.eneos.co.jp/esgdb/governance/system.html)
・同社だけではなく、子会社においても同様の解任を実施
・弁護士費用を含む一切の費用は、同社に生じた損害であるため別途求償
・その他、前述の3氏以外も、コンプライアンス上の責任があるとして取締役メンバーが報酬を自主返上
・コンプライアンス強化に向けて施策の検討

上記から、繰り返すと、ハラスメント自体は当然ながら由々しき事態だが、事後対応としてはガバナンスが利いた結果だといえる。さらに対応も明確だ。

ENEOSの今後に期待

ところで、同社は2023年2月に「人権尊重・コンプライアンスに関する取組みの強化・再徹底について」をリリースしている。これは当時の元会長の不祥事を受けたものだった。

そこには「人権尊重・コンプライアンス徹底意識の維持・確認施策の実行」とあり、「選任された取締役の人権尊重・コンプライアンス徹底意識を維持し、また、適切に維持されていることを確認するため、それらに関する各種研修を定期的に実施することを決定しました」とある。

もちろん、同社の社員も執行役員も取締役も、定期的な研修だけでコンプライアンス徹底の意識が植え込まれるとは思っていないはずだ。研修に加えて重要なのは、健全な企業風土を醸成することだ。

この事件が氷山の一角ではないことを祈る。

(坂口 孝則 : 調達・購買業務コンサルタント、講演家)