コピーライターのナージャさんが語る「日本語のめちゃくちゃおもしろいところ」とは(写真:ああ/PIXTA)

仕事をしていると、文章を書く能力がいかに大切かを痛感するもの。しかし、「伝わる文章」や「心を動かす文章」を書くのは、そう簡単なことではありません。では、プロはどんな思考法や、テクニックを使っているのでしょうか?

ショートショート作家として知られる田丸雅智さんが、谷川俊太郎さんや又吉直樹さん、俵万智さんなど各業界の「言葉のプロ」と対談する新著『言語表現の名手20人から学ぶ ことばの魔法』より一部抜粋・再構成してお届けします。

今回の対談相手:キリーロバ・ナージャ/コピーライター・作家
ソ連レニングラード(当時)生まれ。広告会社に入社後、様々な広告を企画、2015年に世界のコピーライターランキング1位獲得。絵本作品に『ナージャの5つのがっこう』『パンツはかせとはつめいのほうそく』(いずれも大日本図書)、『からあげビーチ』『ヒミツのひだりききクラブ』『じゃがいもへんなの』(いずれも文響社)、『6ヵ国転校生』(集英社インターナショナル)など。

日本語は、話すと自然と“笑顔”になる

田丸:ナージャさんは、2015年に世界のコピーライターランキング1位に輝いた実績をお持ちです。そもそもなぜ、日本の広告代理店に就職しようと思われたんですか?

ナージャ:私はソ連生まれなんですが、実はソ連にはCMってなかったんです。「手を洗いましょう」とか啓発的なものはあったんですが、企業は国営なので宣伝する必要がなくて。だから7歳のころに日本に来て、初めてCMを見たんですね。「これ、なんだろう?」って不思議に思って。まだ日本語がわからない私でもCMだけはなんとなく理解できて、楽しく見られたんです。

一方、私は子どものころから住む国を転々としていて、けっこう逆境の毎日だったんですよ。アイデアや工夫で乗り切らなきゃいけない場面が多かった。それで次第にアイデアで解決することが得意になっていったんです。この特性を活かせることと幼いころから興味を持っていたCMに携われる仕事ということで広告業界に興味を持ちました。

田丸:でも、母国語ではない言語でコピーライティングをするって、とてつもなく難しいことでは……。

ナージャ:めちゃくちゃ難しいです。私、学校の授業でも国語が苦手で。100点満点のテストで5点をとったりしていましたから。

田丸:えーっ、そうなんですね。

ナージャ:コピーライターに配属されたのはなりゆきで。それこそ逆境の毎日でしたよ(笑)。

田丸:ちなみに今どれくらいの言語を話されるんですか?

ナージャ:日本語とロシア語と英語は比較的いつも喋っていますし、あとフランス語がちょっと。イタリア語がほんのちょっと喋る感じです。5カ国語とまではいかないですけど、4.3カ国語みたいな感じですかね。

田丸:いろいろな言語に触れられているナージャさんにとって、日本語は他言語に比べて、どうなんでしょう? 覚えるのは難しかったですか?

ナージャ:そうですね。来日してすぐのときは日本語の漢字は、古代エジプトの文字を見るような感覚ですよね。一生かかっても読めないと思っていました。文字を読めないので耳で覚えるしかなくて、同級生が話しているのをひたすら聞いて、真似していましたね。

田丸:音から入ったんですね?

ナージャ:はい。でも日本語って口の動き方がロシア語とまったく違うんです。ロシア語は単語も長いし、「R」とかの子音が続くことが多い。喋り方も、語調が強いんですね。一方、日本語は子音と母音をセットでしゃべることが多くて、音が柔らかいんです。そんなに口を大きくあけることもないし、優しくゆっくり喋る感じで。自然と笑顔になるんですよ。

田丸:へぇ、笑顔に!

ナージャ:日本に来る前は、笑顔を見せることは隙を見せることだと教えられていて、外では基本的には無表情だったんです。でも無表情で日本語をしゃべるとなんだかヘンな感じがするんですよね。

日本語は感情を緻密に設計できる言語

田丸:日本語で話すと、笑顔が出てくるってことですよね? 言語が国民性に影響を与えているかもしれないと考えると、すごく興味深いお話です。逆に言えば、外国語を学ぶときには所作や表情などを真似てその国らしいキャラクターになりきることからはじめてみると、習得が早くなるかもしれない?

ナージャ:そうですね。空気感や間みたいなものは、言語によってまったく違いますから、そこから真似してみるのもおもしろいかもしれませんね。

田丸:そうですよね。もしかしたら、日本語をネイティブにする日本人でさえも、もっとゆっくり優しく穏やかな気持ちとか表情とかを意識して喋ることで、さらに日本語のポテンシャルを引き出せる可能性もあるかもしれないですね。

田丸:コピーを書くときに、どんなことを大事にしていますか?

ナージャ:そうですね。書く対象についてじっくり観察して「なにがどうユニークなんだろう?」「どういう見方ができるかな?」とまず個性を探します。そのうえで、どうやったらわかりやすく短く、みんなが意外と気づいていない良さを伝えられるかを考えることを大事にしていますね。実は最初に良さを見つけるときには、英語で考えることが多いんです。

田丸:そうなんですか! 日本語のコピーを書くときも、英語で?

ナージャ:はい。英語って、余計なニュアンスが削ぎ落とされた言語なんですよ。

だからコピーのように最小限の強い核となる言葉を考えるのに向いている気がします。次に、どう表現するかという段階で、日本語に置き換えていくんです。たとえば日本語では誰が話すかによって、まったくニュアンスが変わりますよね。女子高生が喋るのか、おじいちゃんが喋るのか。同じ女子高生でも主語を「僕」にするのか、「あたし」にするのかでは雰囲気がまったく違います。日本語って、空気感や世界観、余白をつくりだせる言語なんです。

田丸:興味深いです。日本語は表現方法が多彩だと。

ナージャ:日本語は、感情をぜんぶ緻密に設計できます。その分、日本語でコピーを書くときにはあえて引き算を意識することもあるんです。すばらしい商品特性があったり、なによりもその事実がすごいよねというときには、コピーライターとして巧みな表現をしたくなってもぐっと堪えて、できるだけシンプルなコピーにしたりしますね。

わくわくしていないとおもしろいものなんて書けない

田丸:ご自身が気に入っている作品には、どんなものがありますか?

ナージャ:コピーではないんですけど、『6ヵ国転校生 ナージャの発見』という自著を出版しまして、このタイトルが気に入っています。最初は全然違うタイトルだったんですよ。でも、しっくりこなくて。自分の経験を表現するなら「転校生」という言葉は入れたいな。転校生に「6ヵ国」を組み合わせたら、今まで聞いたことのない新しさが生まれるかもしれない。不思議な言葉の組み合わせでうまくはまった例ですね。

田丸:すごく好きなタイトルです。僕も各地で開催しているショートショートの書き方講座で、言葉の組み合わせによって生まれる不思議な言葉からお話を考える方法をお伝えしていたり、自分自身も言葉を組み合わせてお話をつくることがあったりするんですけど、「6ヵ国転校生」ってありそうでなかった組み合わせですよね。創作意欲がわいてくる。ここから新しいフィクションが生まれそうな気がしますね。

ナージャ:フィクションが生まれそうな感覚って「企画性がある」「物語が眠っているような感じがする」ということなんだと思います。なんだかわくわくしたり、想像が広がったりしそうな感覚。それはいいコピーの条件と共通しているかもしれませんね。

田丸:ナージャさんは、言葉のインプットはどのようにしているんですか?

ナージャ:街で見かけたおもしろい言葉はぜんぶメモします。カフェで見かけたユニークなメニュー、ファッション雑誌に載っている不思議な言葉の組み合わせ、映画のセリフや音楽の歌詞なんかも。

田丸:それは、日本語の?

ナージャ:英語のほうが多いですね。おもしろい言葉を見たときに、なんかいいな、わくわくするなってアドレナリンが出る感じが好きなんです。

田丸:コピーを書くときにも、そのメモを見返したりしますか?

ナージャ:します、します。わくわくしていないとおもしろいものなんて書けないから、気分を高揚させるためにメモを見たり、何冊か雑誌を並べてぱっと目についた言葉からヒントを得たりすることもありますね。

田丸:言葉をスイッチにしているんですねぇ。おもしろい! ちなみに好きな日本語はありますか? さまざまな言語に触れてきたナージャさんがどんな日本語に惹かれるのか、知りたいです。

擬音語・擬態語には日本語の魅力がつまっている

ナージャ:好きな日本語はたくさんあるんですけど……そのなかでも日本語ならではだなぁと思うのは擬音語と擬態語です。

田丸:ほう!

ナージャ:擬音語と擬態語を使えば、だいたい会話が成り立つじゃないですか。「休日にゴロゴロして、モグモグして、むにゃむにゃした」って言ったら、ああそういう一日を過ごしたんだなって(笑)。他の言語ってほぼないんですよ、擬音語自体が。


田丸:ははあ。

ナージャ:擬音語と擬態語の種類が多いのが、日本語のめちゃくちゃおもしろいところだなと思います。しかも、かわいいんですよね。「ぷにぷに」とか「チクチク」とか「モフモフ」とか。これって、訳せないんですよ。

田丸:「ぷにぷにとはなにか?」から解説しなくちゃいけなくなっちゃいますよね。

ナージャ:そう、そう。「サクッとした」とかもクリスピーって言えばいいのかもしれないけれど、やっぱりちょっと世界観が違う。日本語にしかないおもしろさですよね。

田丸:雨が降る様子だけでも「しとしと」「ざあざあ」「パラパラ」「ゴウゴウ」とたくさん表現がありますしね。

ナージャ:聞けば、どんな雨の様子だったのか、想像できちゃうじゃないですか。それがすごいし、おもしろい。一時期、擬音語・擬態語を集めていたことがありました。擬音語・擬態語には日本語の不思議な魅力がつまっていますよね。やはり余白やニュアンス、世界観をつくるのがうまい言語だから、どんどん種類が増えていくのかなと思いますね。

(田丸 雅智 : 小説家・ショートショート作家)