12月19日の記者会見で頭を下げるENEOSホールディングス社外取締役の西岡清一郎監査等委員(中央)ら。斉藤猛社長をはじめ、不祥事を起こした取締役は会見の場に現れなかった(撮影:尾形文繁)

社風を疑われても仕方がない。

石油元売り大手のENEOSホールディングス(以下、エネオス)は12月19日、斉藤猛社長の解任を発表した。宴席で酩酊した斉藤氏が、同席した女性に抱きつく行為に及んだのだ。

11月末にコンプライアンス窓口に通報があり、外部弁護士らによる社内調査を実施し事実と認定された。本人は「度を越して飲酒したこと自体が問題。大変恥ずかしく申し訳ない」などと述べているという。

経営トップが退くのは2年連続

女性への不適切な行為を理由に経営トップが退くのはこれで2年連続となる。

昨年8月、当時会長を務めていた杉森務氏が「一身上の都合」を理由に突如職を辞した。当初、エネオスは被害者のプライバシー保護を理由に背景をいっさい説明しなかった。

だが、1カ月後に『週刊新潮』が沖縄の高級クラブで杉森氏が女性従業員に性加害に及び、骨折までさせる大けがを負わせたと報じるに及んで、ようやく事実関係を認めた。

昨年11月の決算会見で、斉藤氏は「当社は高い倫理観を持って業務に当たってきた。前会長自らがそれに背く行為を行い、私自身強い憤りを感じている」と杉森元会長を批判していた。

斉藤氏は月額報酬や賞与の一部返還、調査にかかった弁護士費用が求められる。また、不祥事との因果関係が認められれば業績悪化に対する賠償も求償される可能性がある。


12月19日に解任された斉藤猛社長(画像:ENEOSホールディングスのHP)

谷田部靖副社長、須永耕太郎常務も宴席の場に同席していたが、斉藤氏とは離れた場所にいて不適切行為自体は目撃していないという。

だが、須永氏は宴席の「事務局責任者」であり、被害女性に対して「性別役割分担の意識をうかがわせるような不適切な発言」をしたということで月額報酬30%を3カ月減額。コンプライアンス部門トップの谷田部氏は取締役会の辞任勧告に基づき辞任することになった。

再発防止策はまったく機能せず

エネオスでは昨年発生した元会長の不祥事を受け、社内取締役候補の過去の同僚や部下から第三者機関がヒアリングなどを行う「人材デュー・デリジェンス」をはじめ、役員ハラスメント研修の充実や役員の処分規定の厳格化などの再発防止策を進めてきた。

その陣頭指揮を執るべき立場だった経営トップやコンプラ部門のトップが犯した大失態。再発防止策はまったく機能せず「仏作って魂入れず」だった。斉藤氏が主導した新役員処分制度の適用は、皮肉にも斉藤氏らが第1号となった。

12月19日に開かれた記者会見で会社側は「幹部の意識改革が不十分だった。2度も続けてこういう不祥事が起きるとは青天の霹靂だ」(西岡清一郎監査等委員)、「会社は生まれ変わらなければならない」(塩田智夫監査等委員)などと述べた。

「一連の不祥事は旧日石の‟黒バット”の文化の問題が表面化した。本当の改革はその文化を克服できるかにかかっている」

そう指摘するのはエネオスの前身の1社である日本石油(日石)出身で、経営コンサルタントの日沖健氏だ。「黒バット」とは、旧日石におけるエリートコースを表す隠語。「黒」は産業エネルギー販売部門、「バット」は勤労部長が野球部部長を兼任する伝統から勤労部門を指している。

1980年に社長に就任し「天皇」と呼ばれた建内保興社長まで旧日石の社長は一貫して「バット」の指定席だった。カリスマ経営者の渡文明氏になって「黒」が社長に就任。その後、「渡氏の傀儡」と言われた一色誠一氏(財務部門出身)などを挟んで、「バット」から「黒」に移った経歴を持つ杉森氏が2014年に社長(エネオスの前身となるJX日鉱日石エネルギー)に就任した。


杉森務元会長。石油連盟会長や日本経団連副会長も務めたが、2022年8月にすべての要職を辞任した(撮影:今井康一)

旧日石出身の幹部に「染み付いた文化」

日沖氏は、「杉森氏は基本的には勤労畑の人間。労働組合と酒を酌み交わすのが仕事で、酒豪、豪腕として昔から社内で名を知られていた」と話す。その後の新日石時代は中部支店長、JX日鉱日石エネルギーでは小売販売本部長を務め、杉森氏は「黒」としても頭角を現す。

「杉森氏はとにかく酒をよく飲む人で、赤坂の高級クラブに現れては有名女優を呼びつけて豪遊していた。杉森氏の不祥事が発覚しても、業界では誰も驚かなかった」(エネオスの内情に詳しい業界関係者)

この業界関係者が続ける。「もともと石油元売りの販売部門は、特約店の店長らと酒を飲み、ゴルフをするのが仕事だと思っている文化がある。中でも旧日石系の特約店の親睦会などは規模も大きく、金づかいも遊び方も派手だった。旧日石出身の幹部にはこうした文化が染み付いているのではないか」。

1986年に旧日石に入社した斉藤氏は根っからの「黒」だ。販売企画部長などを歴任し、2022年4月、杉森氏に選ばれる形で社長に就任する。


2022年2月、オンラインで開かれた斉藤氏の社長交代会見の様子(編集部撮影)

杉森氏と斉藤氏はともに旧日石の営業部門でのし上がってきた先輩後輩ということになる。斉藤氏選任は「ど真ん中の人事だった」と昨年の社長交代会見で杉森氏は語っている。

ただ「斉藤氏は渡氏に引き上げられた人物で、杉森氏とはもともと畑違い。つかず離れずの関係だった。酒は飲むが性格はまじめで人畜無害。それだけに今回の件には驚いた」とあるエネオスOBは話す。

脱・旧日石の経営体制が進む可能性

エネオスは2024年2月末に4月からの新執行体制を発表するが、それまでは旧東燃ゼネラル石油出身の宮田知秀副社長が社長代行を務める。

最大の焦点となるのは、4月以降の新執行体制だ。次期社長については「人材デュー・デリジェンスが十分だったかを見直したうえで誰からみても大丈夫という人材を選任していきたい」(西岡氏)と言う。

だが、「合従連衡を繰り返してきた石油元売りはまさに伏魔殿。エネオス内部の派閥争いも熾烈」(業界関係者)という中で、その人選は容易ではない。

2017年に経営統合しエネオスに加わった旧東燃ゼネラル石油は外資系の流れを汲むだけに、旧日石のような派手な文化はない。宮田副社長以外、現在の常勤取締役はすべて旧日石出身者だ。一連の不祥事を受け、脱・旧日石が進む可能性も出てきた。

(森 創一郎 : 東洋経済 記者)