推薦入試の合格発表の日は、ひとりずつ教室で自分の番号があるか確認する。「廊下に出ると、友人たちが一緒に合格を喜んでくれて涙が出ました」と石崎さん(写真:石崎さん提供)

今年7月に公開した記事『32歳校長「国公立大0→20人合格」させた凄い改革 定員割れだった「福岡女子商業高校」の奇跡』には、大きな反響が寄せられた。

熱心な小論文指導により、わずか1年で国公立大学の合格者が前年0人から20人になった福岡女子商業高校(通称、女子商)。「挑戦を、楽しめ。」のスローガンを掲げる柴山校長と生徒たちの挑戦に勇気づけられたという感想が多かった一方で、卒業生のその後を知りたい、先生がどうやって生徒の心に火を付けるのか気になるという声も。

そこで続編として、改めて女子商の卒業生2人に、柴山先生が実践する教育について話を聞いた。

国立大を目指し着実に経験を積む

「女子商での経験が今につながっています」と明るくハキハキ話すのは、佐賀大学経済学部3年生の日高美優さん。福岡市の中学校を卒業後、第一志望の女子商に進学した。

「中学では特に勉強ができるタイプではなかったけど、大学に行きたいと思っていました。ただ、弟が3人いて家庭に余裕がなく、行くなら国公立大しかない。それなら高校の普通科でひたすら受験勉強するより、資格を取れる女子商が有利かなと。それに、中学生のときに来た女子商マルシェが楽しくて、実践的な学習が自分の強みとなり、推薦入試で大学を目指せるかもしれないと考えました」

日高さんが女子商に入学した2018年当時、国公立大に進学する生徒は年に1人いるかどうか。しかし、コツコツと勉強に励んだ日高さんは、日商簿記2級と英検2級を取得。地域の商品を委託販売する女子商マルシェでは、3年連続で店長も務めた。

「中学まで目立つことはしなかったけど、将来のためにリーダー経験を積みたくて。やることが多くて大変な分、学ぶことばかりで楽しかったです」

3年生の4月、「小論文のすごい先生が来る」と前評判だった柴山先生が着任。日高さんは迷わず小論文の講座を受け始めた。

しかし、学年で成績トップクラスの彼女でも、初めは問題文を理解することすら難しく、1本書くのに何時間も苦悶。新聞や本を読み、先生の解説を聞いて練習を重ねるうち、少しずつ書けるようになった。


女子商では、みんながライバルではなく、共に合格を目指す仲間だ(写真:日高さん提供)

「どんどん知識を吸収するのが楽しくて、国内外のさまざまな政策から事例を出して答えられるように。友達のほうが上手で焦ることもあったけど、みんなで励まし支え合った半年間でした」

「地域に密着した大学で学びたい」と、佐賀大学経済学部経営学科を志望。11月に小論文の推薦試験を受け、見事に合格。「親族で大学に行った人がいないので、すごいねとみんなが喜んでくれました」

挑戦すれば、みんなが応援してくれる

現在、大学3年生。小論文の推薦枠で入学しても「大学の勉強で困ることは特にない」という。ブランド戦略のゼミで地域の魅力を研究し、将来は佐賀の魅力を伝えられる仕事に就くことが目標だ。

「会社の規模や有名かどうかはまったく気にしてなくて。地域に関わり盛り上げていきたいんです」

部活動にも力を入れてきた。佐賀はアジア最大級の熱気球大会「佐賀インターナショナルバルーンフェスタ」が有名で、日高さんは熱気球部に入り、2年生で気球のパイロットの資格を取得。2023年8月にはポーランドで開催された熱気球ジュニア世界選手権に、日本人チームの一員として参加した。


熱気球部に所属する日高さんは、競技に出るほか、大会の運営スタッフとしても活動(写真:日高さん提供)

「私の原点は高校時代」と言い切る日高さん。「女子商では、興味があることに思いっきり挑戦しました。すると、挑戦すれば成功しても失敗しても学びがあるし、まわりの人が応援してくれて、さらに頑張れると体感しました。だから、私は大人になっても挑戦を続けていきます」

「高校3年まで、国公立大学について考えたこともありませんでした」と笑顔でゆったり話すのは、山口大学経済学部2年生の石崎さくらさん。

太宰府市出身の彼女が女子商に進学したのは「もともとそんなに勉強が好きじゃなくて、行けるのは女子商か近所の公立高で。学力にコンプレックスがある私としては、女子商なら資格を取れることが魅力でした」

2019年に入学。「入学式では出席率や遅刻しないことが重要とカツを入れられて、結構厳しいなという印象でした」。

簿記部に入り勉強も頑張ったが、特に成績上位というわけではなかった。大学に行けるといいなと漠然と思っていたものの、家計的に私大は厳しい。そんな中、柴山先生が着任して、先輩たちが小論文を頑張っていると聞いた。

3年生になる前、小論文講座の説明会に参加した石崎さんは、心を揺さぶられたという。「国公立大なんて自分には縁のない遠い世界だと思っていたけど、身近な先輩たちが合格したと知って。それに柴山先生の話を聞いているとワクワクして、書くことが全然好きじゃないのに、自分もやってみようと思えたんです」

3年生になると、小論文の講座が始まった。「もちろんすごく難しいのですが、知識を身につけ、先生の問いかけに答えて書いていくことが面白かった。小論文には正解・不正解がないから、自分のアイデアを出すことが怖くなくて。とにかく書き続けた半年間でした」


テーマごとに情報をぎっしりまとめた小論文ノート。半年足らずで作り上げる(著者撮影)

山口大学経済学部経済学科の推薦入試は11月下旬。「1週間前からめっちゃ緊張して、ずっとドキドキしてました」。

そして迎えた受験当日。会場で試験が始まる前、自分がこれまでやってきた小論文の分厚いノートを机の上にバーンと出すと、気持ちが少し落ち着いた。

合格発表は高校で、ひとりずつ教室に呼ばれ、自分の受験番号があるか確認する。自分の番号を見つけた瞬間、すぐには信じられなかったが、番号は確かにあった。

「一緒に勉強を頑張った友達が教室の外で待っていて、みんなが喜んでくれたのがすごくうれしくて、いろんな感情が混ざって泣いちゃいました。おじいちゃんとお母さんが喜んでくれたのも本当にうれしかった」

自分の意見を言える「新しい自分」に

2022年4月、山口大学に入学。大学の勉強は順調で、社会政策に関するゼミで学んでいる。今、彼女が描いている将来の夢は、居酒屋をすること。

「もともと魚があまり好きじゃなかったけど、山口に来てとれたての旬の魚のおいしさにとにかく感動して。だから、おいしい魚をいろんな人に食べてもらいたいんです」


希望通り、山口大学へ進学した石崎さん(写真:石崎さん提供)

「小論文を学んで、人生が大きく変わった」という石崎さん。「国内外のニュースを見ると、背景まで考えて理解できるようになりました。それに、前は自信がなくて人に同調していたけど、今は自分の意見をちゃんと言えるから、みんなに変わったねって言われます。自分が思いや考えを話せば対話が始まり、相手のことも深く知れるのがいいなと思っています」

柴山さんが着任して3年で、女子商では小論文の推薦によって42人が国公立大学への進学を果たした。1学年100人に満たない年もある中で、快挙といえる。

そして「挑戦を、楽しめ。」のスローガンのもと、この数字には表れない数々のドラマが日々繰り広げられ、生徒の可能性が花開いているのだろう。

「女子商の生徒は、中学の成績で自分には大学なんて縁がないと思い込んだり、家計をおもんぱかって勝手に大学は無理と思ったりしているケースが多い」と柴山さん。では、どうやってその壁を突破するのだろうか。

心の奥にある生徒の本音を引き出す

「心の奥にある本音を引き出すように心がけています。例えば『卒業後のことはどう考えてるの?』と尋ねて『商業高校だから就職かなって思ってます』という生徒には、『それ以外の選択肢は考えたの?』と確認。『いいえ』と言うなら『ほかにちょっとでも興味がある選択肢は?』と聞くと『進学する人もいるし、進学ですかね』と。

『進学は無理だと思ってるの?』と聞いて『私はさすがに……』と答えたら『そんなことないから、行けるという前提で考えてみて。どちらも行けるとしたら、どちらに行きたいかがすごく大事。こっちなら受かりそう、ではなくてフラットに考えよう』と。すると『ずっと就職しか考えてなかったけど、やっぱり進学したいかも』と言い出す生徒も。そうやって自分の本当の気持ちに気付いたとき、生徒の表情がパッと輝いて、すごくうれしそうなんですよ」


合格発表で自分の番号を見つけて、柴山先生と握手で喜び合った(写真:石崎さん提供)

柴山さんは、生徒全員のことを知っているわけではない。石崎さんのように初対面の生徒でも、やる気になるのはなぜか。

「学校の先生ってリスクを負いたくないから、できるって話はそうそうしないんですよ。でも、僕は小論文指導の実績がある。だから、『君が小論文で大学を受けると決めたら、半年間、投げ出さずに勉強を続けること。それができれば、僕は君が受かるようにサポートする。そうやって、今まで一緒にやってきた生徒たちは大学への道を切り拓いているから』と伝えます。大切なのは、本人が決めること。僕は選択肢を提示するだけです」

小論文の指導において、柴山さんなりのアプローチ法がある。それは、問いかけることとプラスすること。

「小論文は結論ではなくプロセスが大事な科目で、例えばAIについて問われたとき、賛成か反対かはどちらでもよくて、賛成する根拠をエビデンスとともに示すことが大事なんです。

僕の授業は、すごく問いかけるから疲れると言われます。問題の解説をするとき、『日高さんはどう思う?』『石崎さんは?』とどんどん当てると、最初はみんなわからないから嫌そうで。でも、半年でみるみる知識を増やし、知識をつなげて考えられるようになる。

誰かが意見を出してくれたら、『こういうこともあって、そんな意見になっているかもしれないね、なるほど。次は』とプラスしていくのが僕のスタイル。だから、みんな発言するのが楽しくなり、最後のほうはもっと当てて、となっていく……。たった半年で目覚ましい成長を見せてくれるんです」

生徒がつらそうなときは考え方を変える

半年とはいえ、慣れない小論文を書き続けてつらくなる時期もあるだろう。実際に2人は柴山先生に相談して、スッキリした経験があると話していた。

「生徒がつらそうなときは、考え方や捉え方を変えるようにします。なぜつらいのかを聞いて、もし他の生徒と比べてできないことがつらいなら、人と比べていたら疲れるから、以前の自分と比べてみようと。数カ月前に彼女が書いた小論文を出してくると『前のは恥ずかしい……』と言うから、『それだけ成長したんだよ』と伝えます」

女子商に来て、柴山さんは改めて気付いた。「すべての子どもには限りない可能性とチャンスがあるのに、つかめていない」のだと。

「暗記のペーパーテストで測る従来の学校教育では、才能があっても見過ごされてしまうことが多い。自分はできないと思い込んだら、一歩踏み出す勇気がなくなってしまうんです。だから、女子商では『勝手に、諦めるな。』『挑戦せよ、その熱に僕らは動く。』と掲げています。これからも生徒たちがのびのびと自分の将来を描き、挑戦スイッチが入るきっかけを作るために、僕ら教職員もどんどん挑戦していきます」

「女子商の生徒たちはすごくピュアで、火が付くと本気で頑張ってくれる」。前回の取材で、柴山さんのこの言葉が印象に残っていた。卒業生2人の話を聞き、まさにその通りだと実感した。

「いい大学に行って、いい会社に入る」という進学校にありがちな価値観にまったくとらわれず、自分の心に素直に生きる彼女たちのような若者こそ、これからの日本に優しい希望の光を灯してくれるのかもしれない。

(佐々木 恵美 : フリーライター・エディター)